第43話
陽気な日差しが窓から差し込む穏やかな正午。
俺とミュラは閉まった食堂の中で、コヨミの帰りを待っていた。
「こうして~ここをこう~」
コヨミは副業である薬師の仕事で外に出かけている。
この時間、特にする事がない俺は食料保存庫で薬草の味見、ミュラは席で絵をかいていた。
「ここを~ぬ~り、ぬ~り……できたっ!」
ミュラが椅子から飛び降り、俺の居る部屋へと入って来た。
「ゴブ! みてみて!」
ミュラが紙を広げて俺に見せる。
そこには緑色、青色、栗色で描かれた人が3人。
そして、その後ろにはカラフルな点線が放射線状に並んでいた。
俺は絵をしばらく見つめ、答えにたどり着いた。
「……この前 花火 か?」
「そう! ミュラとゴブとコヨミおねぇちゃんとはなび! おもいでに、のこしておくんだ!」
満足そうにミュラが絵を見つめた。
俺の世界の思い出の残し方は主にカメラだ。
動画や写真で思い出が残せる。
だが、こういう思い出の残し方もいいな。
「……ところでさ、ゴブ」
「何 だ?」
「ひまがあると、いつもこのへやにいくけど、そんなにおもしろいの?」
「面白い と言うか なんと いうか……」
何とも説明しづらい。
俺にとっては、現世界の味が出せる可能性があるから面白いが……ミュラからすればそう見えないよな。
返事に困っていると、食堂の扉の開く音が聞こえて来た。
「ただいま~っス」
コヨミが帰ってきたようだ。
「あ、おかえり~。コヨミおねぇちゃん! これみて~」
ミュラが絵を手にして食料保存庫から出て行く。
俺も薬草を棚に戻し、外に出た。
「お~うまく描けたっスね。精霊達が魔法を使っている絵っスか」
「え?」
「え?」
2人は絵を見て首をかしげていた。
「おか えり……ん? スンスン......」
コヨミの手には、小さな布包みが抱えていた。
その包みから、ふわりと甘い香りが漂っている。
「何 それ?」
俺が訊くと、コヨミは嬉しそうに包みを広げた。
「ふっふふ……今日行ってきた村、小麦が名産でそこで作られているパンを買って来たっス! なんとふわふわなんっスよ!」
中には金色の丸いパンがいくつも並んでいた。
「わ~! おししそう~!」
「ほう……これは いい物 見つけたな」
こっちの世界でも、ふわふわのパンがあったのか。
唐揚げみたいに地域で異なるかもな。
「たべていい!?」
「良いっスけど……どうせなら、ゴブくんがもっとおいしくしてくれるかもっス」
「え?」
「そっか! ゴブ! おいしいのつくって!」
おいしいのを作ってって……そんな雑な注文をしないでくれよ。
そもそも、このパンの味自体わからないのに。
「ちょっと 味見 する」
パンの端部分を千切り、口へと入れる。
『もぐもぐ……ふむ』
食パンにかなり近いな。
これなら、サンドイッチ……は、いつも通り過ぎるか。
どうせなら、もうちょっと手をくわえたものにしたいな。
となると…………よし、アレを作るか。
用意する物はパンの他に卵、牛乳、砂糖、バターっと。
「作る ぞ」
「「お~」」
まずパンを輪切りにする。
器に卵1個を割り入れてほぐして、牛乳100cc、砂糖大さじ1の量を入れてさらに混ぜる。
出来た卵液にパンを浸して、10分ほどつけておく。
「……」
「ん?」
ミュラはジッと卵液に浸かっているパンを見つめていた。
「どう した?」
「それ、べちゃべちゃにならない? ミュラ、べちゃべちゃのパンは……」
「大丈夫 安心 する」
むしろ、出来上がりはその逆になるな。
「ほんとに~?」
ミュラが疑いの目で俺を見て来る。
そんな目を無視して、続き続きっと。
パンが十分漬けたら、フライパンの準備。
フライパンに火をかけ、バターを落とす。
溶けたバターの上に、卵液を吸ったパンをそっと置いて行く。
すると、甘い匂いが食堂に広がった。
「……わあ、いい香りっス」
「うん……すっごくあまいにおいだ~」
表面がこんがりと焼け、きつね色に変わっていく。
焼き色がついたら裏返し、蓋をして弱火で3分程焼く。
両面に焼き色がついたら火から下ろす。
焼けたパンを皿に盛り、本来なら粉砂糖を軽く振りたいところだけど、ここは普通の砂糖をパラパラとかけて、仕上げに蜂蜜をパンの上にとろりとかければ……。
「フレンチ トースト 完成だ」
「「おお~!」」
それぞれが皿を手に取り、席へと座る。
ミュラがトーストにナイフを入れ、フォークに刺して口へと運んだ。
「……はむ……もぐもぐ......ん~! あま~い! べちゃべちゃしてない!」
ミュラが両手を自分の頬にあてる。
「もぐもぐ......うん、外は少しカリッとしてるのに、中がとろけるように甘いっス。蜂蜜の香りも広がって、たまらないっスね」
好評のようだな。
よし、俺も食べよう。
『はむ……モグモグ……うん、この味も懐かしい』
外はこんがりと香ばしく、内はふんわりと柔らかい。
ほんのりとした甘さが口の中に広がる風味......我ながら、うまくできたぞ。
「モグモグ……ん?」
いつもなら、すぐ完食するはずのミュラ。
しかし、皿の上にはまだ半分くらいフレンチトーストが残っていた。
「どう した? お腹 いっぱいか?」
俺が声をかけると、ミュラは首を振る。
「ううん……でも……なんか......からだ......へん......」
「変?」
コヨミが不思議そうにミュラを覗き込んだ瞬間、表情が変わった。
「ミュラちゃん、顔が赤いっスよ!」
「ほへ?」
コヨミはさっと手を伸ばし、ミュラの額に触れた。
「……やっぱり、熱があるっス。今日はもう寝た方がいいっス」
「え、だいじょうぶだよ。ミュラ、げんき――」
と言いかけた瞬間、ミュラの頭がぐらりと前に倒れそうになる。
「おっと!」
コヨミが慌ててミュラを支える。
「これのどこが元気っスか。ちゃんと寝なきゃ駄目っスよ」
「でも……ごはん……が……」
「また 作る。今は 寝る」
「……うん……わかった……」
コヨミがすぐに2階の部屋と行き、俺はミュラを背負って運んだ。
「ありがと……ごめんね……」
「気に するな」
部屋に入り、ミュラをベッドに寝かせ布団をかける。
ミュラは目を閉じて静かに息を吐いた。
コヨミがもう一度ミュラの額に当て、優しく声をかけた。
「多分、風邪と思うっスけど……ちょっと様子を見て、その後お薬を作るっスね」
「……うん……わかった......」
ミュラの返事はか細く、今にも消えそうだった。
「ウチはミュラちゃんを見てるっスから、ゴブくんは冷たい水を桶に入れて来てもらってもいいっスか?」
「ああ」
俺は立ち上がり、部屋から出て扉をそっと閉めた。
『…………雪ん子も、風邪をひくんだな』
そう思いつつ、静かな食堂へと降りて行った。




