第41話
夕方、祭りの賑わいが収まらない大通りを俺は走った。
『……っえーと……まずは……こっちからだ』
大通りの角を曲がる。
最初に目指すは八百屋だ。
「いらっしゃいませ~! まだまだ新鮮な野菜が残ってるよ~!」
『はあ……はあ………………よしっ……!』
良かった、お目当ての物はまだあるな。
「おや、ゴブ君。いらっしゃい、何を買っていくんだい?」
「ニンニク1個 ショウガ1個 後 レタス1玉 お願い」
「はいはい。にしても、なんだか変わった組み合わせだね」
八百屋のおばちゃんが不思議がるも、野菜を袋へと入れていく。
「はい、お待たせ」
「ありがとう!」
俺はお金を払って袋を受け取る。
そして、すぐさま次に向かって走り出した。
「あらあら、こんな人が多い時に走っちゃあ危ないよ~!」
ごめん、おばちゃん。
今はそんな余裕がないんだ。
次に行かなければいけないのは、今回の主役が売っている肉屋だ。
主役だから、最初に肉屋に寄りたかったが……今はミュラがいない。
そうなると、鮮度の問題でどうしても後回しになってしまう。
『はあ……はあ……』
「お、ゴブじゃないか。いらっしゃい」
俺の姿を見た肉屋の店主が、声をかけて来る。
「鶏もも肉 2枚!」
「鶏もも肉だな、ちょっと待ってろ」
「おいしい ところ よろしく」
「はっはっはっ! うちの肉はどれもうまいっての! ほらっ、ちょっとオマケしておいてやったぜ」
お金を払い、鶏もも肉の入った包みを受け取った。
「ありがとう!」
軽く会釈をして、また走り出す。
これで材料は全て揃った。
『後はミュラが笑顔で、おいしいって言ってくれる物を作るだけだっ!』
食堂に戻ると、コヨミは席へと座り、野菜スティックをマヨネーズにつけてポリポリと食べていた。
「モグモグ……んあ? あっ、おかえりっス」
「ただいま」
「マヨネーズの味はバッチリっスよ! ハムッ」
食べかけのニンジンを口に放り込み、コヨミは笑顔で椅子から立ち上がった。
もはや、俺が作るマヨネーズよりコヨミが作った方がおいしい。
だから、味に関して何も心配はしていないが…………まあ、もはや何も言うまい。
「……じゃあ 作る」
「うっス」
まずは鶏もも肉。
筋を切りつつ、九等分にする。
切れ終えたら器へと入れる。
そこに酒を大さじ1、マヨネーズを大さじ2、すりおろした3かけのニンニクと小さじ1のショウガを加える。
そして、指で優しく揉み込む。
本当ならここに醤油も入れたいところだが……残念ながらこの世界には無いっぽい。
けど、この味付けでも美味しく出来上がる。
「……これで よし。後は 15分ほど 置いて おく」
「え? 置いておくっスか? このまま焼けば、いいんじゃないっスか?」
「味 肉 染み込ませる。おいしく なる」
「へぇ~……そうなんっスか~」
さて、漬け込んでいる間に必要な物を準備だ。
深型のフライパンに、揚げる為の油をたっぷり入れる。
ここでケチるとうまく揚がらない。
衣に必要な片栗粉と薄力粉を半々で混ぜるて、皿の上に広げておく。
粉は衣の仕上がりに大きくかかわる。
片栗粉だけで揚げるとサクサク、カリカリとした硬めの食感に仕上がり、薄力粉だけで揚げるとしっとり柔らかい食感で仕上がる。
その2つを混ぜて使うと両方の良いところが両立して、外はカリッっと中はふんわりジューシーに出来上がる。
まさにこれが、唐揚げの衣の黄金比だと個人的は思っている。
『後、必要なのは……十分乾いているし、これでいいか』
俺は1本の薪を手にして、一部をナイフで切り落とした。
そして、ささっと削って2本の細長い棒を作った。
『菜箸の完成……と、言いっても……どう見ても割りばしだなこりゃ……』
まぁ割りばしでも出来るし、これで十分だろう。
「……さて 肉 揚げて いく」
漬け込んだ鶏肉を取り出し、粉を広げた皿へと移す。
手の中で鶏肉を一切れずつ包み込むように粉をまぶす。
かまどに火をつけて、油を中火で温め始める。
油がゆらゆらと動き出したら割りばし……もとい、菜箸の出番だ。
菜箸の先を水で濡らして、布で水分をふき取ってから油の中へと入れる。
「ちょっ! ゴブくん! 木の棒を揚げてるっスよ!?」
俺の行動にコヨミが慌てて止めに入った。
「大丈夫 温度 測ってる だけ」
「は......? 温度を……測る? そんな事でわかるっスか?」
「大まか だけどな。棒から 泡 ほとんど 出ない、これ まだ 低温。ここから ゆっくり 小さな泡 出始めると 中温 になる」
この温度では、まだ鶏肉は揚げれない。
「棒から 勢いよく 泡 出て来た。この状態 高温。これで 揚げる」
ちなみに、更に激しく泡が出て来て来ると高温すぎて、唐揚げには向いていない。
この温度が大事だ。
「行くぞ」
余分な粉を払い落とした鶏肉を、1つずつそっと油の中へと入れていく。
鶏肉から泡が立ち、香ばしい匂いが食堂に一瞬で広がった。
「わ~! いい匂いっス~」
揚がり具合を確認しつつ、約3分ほど揚げる。
「……よし。取り 出す」
菜箸で油の中から揚がった鶏肉を取り出して、皿に置いて行く。
鶏肉が綺麗なきつね色に揚がっていた。
「わ~! おいしそうっス!」
コヨミが唐揚げを見て目を輝かせる。
「完成 まだ」
そう……まだこれは完成じゃない。
「え? まだっスか?」
俺の言葉にコヨミが目を丸くする。
「もう 1回 揚げる」
「ええっ!? もう1回!?」
鶏肉を高温で揚げたまま中までしっかり火を通そうとすると、表面が焦げてしまったり、肉汁も逃げてしまう。
そこで2度揚げだ。
1度揚げた後、余熱で中まで火を通していく。
皿の上で3分ほど休ませてから、鶏肉を再び油の中に入れて、1分ほど揚げる。
揚がったら油から取り出し、別の皿に乗せて、付け合わせのレタスを置けば......。
「出来た!」
「お~! いい色だし、この匂い! たまらないっス!」
揚げ終える頃には、食堂の中は香ばしい匂いで満たされていた。
『この唐揚げで、ミュラが喜んでくれるといいが……』
唐揚げを乗せた皿を席へと運ぶ。
すると......。
――カタン
と階段の方から、小さな物音がした。
物音がする方に目を向けると、階段の影からミュラの顔がそっと覗いていた。
少し寝癖のついた髪、頬には涙の跡がまだ薄く残っている。
眠たげな瞳で俺をジッと見つめた後、呟くように小さく口を開いた。
「……おいしそうな……いい……においがする……」
どうやら唐揚げの匂いで、目を覚ましてしまったようだ。
これで目を覚ますなんて……相変わらず、食いしん坊だな。




