第47話
ノルンが外に走り去ってからそう時間もたたぬ内に、辺りはすっかり暗くなってしまった。
「そろそろ夕ご飯を作らないとっスね……あっ、そういえばノルンが来る前にパンを使うって言ってたっスね。一体作ろうとしてたっスか?」
コヨミが食堂の明かりをつけながら声をかけてきた。
「ああ それ なんだけど……」
俺はパンを1個手に取り、答えた。
「パン粥 作ろう 思う」
俺の言葉に、コヨミは不思議そうに首を傾げた。
「パン……粥っスか? それも異世界の料理っスね」
「まあ……そう だな……」
とは言っても、現世界でも食べる機会はほぼなかった。
そもそも日本人だと、メインは米の方の粥だからな。
けれど、海外では普通に離乳食や病人食として食べられている。
今この世界で作れる病人食としてはうってつけだろう。
「俺 作る。コヨミさん、リンゴ 擦って ほしい」
「リンゴっスね。任せてっス」
コヨミは袖をまくり、おろし金を探し始める。
さあ、俺もパン粥作りの開始だ。
用意する物はパン、牛乳、砂糖のみで実にシンプルだ。
まずは鍋に牛乳を300mlくらいの量を入れる。
そこにパンを手でちぎって、鍋の中へと入れていく。
そして、かまどの上に置いて中火で温める。
牛乳がふつふつとしてきたら、弱火にしてさらに約3分温める。
『……よし、この位かな』
鍋を温め終わったら、火からおろし砂糖を大さじ1の量を入れて、木べらで混ぜ合わせる。
パンがほどよくとろければ完成だ。
「すんすん……ん~……ホットミルクの甘い良い匂いがっスねぇ。ミュラちゃんが飛びつきそうっス」
コヨミは擦るリンゴの手を止め、鍋の中を覗く。
「そう だな」
俺は簡単に想像できるミュラの姿に苦笑してしまう。
『さて、味はどうかな』
スプーンで少しすくい味見をする。
ミルクの甘みととろけたパンの味が口に広がる。
『……うん……多分……これでいいよ……な?』
自信がないが、恐らくこれでいいだろう。
砂糖で甘すぎるとデザートになっちゃうし。
「……ん?」
天井から、ギシリと小さな音がした。
俺は音がした天井を見上げる。
コヨミも俺と同じ様に天井を見上げた。
「……今 音……」
「たぶん……いや、絶対にミュラちゃんっスね。きっとこの匂いに釣られて、起きちゃったっスよ」
コヨミが口元を押さえ、くすりっと笑った。
まったく……大人しく寝てないと駄目だろう。
元気が戻って来たと同時に食欲も戻ってきた感じか、仕方のない奴だ。
「すー……よし! 完成 だ!」
俺はわざと大げさな声を上げる。
「早く ミュラの元 持って 行く!」
コヨミも俺に合わせ、同じくわざとらしく大きな声を上げた。
「そうっスねぇ! いい子は、大人しく寝ているはずっスからねぇ~!」
コヨミの言葉が言い終わるか終わらぬうちに、天井からパタパタと音がした。
あれは慌ててベッドに戻った音だな。
「ふふっ」
「ははっ」
俺とコヨミは顔を見合わせ、小さく笑った。
パン粥を器に入れ、盆にのせる。
そして、その横にコヨミが擦り下ろしたリンゴの入った器をのせて、2階の部屋へと向かった。
部屋の扉を開けると、ミュラは横になってはおらず上半身を起こして待機していた。
目をキラキラと輝かせ、俺が持つ盆をじっと見つめている。
「お前って 奴は……」
俺が呆れているのを無視し、ミュラが声を上げる。
「それ、なあに!?」
「…………パン粥 だ」
「パン……がゆ……?」
俺は答えながら、パン粥の入った器をミュラに手渡した。
ミュラは興味津々で器の中を覗く。
そして、眉をひそめた。
「これ、ミルクをあっためただけじゃないの……?」
「食べれば わかる」
「……うん、わかった」
ミュラがパン粥をスプーンですくい、口元へと運んだ。
「ふ~ふ~……あ~んっ……んんっ!?」
口に入れた瞬間、ミュラの表情がぱっと明るくなった。
「これ、おいしいっ! ホットミルクよりあまいよ! しかも、パンまではいってる! はむはむっ」
ミュラは、どんどんとパン粥を口の中へと運ぶ。
「こら、ミュラちゃん。ゆっくり食べるっスよ」
そんな姿を見たコヨミが、ミュラを叱りつける。
「んぐっ! ……は~い……ふ~ふ~……はむっ」
ミュラは頷き、ゆっくりと残りを食べ始めた。
「……ミュラちゃん、リンゴを擦ったのはどうっスか?」
コヨミはリンゴの入った器をミュラに見せる。
「あっ、たべるたべる!」
コヨミが擦り下ろしたリンゴの入った器をミュラに渡した。
ミュラは嬉しそうに受け取り、リンゴを口へと運ぶ。
「あ~ん……ん~! あまずっぱくて、これもおいし~!」
「ナナに、お礼を言わないといけないっスね」
「うん、なおったらみんなにおれいいう! あ~んっ」
パン粥、そしてリンゴの入っていた器が空になる。
ミュラは満足げに息を吐いた。
「ふ~……もっとたべたかったなぁ」
「風邪 治ったら また 作る。今日 これまで」
むしろ食べ過ぎだっての。
「うん……ふわぁ~」
ミュラが大きなアクビをした。
「おっと、寝る前にちゃんと薬も飲むっスよ」
コヨミが薬の入った器をミュラに手渡した。
「うぐっ」
受け取ったミュラは眉を寄せるが、仕方なしと器に口をつけた。
「……んう……にが~い……」
昼間と同じ様に、ミュラの顔が歪む。
薬を飲み終わると、ミュラは力尽きたかのように布団へと倒れ込む。
「す~……す~……」
そして、すぐに小さな寝息が聞こえて来た。
「これ で……大丈夫 かな?」
俺が呟くと、コヨミが微笑んで頷いた。
「おいしい物を食べたし、薬も飲んだ……明日には元気になってるはずっスよ」
「そう だな」
俺は頷き、ミュラの布団を整える。
「おやすみ、ミュラ」
俺とコヨミは起こさない様にそっと扉を開け、部屋から出て行った。




