第33話
星影草の葉っぱを手に入れた俺達は、急いで森の中を走った。
星影草との戦いでかなり披露していたが、子供達の表情は明るく足取りも軽い。
「それにしてもゴブ君、さっきはすごかったの!」
ナナが興奮気味に口を開いた。
「そうそう、光を当てようなんて思いつきもしなかったよ」
「……」
カルが感心した様子で続く。
その横で、ターンはあまり面白くないと言ったような顔をしていた。
「でしょ~! ゴブはすごいんだから!」
まるで自分の手柄の様にミュラがドヤ顔をする。
とはいえ、星影草を倒せたのはミュラの魔法があってこそだ。
そんな細かい事は置いといておこう。
「これで、ミュラちゃんとゴブ君はボク等の仲間だね」
カルの言葉にミュラが笑顔になる。
ミュラはともかく、俺もこの中に入れてくれるのか。
「えっ! いいの!?」
「勿論なの! ね、ターンもいいでしょ?」
ナナがターンに問いかける。
ターンは少し考えたのち、恥ずかしそうに横を向く。
「…………好きにしろよ」
「じゃあ決まりなの! よろしくなの、ミュラちゃん! ゴブ君!」
「うん! よろしく!」
「ああ よろしく……」
この歳になって、子供の輪の仲間入りか……なんか複雑な気分だ。
そんな会話をしていると、いつの間にか俺達は森の中を抜けていた。
港町に戻って来ても、ナナは休むことなく自分の家へと駆け足で向かった。
大事そうに星影草の葉を胸に抱えている所を見ると、1分1秒でも早く帰りたいのがよくわかる。
「もうすぐなの……! ママ、きっと喜ぶの!」
しばらく走ると、赤い屋根の小さな家に着いた。
ナナは躊躇せず、家の扉を押し開けた。
「ここ ナナちゃん 家 か」
「そうなの。さっ、みんな入ってなの」
ナナが先に家の中へと入り、俺達はその後に続いた。
「お邪魔します」
「こんにちはー」
「お、おじゃまします……」
俺達はナナの家に足を踏み入れた。
その瞬間、中にいた女性を見て、俺とミュラは同時に驚きの声が漏れた。
「「――えっ!?」」
「へっ?」
その声に女性が振り向く。
それは紛れもなく、コヨミだった。
「あれ!? ど、どうしてここに?」
コヨミも驚きの声をあげた。
「えと それは……成り行き……だな……」
説明しだすと長いから、とりあえずこう言っておこう。
「コヨミおねえちゃんこそ、なんでここに?」
ミュラが首をかしげる。
「ウチは、薬を調合しに来たっスよ」
「調合……? ああ あの時の……」
昼に依頼されたのは、ナナの母親のやつだったのか。
…………あれ、ちょっと待てよ。
その薬に必要なのは、山岳に生えている奴だ。
じゃあ、俺達が採って来た星影草って……。
そんな疑問を持っていると、ナナがコヨミに近づいた。
「あ、あの……コヨミお姉ちゃん……これ……」
ナナは震える手で星影草を差し出した。
「……え? これって……星影草じゃないっスか」
「なんだって!?」
それを聞いたナナの父親らしき鳥人の中年の男性が、勢いよく椅子から立ち上がった。
「お前達! 北の森に行ったのか!? あれほど入っちゃいけないって言ったじゃないか!」
案の定、雷が落ちた。
「で、でも……」
「でもじゃない! お前という奴は、いつもいつも――」
「まあまあ、落ち着きなさい。バードンさん」
ヒートアップしていく父親を、白衣を着た老人が止めに入った。
頭の髪は薄く、顎髭が地面につきそうなくらい長い……全部そっちに持って行かれたのだろうか。
「ですが、先生!」
「病人の前で騒いではいけない。叱るなら、後じゃて」
「…………わかりました」
医者の言葉に父親が椅子に座る。
それを見て、俺達は一息ついた。
「そ、それで……お姉ちゃん……これで……ママ、治るの……?」
ナナはもう一度、星影草をコヨミに差し出した。
「……」
コヨミは星影草を受け取り、葉の表面を確かめるように指で撫でる。
「…………うん、いいのを採って来たっスね。これなら、よく効くっスよ」
「本当!?」
