第11話
さて、卵が届くまでに調理器具の準備だ。
材料を混ぜる為の深い器を2個と、混ぜる為の泡立て器。
後はスプーン、フォーク、包丁っと……。
「卵、2個でいいっスか?」
裏口から女性が戻って来た。
「それでいい ありがとう」
俺は女性から卵を受けとり、調理を始めた。
まずは2個の卵の黄身と白身を分けて、黄身だけを器の中に入れる。
次に塩を小さじ2分の1、酢を大さじ1の量を入れて泡立て器でよくかき混ぜる。
筋が残る程度に混ぜ終わったら、一番重要な最後の工程だ。
植物油150ccの量を数回に少しずつ分け入れて、その都度泡立て器でかき混ぜていく。
「ゴブ、いっきにぜんぶいれて、かきまぜたほうがいいんじゃないの?」
ミュラの言う事もわかる。
だが、そんな横着をしてしまうと乳化……卵と油がうまく混ざらなくなってしまう。
そうなってしまうと、もうどんなにかき混ぜても混ざる事は無い。
「それ 絶対 駄目。うまく 出来ない」
「ふ~ん……そうなんだ」
「……」
必死にかき混ぜている間、女性は無言で俺を見つめてる。
そんなに見られていると非常にやりにくいんだが、それを指摘すると何言われるかわからんし黙っておこう。
植物油を入れる工程を繰り返し、泡立て器ですくいあげてみる。
ピンとツノが立ったので完成だ。
『ふぅ……疲れた……』
ハンドミキサーやブレンダーみたいな電動かき混ぜ器があれば、もっと楽でおいしいのが作れるんだがな。
だがそんな物はこの世界には無い、思うだけ空しいからやめておこう。
『味はどうだろう』
スプーンで少しすくい、俺の顔が見られない様に下を向きながら口へと入れた。
よし、いい感じに仕上がったぞ。
「完成」
俺の言葉に、黙っていた女性が口を開いた。
「それはなんっスか?」
「マヨネーズ だ」
「「まよねぇず……?」」
ミュラと女性が同時に首を傾げた。
2人の反応を見ると、どうやらこの世界にマヨネーズはなかったらしい。
「それ、おいしいの?」
ミュラの食欲と好奇心はすごいな。
初めて聞く物なのになんの躊躇も無い。
「味見 してみるか?」
「え? いいの? どんなあじかな~?」
別のスプーンでマヨネーズを少しすくい、ミュラへ渡した。
「わああ~! パクッ……ムグムグ……お~ふしぎなあじだけど、これおいしい!」
良かった、ミュラがおいしいと言ってくれた。
「…………」
女性が興味深そうにミュラを見つめていた。
この人にも味見させてみるか。
合わなかったら別のを考えないといけないし。
俺はまた別のスプーンでマヨネーズを少しすくい、柄の方を女性に向けた。
「味見 どう?」
「へっ!? ウ、ウチもっスか? …………わっわかったっス」
女性は少し考えたのち、スプーンを受け取った。
そして、恐る恐る自分の口元へと運んだ。
「すぅ~……ふぅ~……よしっ――パクッ」
意を決して口へと入れ、ぴちゃぴちゃと口を動かして味を確認している。
さあ、どうだ。
「――っ!?」
女性の眠たそうな目が見開き、獣耳とモフモフの尻尾が真上に上がった。
そして、その場でピョンピョンと軽くジャンプし始めた。
「なっなにこれ!? 黄身とほんのりした酸っぱさの中に、マゴの油が溶けこんでとてもクリーミー! 塩、黄身、酢、マゴの油を合わせただけなのに、こんなにおいしいだなんて!! あ~ずっと舐めていたいわあああああああああ!!」
「「……」」
すごいテンションの上がった女性に、俺とミュラはただただ茫然と見つめるしかなかった。
「ああああああ――ハッ! …………こほん」
それに気が付いた女性はジャンプを止め、誤魔化すように軽く咳払いをしてスプーンを流しに置いた。
「まっまあまあ、おっおいしいかったっスね」
獣耳を上下にピコピコと動かし、モフモフの尻尾を左右にブンブンと振っている。
不安だったが、お気に召してくれたようだ。
この世界でもマヨネーズの味は通用することがわかった。
「じゃっじゃあ、早くそれを食べるっス」
「待った まだだ」
これは調味料を作っただけだ。
メインの料理はまだ出来ていない。
「ええっ!? まだっスか!? そうっスか……」
女性の獣耳とモフモフの尻尾が真下に下がった。
なんてわかりやすい人なんだろうか。
まあいい、続き続き。
ゆで卵を半分に切って、黄身と白身を分ける。
黄身の方はフォークで潰し、白身は包丁で5〜6mm角くらいの大きさに刻む。
「あっ。えと コショウは?」
「そこの黒い蓋の瓶っス」
潰した黄身と切った白身を器に入れ、塩とコショウで下味をつける。
そして、その中にマヨネーズを入れる。
入れる量は好み、俺は少し少なめにして卵の味を感じたいタイプだ。
最後は、スプーンで混ぜ合わせる。
混ぜ終わったら、次はパンだ。
3cm厚くらいに切り、半分の厚さで薄皮一枚残るくらいまで切れ目を入れる。
その切れ目の中に、ピンク色のレタスと混ぜた玉子を入れて挟めば……たまごサンドの完成だ。
残ったマヨネーズはサラダにでも使おう。
「これで 完成」
「お~! おいしそう!」
「パンに肉とかを挟むっスが……これは初めってっス……」
俺は1個ずつ手に持ち、2人に渡した。
「わはっ! あ~ん! ……もぐもぐ……ん~! たまごがすごくおいひぃ~!」
ミュラが頬張る姿を横目に、女性もたまごサンドを口へと運んだ。
「はむ……もぐもぐ…………――っ!? これはおいしい!! まよねぇずが玉子と見事に調和してより味が濃くなっている! こんな食べ物があるなんて!」
正直、サンドイッチ1つでここまでいい反応してくれるとは思いもしなかった。
とりあえず、これで窮地を脱する事が出来たかな。
2人はあっという間にたまごサンドを食べきってしまった。
「…………くっ……こんな美味しい物を作られるなんて……」
「ふふ~ん! どうだ!」
落ち込む女性に対して、何故かドヤるミュラ。
俺が頑張って作った奴なんだけどな。
「なんたって、ゴブはすごいゴブリンなんだもん!」
「…………ミュラ!?」
「あっ!」
ミュラが慌てて両手で自分の口を押えた。
いや、もう遅いって。
「……はっ? ゴブリン?」
言葉を聞いた女性の瞳がギロリと俺の方を向き、場の空気が一気に殺気立つ。
まずい、これは逃げ――。
『ぐえっ!?』
まさに一瞬だった。
逃げる間もなく女性の右手が俺の首を掴み、持ち上げられてしまう。
そして、フードと顔に巻いてあった服を剥ぎ取られてしまった。
「……本当にゴブリンだったのね」
俺の姿を見た女性は氷の様な冷たい声を出し、血の様な真っ赤な瞳で睨みつける。
そんな女性に対して、俺は血も凍るほどの恐怖を感じるのだった。