第42話
「起こし ちゃったか。すまん ミュラ」
「ううん……」
ミュラが小さく首を横に振り、階段をゆっくり降りて来た。
「……このにおい……なに?」
その一言に、思わず俺の口元が緩んでしまう。
「唐揚げ だ」
「からあげ……?」
「祭り 食べた。東方地方 フライドチキン」
「……え? ……つくって……くれたの……?」
「約束 した だろ?」
「わあ~……」
「さっ 座る」
椅子を引くと、ミュラはよろよろと近づいてちょこんと座った。
「おまつりでたべたのと、またちがう……こっちのほうが、おいしそうないろしてる……」
ミュラをフォークを手に取り、唐揚げに刺した。
そして、口元へと運ぶ。
「……っ」
が、ミュラはその手を止めて、唐揚げを皿に戻してしまった。
「え? どう した?」
「この……からあげ……たべて……いいの?」
食べてほしいから作ったのに。
ミュラの言っている意味が分からない。
「どういう 事?」
「……」
俺の問い掛けに、ミュラは黙って俯いてしまう。
「……そういう事っスか」
ミュラの様子を見て、コヨミが何か納得した様にミュラに近づく。
そして、優しくミュラの頭を撫でた。
「もうゴブくんは、怒ってないっスよ」
ああ……そうか、そういう事か。
これは、俺から話さないといけない事じゃないか。
「ミュラ」
「……」
「大きい 声 出して 怒鳴って ごめん」
「……」
「興奮 わかる。けど 1人 離れる 危険 分かって ほしい」
「……うん」
「これからは 周り ちゃんと 見る。みんな 心配 させない。約束して ほしい」
「……うん……やくそく……する……ごめんなさい……コヨミおねぇちゃん……ごめんなさい……」
ミュラがコヨミの方に顔を向け、ぺこりと頭を下げた。
「うん……明日ナナ、ターン、カルにもごめんなさいをしないといけないっスね」
「……うん」
ミュラの返事に、コヨミは嬉しそうに微笑んだ。
そして、両手を軽く叩いて音を鳴らす。
「これでよしっスね。これでわだかまりも、ここで終わりっス」
そう言うと、コヨミは椅子へと座る。
「さっ、冷めないうちに食べようっス。ほら、ゴブくんも座るっスよ」
「あ、ああ」
コヨミに急かされるように、俺は椅子へと座った。
「じゃあ! さっそく食べるっスよ」
「……うん……!」
ミュラが唐揚げの刺さったフォークを手に持つ。
そして、口元へと運んだ。
「……あ~んっ!」
唐揚げを噛んだ瞬間、ミュラの目がぱっと見開かれた。
「……おいしい!」
ミュラは満面の笑みで俺の方を向いた。
「本当 か?」
「うん! そとカリカリなのに、なかやわらかい! おにくのあじもすごい! おみせでたべたのと、ぜんぜんちがう!」
ミュラは頬をいっぱいに膨らませ、夢中で唐揚げを食べる。
良かった、食べてくれるかが心配だったからな。
「どれどれ……はむっ……もぐもぐ……んんっ! 本当っスね! あの屋台には申し訳ないっスけど、比べ物にならないっスよ、これ!」
2人共、唐揚げを気に入ってくれたようだ。
さて、俺も食うか。
久々の唐揚げを……。
「はむ......もぐもぐ......んー!」
衣はサクッと、鶏肉はジューシーで肉汁がジュワッとあふれ出すこの感じ。
これだよ、これ。俺が唐揚げに求めていたのはこれなんだよなー。
『……ゴックン……んー……こうなると、何か付けて食べたくもなる……』
これも唐揚げを楽しむ醍醐味の一つだ。
となると……。
「モグモグ…………ハッ! そうだ!」
コヨミが何かを思い出した様子で、突然立ち上がった。
「? どうしたの? おねぇちゃん」
「この唐揚げに、マヨネーズをつけて食べようと思ったっスよ」
「――そっそれ するのか!?」
コヨミの言葉に、俺は大きな声を上げつつ、両手で机の上を叩いた。
突然の事に2人はビクリと体を振るわせる。
「な、何っス……か? つけちゃ……駄目……っスか?」
