第18話
翌朝。
『コケコッコー!』
外からニワトリの鳴き声と共に、部屋の小窓から朝日がさしこんで来た。
『……んん……』
もう朝か。
地面の上でもなく、ホコリくさくもない布団の中はすごく快適だった。
起きてしまったのが勿体ない気分だ。
『……なら』
俺はもそもそと布団の中に潜り込み、2度寝をする事にした。
数分もしない内に、俺の意識が遠のいて――。
『………………ん?』
――いきかけた時、部屋の外からバタバタと走る音で引き戻された。
そして、同時にバタンッと扉が開く音が響く。
『んん!?』
「ゴブ~! おき~~~~~~~~てっ!」
『――ぐふっ!?』
突如、腹部に強烈な衝撃が走った。
布団から顔を出してみると、上でミュラが馬乗りになるような姿勢で乗っかっていた。
「おはよ~! ゴブ!」
俺の顔を見て、ニコリとミュラが笑った。
「……ああ おはよう……」
今の衝撃で、眠気が吹っ飛んでしまった。
それにしても朝から元気だな。
昨日の朝は、あんなに眠そうだったのに……やっぱり、まともに寝られる環境との差かな。
「おはようっス。ミュラちゃん、ゴブくん、顔を洗いに行くっスよ」
「は~い」
ミュラが俺の上から退いた。
俺はお腹をさすりつつ、上半身を起こした。
「よく眠れたっスか?」
「おかげ様で 寝れた」
起こされ方は、かなりきつかったがな。
ノソノソと布団の中から出た後、布団を畳んで1階へと降りた。
俺達は洗面所で交代しつつ顔を洗い、3人並んで歯を磨く。
とりあえず心配事だった、朝夜のミュラの歯磨き問題は大丈夫だな。
昼も歯磨きさせたいが……これはコヨミと話してからかな。
この世界だと昼はどうしているのかわからないし。
「シャコシャコ……そういえばゴブくん……シャコシャコ」
「シャコシャコ……何 だ? ……シャコシャコ」
「シャコシャコ……ミュラちゃんの寝相、知っているっスか? ……シャコシャコ」
あのすごい寝相の事か。
「シャコシャコ……知ってる。俺 見たの 上下 逆さま なってた……シャコシャコ」
「シャコシャコ……ウチは、壁に足をつけてエビぞり状態で寝てたっス。流石に驚いたっスよ……シャコシャコ」
エビぞりって……よくそれで寝ていられるな。
俺とコヨミは、自然とミュラに視線を向けてしまう。
「シャコシャコ……ん? どうしたの?」
話を聞いていなかったミュラが、俺達の視線に気付き首を傾げた。
「なんでも ない、気に するな…………ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ……ガラガラガラ……ペッ」
俺は口をゆすぎ、流しに水を捨てる。
「まぁそれも愛嬌っスね…………ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ……ガラガラガラ……ペッ」
コヨミも口をゆすぎ、流しに水を捨てた。
「?」
ミュラだけが歯ブラシを口にくわえたまま、不思議そうな顔をしていた。
「さて、ウチは着替えとミュラちゃんの髪をとかすっスから、ゴブくんはコカ、トリ、スー、ホー、オーのエサをあげておいてほしいっス」
「コカ、トリ、スー、ホー、オー?」
なんだそれ。
「裏庭で飼っているニワトリ達の名前っス」
朝鳴いていたのそいつ等か。
そういえば昨日、卵を取りに裏口から出て行っていたな。
それにしても……またすごい名前をつけたもんだな。
「わかった。エサ どこ?」
「ありがとうっス。エサは裏口から出たところの棚の中っス」
「棚 だな。卵 産んでたら それ 朝ご飯 する?」
「それでいいっス。さっミュラちゃん、部屋に戻るっス」
「うん、わかった」
2人が階段を上って行くのを見送り、俺は裏口へと向かった。
裏口の扉を開けて外に出ると、木の板で囲われた広さ5~6畳ほどのある裏庭があった。