コヨミの言葉にナナの顔が明るくなる。
「それじゃあ、さっそくこれを調合しないとっスね」
コヨミは慣れた手つきで、机の上に器具を並べる。
そして、乳鉢で星影草をすり潰しながら、別の薬草と慎重に混ぜ合わせる。
「…………よし、出来たっス」
調合を終えたコヨミは、子供達に向かって柔らかな声で語り掛ける。
「これが病気を治す薬っスよ」
どろりとした濃い緑の液体をコップに入れる。
「「「「おお~!」」」」
子供達は目を輝かせ、コヨミの動向を追った。
コヨミは、ベッドの上で苦しむナナの母親に近づく。
そして、慎重に薬を口の中に流し込んだ。
「……ゴク……ゴク…………ゲホッ! ゲホッ!」
「慌てず……ゆっくり飲んで下さいっス……」
最初は咳き込むも、数分もしないうちに母親の呼吸が落ち着きはじめる。
青ざめていた顔にほんのりと血色が戻っていった。
「……ママ!」
ナナが泣きそうな声を上げ、母親の手を握りしめた。
母親はうっすらと目を開け、かすかな声で反応する。
「……ナナ…………もう……大丈夫……よ……」
母親は弱々しくも、ナナの手を握り返した。
「……ふぅ……何とか峠は越えた様じゃな」
医者の言葉に、その場にいた全員が安堵の吐息をもらす。
と、その瞬間、くう~と腹の虫が鳴いた。
「……」
気まずい沈黙が流れる。
全員が1人の少女を見つめた。
お腹を押さえ、真っ赤な顔をしたミュラを……。
「ぷっ……あははは! こんな時に!」
「腹の音がここまで聞こえたぜ、くくっ」
カルが大笑いし、ターンも釣られて吹き出す。
「……ふふっ。大きい音だったの」
ナナも涙を拭いながら笑った。
「ご、ごめん……で、でも、しかたないじゃん! きょうは、ずっとうごきっぱなしだったんだもん!」
ミュラが俺の方に振り向く。
「ゴブ、ごはんつくってよ!」
「はあ?」
おいおい、いきなり人の家で何を言い出すんだ。
「あ、それいいの。あたしも食べたいの」
「ボクもゴブの料理に興味ある」
「ええ……」
困ったな、そんな事を言われても……。
「みんな、病人の居る家で騒いじゃ駄目っスよ。ご飯を食べるなら、ウチの食堂で食べるっス」
困り果てていた俺に、コヨミが助け舟を出してくれた。
「そ、それ なら いいぞ」
この空気で作れないは言いづらいし、仕方ないか。
「「「やったっ!」」」
子供達が一斉に喜ぶ。
「バードンさん、それでいいっスか?」
「ああ……俺は妻を見ているから、ナナをよろしく。ナナ、迷惑をかけるんじゃないぞ」
「は~い! 楽しみなの~!」
「ミュラもミュラも!」
子供達がワイワイとしている中、俺はコヨミの傍へと近づいた。
「星影草 本当に 薬 なのか?」
そう聞くとコヨミはしゃがみこみ、俺だけに聞こえる声で話し始めた。
「よく効く薬草なのは間違いないっス……ただ、それは外傷……つまり塗り薬っス」
「塗り――ムガッ!」
俺が声を出しそうになった瞬間、コヨミが口を押えた。
「し~! 大きな声を出しちゃ駄目っスよ!」
俺はコクコクと頷くと、コヨミが手を離した。
くそっ、カルの奴……モンスターだけじゃなく、そこの部分も読み飛ばすとは。
「みんなの姿を見た感じ、採って来るのに苦労した様っスね」
「それは もう……かなり……」
あんな戦闘が始まるなんて思いもしなかったからな。
「じゃあ 星影草 意味 無い?」
それが一番の問題だ。
あの苦労が無意味だったなんて思いたくない。
「……正直に言うと、効き目はまったく無いっスね。でも、星影草は口にしても特に問題はないから、さっきの飲み薬に混ぜたっスよ」
なるほど、子供達をガッカリさせない為に一芝居うったわけか。
とはいえ、やはり無意味だったわけだ……。
俺は肩を落とした。
「な、何事も気持ちが大事っス! みんなの想いで、薬の効果が強くなったはずっスよ!」
俺の落胆した姿にコヨミがフォローする。
「……そう……だな……」
そう思わないとやってられない。
これが現実なのだから……。




