第51話
買い物を終え、俺達は食堂へと戻ってきた。
「よっと」
コヨミが袋をテーブルの上に置く。
中にはお弁当のおかずに必要な肉類、野菜類、果物類が入っていた。
そして……。
「うんしょっと……」
ミュラが抱えていた2個の白い実を袋の横へと置いた。
明日のメインになるかもしれない米の実だ。
「ふい~……つかれた~……」
ミュラは疲れ切った顔で呟いた。
「お疲れっス」
コヨミが優しくミュラの頭をなでる。
その実はミュラから持ちたいと言い出したんだがな。
まぁ、そんな事はどうでもいいや。
大事なのは米なんだからな。
「コヨミさん。米 炊けるか まず 確認 したい」
うまく炊けないと困る。
これ次第で明日のメインが変わるからな。
「そうっスね」
「ミュラ、コメたべたい!」
ミュラは疲れていたはずなのに、米と聞いた途端に復活した。
食欲で疲れすら飛ばす……ミュラらしい。
「よ~し、さっそく調理開始っスよ」
コヨミはコメの実を1個持ち、厨房へと向かった。
俺達もその後を追いかける。
「じゃあ、まず実を半分に割るっス」
コヨミは包丁を実に当て、すとんと振り下ろした。
実はスイカの様にパカリと割れ、中から汁が広がった。
「うわぁ……いっぱいタネがある」
ミュラが目を丸くする。
実の中はピーマンを割った時の様に、びっしりと白い種が詰まっていた。
「へぇ……本当 ピーマン みたいだ」
これだけを見ると、でかいピーマンにしか思えないな。
本当にこの種がコメになるのだろうか。
「じゃあ種をとるっス」
「うん! わかった!」
ミュラは勢いよく実に手を突っ込む。
そのせいで種が何個か外へと飛び散ってしまう。
俺は飛び散った1粒の種を拾い上げ、観察する。
『……』
大きさも形も、ほとんど見慣れた米粒と変わらない。
ただ、水分が多いせいか種は少し柔らかいな。
この柔らかさなら、米みたいに長時間水に浸す必要はなさそうだ。
「ほら、ゴブくんも見てないで手伝うっスよ」
「え? あ、ああ」
実の中の種を集めると、2合くらいの量になった。
結構入っているな。
「じゃあ、ゴブくんお願いっスね」
「任せろ」
俺は鍋を出して、かまどの上に置き、そこに種を入れた。
「水 入れて……」
水の量は、米を平らにならして、そこに指を立てて指の第一関節まで……いや、俺の指は小さすぎる。
だったら第二関節あたりが、実質ちょうど良いはずだ。
多少不安だが、これで行こう。
「後は 炊く」
鍋に蓋をし、かまどに火をつけた。
すると、コヨミが驚いた様子で声を出す。
「えっ? 水だけっスか? ウチらは、種とスープを一緒に入れて、そのまま茹でるんスよ」
そういえば、茹でて食べるって言っていたな。
スープと一緒となると……。
「リゾット みたいな 感じ なのか」
確かに、それだと水だけって言うのは驚くな。
「リゾット?」
「そう、よく似た 作り方 だと リゾット がある」
「へぇ~、なるほどっス」
コヨミが感心した様に頷く。
そんな俺達の会話の傍ら、ミュラは鍋から出る湯気を見つめながら、お腹を押さえていた。
「なんか……いいにおいしてきた……じゅるり」
確かに、米の炊ける匂いがするな。
いやー……なんか安心感がある。
「どんな、かんじになっているんだろう?」
ミュラが目を光らせて、鍋の蓋へと手を伸ばした。
「ミュラ! 開ける 駄目!」
俺は慌てて止めに入る。
「え~? ちょっとくらいいじゃん」
「駄目 だ!」
「ちょっとだけ!」
「やめるっ! 絶対 開けるな!」
俺が叫ぶと、ミュラ、そしてコヨミもビクッと肩を震わせた。
「ひっ!」
ミュラが慌てて手を引っ込める。
「ちょっ……ゴブくん、そんな怒る事っスか?」
コヨミが恐る恐る聞いてくる。