その一角には手作りの鶏小屋が置いてある。
ニワトリ達は庭の中を自由に動けるみたいだが、今は鶏小屋の中に引っ込んでしまっている様だ。
『えーと……これがエサか』
棚を開けて中を見ると、様々な野菜や草を乾燥させて細かく砕いた物が器の中に入っていた。
その器を手に取り、鶏小屋の傍まで近寄る。
『んー……エサ箱が見当たらないから、そのまま地面に撒けばいいのかな?』
器の中に手を入れ、エサをひとつかみして地面にばらまいた。
「コカ トリ スー ホー オー。エサ だぞー」
『コケッ?』
『コッコッコ!』
『コケー』
エサにつられ、鶏小屋の中から5羽のニワトリが出て来た。
四歩足になってるところ以外は完全に普通のニワトリ。
毒を吐かないし、石化もしないし、体も燃えてもいない……いたって普通のニワトリだ。
『つなげると、コカトリスと鳳凰なのに……なんだかな……』
モヤモヤしつつ、ニワトリ達がエサをつついている間に巣の中を覗いた。
巣の中には卵が3個あり、それを手にする。
『もらって行くぞ』
お礼にもう一回エサを巻き、器を棚に戻した。
そして、裏口から家の中へと入った。
「ゴブ~みてみて~」
入るなり、ミュラの声がする。
淡い緑色のシャツとスカート、髪型は三つ編み団子ヘアになっていた。
「コヨミおねえちゃんと、おなじかみがたにしてもらったの! どうかな?」
「ああ 似合うぞ」
「えへへ~」
「お、卵3個っスか。丁度人数分っスね」
「そう。だから 目玉焼き する。半熟 固焼き どっち?」
これが大事。
半熟と固焼きは人の好みが出るからな。
「ミュラ、かたいのがいい」
「ウチは半熟っス」
「わかった」
ちなみに俺はその日の気分で変える為、別にこだわりはない。
『んー今日は半熟にするかな』
まずは、小さな器に卵を割り入れる。
殻が中に入る事と、黄身が崩れるのを防ぐ事が出来る。
そして、フライパンに油を入れて中火で熱する。
本来ならキッチンペーパーで薄くのばしたいが、そんな物は無いから回して伸ばす。
フライパンに卵を入れて、30秒ほど焼く。
そこに大さじ2の水を加えてから蓋をして、黄身が固まるまで4~5分ほど蒸し焼きにする。
蓋をとって、水気が残っていたら水気がなくなるまで加熱すれば……固焼きの完成。
半熟は、卵をフライパンに入れる所までは同じ。
白身が固まり始めたら小さじ1の水を加えて、蓋をする。
黄身が白っぽくなってから30秒〜40秒ほど加熱すれば……半熟の完成だ。
目玉焼きを皿にもって、付け合わせのレタスとパンを置いてっと。
「出来た。それぞれ 持って 好きに 食ってくれ」
「わ~い! よいしょっと」
「ありがとうっス」
それぞれ目玉焼きを持ち、席へとついた。
俺はシンプルに塩のみ、ミュラは塩こしょうを目玉焼きにふった。
一方コヨミは小さな器を手にしていた。
『ん? あんなのあったか?』
「ふふふ~ん」
コヨミは鼻歌交じりで器の蓋を開けた。
そこにはマヨネーズが入っていた。
「えっ! マヨネーズ!? 何時の 間に!」
「ふっふふ、昨日作った奴っス。ミュラちゃんに頼んで器を凍らせて、まよねぇずを冷やして保存したっスよ。これなら長持ちするっスよね?」
何たる執念。
まさか、ミュラの力を使って簡易な冷蔵庫を作り出すとは……。
「いや それでも 2〜3日しか 持たない」
「そうなんっスか……じゃあこれからは、毎日新鮮なまよねぇずを作るっス!」
『……』
この感じは本当に毎日作るな。
恐るべし、マヨラーコヨミ。
「あ、そうそう。これを食べたら、みんなで出掛けるっスからね」
「はむ……もぐもぐ……おでかけ?」
今日は冒険者ギルドに行くと言っていたが……みんなでとは、どういう事だろ。
「そうっス! 今日は朝市が開かれる日なんっスよ!」