「……いや 駄目 じゃない。むしろ 俺の世界 でも つけられている」
「へ? じゃあ……何で、そんな大声を?」
「その 組み合わせ……悪魔的......なんだ」
そう、色々な意味でな。
「悪魔的……っスか? えらく物騒っスけど……」
「唐揚げ おいしく なる……なるが……その 組み合わせ カロリー 高い……つまり……太り やすい」
「――っ!?」
コヨミは目を見開いたまま、雷に打たれたように固まった。
俺は知っている、最近コヨミが自分のお腹周りの肉を気にしている事を......。
俺からしたら全然問題ないように見えるが、本人からすれば大問題だろう。
唐揚げを作っておいてなんだが、その組み合わせはあまりお勧めしたくないんだよな。
「っ……う......くっ......」
コヨミが全身を震わせる。
食べたい自分と太りたくない自分とで戦っているんだろう。
「……っ! そっそれでも! ウチは……ウチは......マヨネーズをつけて、食べるっスよおおおおお!」
コヨミは涙を流しながら厨房へと走って行った。
あの様子だと食べたい......いや、マヨラーとしての想いが勝ったんだろう。
なら、もはや何も言うまい。
「ミュラ ちょっとだけ 食べる 待つ」
唐揚げにつける物を、ささっと作るか。
「へ? うん、わかった」
俺は椅子から降り、厨房へと向かった。
「ふふふふ~ん!」
マヨネーズを盛った小皿を片手に、鼻歌交じりのコヨミとすれ違う。
『今、すごく良い笑顔だったな……さてっと、まずは……』
簡単に作れる定番の1つ、塩コショウ。
比率は好みによるけど、俺としては一般的な比率の塩2、コショウ1を混ぜて作る。
そして、もう一つの定番、レモン汁。
『……といきたかったんだが……しまったな。食堂にあるのは、乾燥レモンのみだった。うーん、流石に今からレモンだけを買いに行くのも……』
とはいえ、レモン汁は唐揚げにかけるかかけないかで戦争が起きるほどの物だ。
俺はかけたい派だから、やっぱりレモンも食いたい。
『……仕方ない。本物のレモン汁じゃないけど……作るか』
乾燥レモンを出来るだけ小さく刻んで、すり鉢で軽く叩く。
そして、器の中に水と刻んだレモンを入れて、塩をひとつまみ加える。
かき混ぜて、レモンの味が水に溶けるのを待つ。
『……ペロッ……んー……まだ薄いけど……今日はこれでいいか』
溶け出たら、布で濾して完成だ。
「おまた――」
「くうううううううううううう! 衣の香ばしさ、肉の旨味、マヨネーズのまろやかさ……そして、背徳感が一体となって、美味しさが広がる! やっぱりマヨネーズをつけた唐揚げはうまいわ!」
席に戻ると、コヨミが悶絶し、その姿にミュラが呆れ顔をしていた。
「……あ、ゴブ! おかえりなさい~」
「ただいま。ミュラ これ つけて 食べて みる」
俺はコヨミの方を見ず、塩コショウとレモン汁の入った小皿を置いた。
「うん! じゃあ~まずは......この、こなから!」
食事も終わり、俺達は静かな空間に包まれていた。
静か……ああ、そうか。
「……もう 祭り 終わったか」
正直、今日はいまいち楽しめなかったな。
「ん? まだっスよ?」
「え?」
「静かになったという事は……」
その瞬間、遠くでドンッと低い音が響いて来た。
俺達の視線が窓へと向く、見えたのは夜空に広がる無数の光の花だった。
「わぁああ! はなびだ!」
ミュラが駆け寄り、窓を開ける。
「祭りの目玉、打ち上げ花火っス」
そうだった。
花火があると言っていたな。
「……きれい…………っっ!」
花火を見ていたミュラが、俺達に向かって振り替えった。
「ねぇ! ゴブ! コヨミおねぇちゃん!」
「ん?」
「どうしたっスか?」
「らいねんもいっしょに、はなびみようね!!」
ミュラの笑顔が、花火と同じ様にキラキラと輝く。
その言葉に、俺とコヨミは目を合わせて同時に口を開けた。
「「勿論!」」