「米 炊く時……『はじめ ちょろちょろ 中ぱっぱ じゅうじゅう 吹いたら 火をひいて 赤子 泣いても 蓋取るな』……だ」
「「……は?」」
俺の言葉に、ミュラとコヨミが目を丸くして固まった。
「えと……ゴブくん? 今の……なんっスか?」
「米 炊きの 基本だ」
「基本……?」
ミュラとコヨミは意味が分からないと、お互いの顔を見合う。
「……こほん……じゃあ 説明する」
俺は人差し指を1本立てる。
「まず、『はじめ ちょろちょろ』……これは 最初 弱火で ゆっくり 加熱 意味」
「ちょろちょろ……? ちょろちょろがよくわかんない……」
ミュラは眉をひそめて、首をかしげる。
「次に、『中ぱっぱ』……途中から 少し 強火 意味」
「ぱっぱ……?」
コヨミも眉をひそめ、首をかしげる。
「『じゅうじゅう 吹いたら 火をひいて』……蒸気 ばーっと 出たら 弱火に 戻す」
「じゅうじゅうって…………このじょうたい?」
ミュラが蓋を指をさした。
ちょうど蓋の隙間から、湯気が吹き上がりはじめていた。
「そう、それ。だから 弱火 する」
鍋を動かし、弱火にかけた。
そして、俺は蓋に向かってビシッと指をさした。
「最後 重要 『赤子 泣いても 蓋取るな』……米 炊いてる 間、絶対 蓋 開けるな! 赤ちゃん 泣いても! という 意味!」
「ええぇ……それ、あかちゃんがかわいそうだよ」
ミュラの言う事もわかる。
だが、こればかりは仕方ないんだ。
うまい米を焚く為にはな。
「だから 炊ける まで じっと 待つ」
「……やっぱり、よくわかんないや……」
「ウチもっス……」
2人は呆れた様子で俺の方を見る。
そんな視線を無視し、俺は鍋を見つめた。
弱火にしてから約10分、もう水気も落ち着いた頃合だ。
ここからは、蒸らしの工程だ。
「よっと」
俺は鍋を持ち上げ、火から降ろした。
「あ、できたの!?」
ミュラが目をキラキラさせて、寄って来た。
「まだ。約10分 このまま 蒸らす」
「ええ……まだかかるの~?」
ミュラはがっかりした様子で離れて行った。
火からおろして約10分。
俺の世界の米と同じならば、もう出来た頃合いだろう。
「……そろそろ 蓋 開ける」
「やっと!? きゃはっ!」
「どんな感じっスかね」
2人が傍へと駆け寄ってくる。
俺は蓋に手をかけ……ぱかっと蓋を開けた。
「ふわ~!」
中身を見たミュラが目を輝かせた。
鍋の中には、ふっくらと白く輝く炊きたての米が詰まっていた。
米の独特の甘い匂いが湯気と一緒に広がる。
「すごいっス……こんな真っ白なコメ、見たこと無いっス」
スープも具材も入れてないからな。
「大丈夫 そう。よし、食う」
しゃもじなんてないので、大き目のスプーンで米を混ぜた。
そして、器に盛りつけてミュラに手渡した。
「あつい 気を 付ける」
「うん! ふ~ふ~……あ~んっ!」
ミュラはスプーンで米をすくい、口の中へと入れた。
「ハフハフ! ……んんっ! もちもちして、おいひっ!」
「どれどれ? ウチも……ふ~ふ~……はむっ」
器を受け取ったコヨミも口に入れる。
「……もぐもぐ……おお、ウチが知っているコメと全然違うっス! 調理の仕方でこんなに変わるっスね」
とりあえず、失敗はしてなさそうだな。
どれどれ、俺も一口っと。
『はむ……モグモグ……』
この粘り、この食感……間違いなく俺の知っている米だ。
ああ……懐かしさが込み上げて、思わず涙が出そうだ。
「ゴブ、どう? おにぎり、できそう?」
ミュラの言葉にふと我に返る。
「あ、ああ おにぎり いけるぞ」
「やったあああああああ!」
米の実験も無事成功し、下準備は整った。
俺達は明日の早朝から弁当作りに取りかかるため、早めに休むことにした。
……明日が楽しみだな。




