第55話
「じゅんび、かんりょ~!」
ミュラが満面の笑みで、布で包んだお弁当をぎゅっと胸の前で抱えた。
淡い青色のワンピースのスカートがふわりと揺れ、結んだハーフツインも跳ねるように動いた。
「ミュラちゃん、そんなに力をこめると駄目っスよ」
コヨミはというと、いつもの三つ編みのお団子ヘアを解いて、髪を下ろしていた。
長い栗色の髪が肩をつたって流れ、いつもの活発な雰囲気とはまた違う落ち着いた感じに見える。
ロングスカートも相まって、どこかのお嬢様みたいだ。
『……』
そして、俺はフードを深めに被って、スカーフで顔を隠すいつもの格好だ。
息苦しいから、これなしで外を歩きたいものだ。
3人で食堂から外へ出ると、雲一つない晴天だった。
ピクニック日和って奴だな……夕立さえ来なければの話だけど。
「鍵よし……さて、行くっスよ」
コヨミが大き目の皮のバッグを肩にかけ、にこりと笑う。
「は~い!」
ミュラは元気いっぱい返事をし、お弁当を持ちながらスキップを始めた。
「ちょっ! ちょっと待つっス」
「?」
コヨミに止められ、ミュラが不思議そうな顔をする。
「ミュラちゃん、お弁当はウチが預かるっスよ」
「え~……ミュラが、もちたい」
「いや スキップ 危ない。中身 こぼれる」
「だいじょうぶ! ぜったいにゆらさないから!」
あ、これ頑固モードに入ったな。
俺とコヨミがお互いの顔を見る。
どうやら、同じ事を思ったらしい。
「はあ……わかったっス。けど、港町から出たら預かるっスからね。ミュラちゃんが持ったままだと、走れないっスから」
「む~……わかった……」
そう言ってミュラが再び歩きだす。
が、今にもスキップをしそうなくらい足取りが軽い。
本当にわかってくれたのだろうか。
そんな不安もありつつ、俺達は無事に港町から出た。
「ミュラ、お弁当 渡す」
「うう……くっ! このこたちを……よろしく……」
ミュラは悲しそうな顔をしつつ、プルプル震えながらコヨミに渡した。
なんで、そんな今生の別れみたいな事をしているんだ、こいつは。
「はいはい、任せるっスよ」
コヨミはお弁当を丁寧にカバンの中へ入れ、その流れで俺とミュラを両脇に抱えた。
「……なぁ……背中 乗る 駄目か?」
なんか、荷物みたいな感じで嫌なんだよな。
「流石に2人を背負って、走れないっスよ……」
「そう……だよな……」
諦めるしかない様だ。
「おねぇちゃん……ぜったいに、ぜ~ったいにはやくはしらないでね」
コヨミに念押しをするミュラ。
コヨミの服を力強く握っている所を見るに、本当にトラウマになっているのだろう。
「大丈夫っスよ。じゃ、行くっス!」
次の瞬間、コヨミの脚が地面を蹴った。
目の前の景色がどんどんと流れていく。
コヨミの走る速度は、原付バイクが出すくらいの速さだろうか。
俺とミュラを脇に担いで走っているのにもかかわらず、このスピード。
そして、揺れをほぼ感じない上半身の安定感……さすが獣人といったところだな。
「きゃっ、きゃっ、きゃ~!」
先ほどの不安そうなミュラはどこへやら。
このくらいの速度だと、問題ないのか大喜びしていた。
「ミュラちゃん、楽しいっスか?」
「うん! このまえとぜんぜんちがって、じめんをはしってるからこわくないよ!」
地面を走っているから怖くない……。
その言葉だけで、あの時はとんでもないところを走っていたのがよくわかる。
「近道をした上に、急いでたっスからね~」
「きのえだをわたっていくのは……ちかみちと、おもえないよ……」
その時を思い出したのか、ミュラの顔が青ざめる。
「いやいや。幹を避けるより、枝を渡っていく方が直進になるっス。だから近道っスよ」
そんなミュラを知ってか知らずか、コヨミがケラケラと笑った。
つくづく、その時に俺がいなくて良かった。
潮の香りがだんだん薄れ、草の香りが強くなる。
森を抜け、川を越え、ちょっとした山を登ってもコヨミのペースはまるで乱れない。
「コヨミさん……疲れ ない?」
「全然っス! なんなら、もっと速くてもいけるっスよ?」
「いや……いい……」
それで、木の枝を渡りだしたら困る。
「――あっ!」
ミュラが声をあげ、手を伸ばした。
そして、空中に舞う何かをパシっと受け止める。
「どう した?」
「……おはなだ」
ミュラの手のひらには赤い花びらがあった。
コヨミはその花びらを見て、小さく笑った。
「その花びらが流れて来たって事は……そろそろ着くっスよ!」
走る速度がわずかに上がり、数分もたたぬうちにちょっとした丘のふもとでぴたりと止まった。
「到着っス」
「このうえ?」
ミュラの問い掛けに、コヨミが頷く。
「そう、この上っス」
コヨミが、俺とミュラを地面に下ろした。
その瞬間、ミュラは弾かれたように丘へ走り出した。
「わあああああああい!」
「お、おい! 走る な!」
「ミュラちゃん、危ないっスよ~」
俺とコヨミも慌てて後を追う。
丘の上に着いたミュラが、両手を広げて叫んだ。
「すごおおおおおおおおい!!」
「はぁ……はぁ……ミュ、ミュラ……少し……は…………」
俺も丘に着いた瞬間、言葉を失った。
丘の向こうに広がる花畑は、赤、青、緑、黄、桃色……と様々な色が層をなして、まるで虹の様だった。
風が吹くたび、花びらが舞い上がり、その花びらがふわりふわりと落ちてくる。
「今年はまた見事っスね……」
コヨミが見惚れたように言う。
「……これ、すごい」
「うん! うん! きれ~い!」
ミュラはその場でくるくる回り、コヨミはその様子に笑みを浮かべた。
「ふふ……さっ、準備するっスよ」
コヨミがバッグを下ろし、折りたたまれた布を取りだした。
「あっミュラがひろげる~!」
ミュラが布を受け取り、ぱさっと広げた。
が、ミュラだけでは広げきれず、結局3人がかりで布を広げた。
布の端に石を置き、風で飛ばされないように固定すれば……これで場所の準備は整った。
布の上に座り、腰を下ろした。
「よし、主役の登場っス」
コヨミがバッグの中からお弁当を取りだし、そっと布の中央に置いた。
そして、包んでいる布を解き始める。
「はやく! はやく!」
ミュラが興奮気味に急かす。
「お弁当は逃げないっスよ……よっと」
包みが解かれ、お弁当箱が顔を出す。
「ねぇねぇ! ミュラが開けていい? いい!?」
俺とコヨミは同時に頷いた。
「きゃは!」
それを見たミュラがお弁当の蓋に手をかける。
「……じゃあ、あけるねっ! ばあああん!」
掛け声と同時に、ミュラが蓋を開けた。
その瞬間、食べ物のいい匂いが俺達を包んだ。




