第40話
ミュラが泣き出した瞬間、隣にいたノルンが困惑した様にあわあわとし始める。
「ど、どどどうしましょう……えと、ミュラちゃん……な、泣かないでください……っ」
いつもは凛とした声だが、よほど困ってしまっているのだろう。
声が裏返り、両手を胸の前で泳がせながら必死になだめようとしている。
「ああああああああああああああああああああっ!!」
しかし、ミュラはますます声を張り上げて、顔が涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった。
その姿に、俺はつい視線を下に向けてしまう。
ミュラの泣き声で、さらに周囲の人々が足を止める。
俺達に対して好奇の視線が集まる。
「――ミュラちゃん!? ゴブくん!? ちょっ、ちょっと通して下さいっス!」
騒ぎに気付いたコヨミが、周囲の人々を押しのけながら駆け寄ってきた。
その後ろにはナナとターン、少し遅れてカルが走って来た。
「はあ……はあ……一体、どうしたっスか!?」
コヨミが息を切らしながら尋ねて来た。
「……」
俺は無言のままコヨミを一度見て、また視線を下へと向けた。
「ああああああああああああああああああああっ!!」
「コ、コヨミぃ……」
ミュラは泣き続け、その横では困った表情をしているノルンがコヨミに助けを求めていた。
「……ノルン、何があったっスか?」
コヨミがノルンに問いかける。
その声は、非常に落ち着いていた。
「……え、えと――」
ノルンはしどろもどろになりつつ、コヨミに今まであった事を説明し始める。
俺はその間もずっと黙っていた。
ミュラの泣き声だけが耳に響き続ける……。
「――という訳です…………私がついていながら……申し訳ない……」
ノルンは頭を下げた。
「そっか……ううん……ノルンが謝る事は無いっスよ。むしろ、ミュラちゃんを見つけてくれて、ありがとうっス」
話を聞き終えたコヨミは、そっとミュラの傍まで近寄りしゃがみこんだ。
「ミュラちゃん、大丈夫っスよ……何も怖くない...…もう……大丈夫だから……」
そう言って、コヨミはミュラの小さな体を抱き寄せた。
ミュラはコヨミの腕の中に包まれると、小さな指がコヨミの服をぎゅっと掴む。
「うう、うぅ……おねぇ……ちゃ……うううううううっ!」
ミュラはしゃくり上げながら、コヨミの胸に顔を埋めた。
泣き声が少しだけ弱くなる。
俺はただただ、その光景を黙って見ていた。
「……大丈夫よ……大丈夫……」
コヨミはミュラの背中を撫でながら繰り返す。
「……ミュラちゃん……」
ナナが涙目でぽつりとつぶやく。
「……こりゃあ、今日はもう無理だな」
ターンが眉をひそめて、頭を振った。
「だね……」
カルもターンの言葉に頷く。
「ううううううううううううううううっ!」
泣き止まぬミュラを前に、コヨミが顔を上げて皆に向かって口を開いた。
「……みんな、ごめんっス。今日はここで解散にさせてほしいっス。せっかくの祭りなのに……本当にごめんなさいっス」
「気にすんなって、ミュラが見つかって良かったぜ」
ターンが笑って答えた。
「そうなの。おねぇちゃん......ミュラちゃん、よろしくなの」
ナナも頷く。
「うんうん。ボクたちのことはいいから、ミュラちゃんを優先して」
カル同様に頷く。
「ありがとうっス……」
コヨミはみんなに深く頭を下げた。
「わ、私がしっかりしていれば……」
ノルンの言葉に、コヨミは首を振った。
「だから、ノルンのせいじゃないっスよ。ウチがこの場に居ても、同じ事になったと思うっス……よいしょっと」
コヨミがミュラを抱いたまま立ち上がった。
「それじゃあ、みんな、バイバイっス」
コヨミはみんなに手を振り、歩き始めた。
俺はその後を追いかけた。
「…………ごめん コヨミ....さん……」
俺は小さく呟いた。
「……こればかりは、仕様がないっスよ」
コヨミが小さく苦笑する。
「うぅ……ひっく……」
ミュラはコヨミの腕の中でまだしゃくりあげていた。
「…………」
コヨミは無言で優しく背を撫で続けた。
食堂に戻り、俺は明かりをつけた。
「……すぅ~……すぅ~……」
コヨミの腕の中で、ミュラが寝息を立てていた。
泣き疲れたのだろう。
「……ミュラちゃん、寝ちゃったっスね」
コヨミがミュラの髪を撫でながら囁く。
「……泣かせた 俺の せい……」
俺の言葉に、コヨミがこちらを見て首を振った。
「さっきも言ったっスけど、これは仕様がないっス。それに……ウチも最初に見つけていたら、ミュラちゃんを叱ったっスよ。まあ……怒鳴る所までは、いかないっスけどね」
「うっ……」
「さて、このままだと風邪をひいちゃうっスから、ベッドに寝かせてくるっスね」
そう言うと、コヨミが階段を上って行った。
『……』
流したミュラの涙は、両親と再会した……その時に流すべきものだ。
こんな所で流していいものじゃない。
なのに俺は……俺は……。
『………………よしっ!』
俺は両手で自分の頬を思いっきり叩いた。
パシン、と乾いた音が静かな食堂に響く。
『まだ日は落ちていない、買い物は間に合うはずだ』
俺が出来る、ミュラが笑顔になる方法。
それは1つしかない。
「ミュラちゃん、寝かせてきたっスよ」
下へと降りて来たコヨミに、俺はすぐさま声をかけた。
「今から 俺 買い物 出掛ける!」
「え? 今からっスか?」
「ああ! 財布 貸して ほしい!」
「わ、わかったっス。はい」
コヨミから財布を受けとり、食堂の入り口へと向かい扉に手をかけた。
「あっと! 後 お願い ある! マヨネーズ 作って おいて ほしい!」
「マヨネーズを? わ、わかったっス」
「ありがとう!」
俺は扉を勢いよく開け、外へと駆け出した。




