1話 片思いの大好きな彼の命を救ってなぜか嫌われたのに大好物をもらった
王国軍の平軍人の平凡な彼が好きすぎて狂いそう。
宮廷魔術師のダリアはめちゃくちゃ重い片思いをしていた。好きすぎて陰ながら勝手に彼に毎日毎日護衛魔法と回復魔法をかけたり、可能な限り彼の所属する小隊に自分が作った回復薬を匿名で寄付したりしていた。
ただ、この行動から分かる通りダリアはいわゆるコミュ障である。これまでの生い立ちで色々あったのだが、人が怖くて引っ込み思案で臆病で喋るのが苦手で誰かに姿を見られるのも苦手だった。小柄な体は宮廷魔術師の制服であるぶかぶかの大きなローブに包み隠し、いつもできるだけフードをすっぽりと被って、色だけはかわいらしい薄ピンク色の髪も全部フードの下に隠して生活している。
もはや彼女の素顔は、幼馴染であるエリオット王子と、宮廷魔術師総統でありダリアの養父のオリヴァー師匠、そして一部の同僚のみが知っている状態だった。一部例外もあるにはあるがそれくらい表に出るのも人と関わるのも苦手だった。
そんなダリアは先日、まさかの初恋をしてしまった。
好きすぎてもうだめ。遠くから目が合ったような気がしただけで気絶しかけるレベルでどうしようもなく好きだった。
その彼というのは、ノルディックという平……一般歩兵の軍人である。
調べたところ年齢はダリアの2個上の20歳だと聞いたが、それ以外はノルディックという名前しか知らない。苗字さえ知らないし見た目もどう見ても普通の男子なのだが、ダリアはここ最近ずっと彼しか見えていなかった。
ある日、なんとなく訓練場で訓練をする彼の姿が目に入って、そのまま目で追っていたら目が離せなくなって、気付いた時にはこの人好き!!!!!と思ってしまって、それから気持ちが抑えられない。……自分でも意味が分からない。これが恋っていうものなんだろうか。
「ねぇなんでそんなに好きなの?」
暇つぶしにダリアの仕事場である物置部屋に訪れていたエリオットは首を傾げた。
ダリアは人が苦手で、周りに誰かいるとどうも集中して作業ができない。エリオットは幼馴染で慣れているからなんともないが、よく知らない同僚は辛い。ということで、同じ班の宮廷魔術師達が仕事をしている作業部屋の隣の物置に引きこもって普段一人で仕事をしている。こっちの方が黙々と魔法薬を集中して作れるので仕事の効率がとても上がるのだ。班のみんなもそれを受け入れてくれている状態だった。基本的にそれぞれがやるべき仕事をしていれば構わないという人たちの集まりでよかったと思う。
「なんでだろ……好きだから好き……」
「なんで?見た目?」
「えっ、あっ……ぜ、全部……うっ、考えただけで苦しい!!やめて!!うぅっ!!!!」
こんなに気さくに喋っているが、エリオットは我が国グランディア共栄国唯一の王子で、見た目も金髪碧眼でまさに絵に描いたような王子様である。
ダリアは幼少期に孤児だった所を師匠であるオリヴァーに弟子として拾われ常にくっついて行動していたのだが、オリヴァーは有名な魔術師で王宮で働いていたし国王とも親密だったし王子であるエリオットに魔法を指導していた事もあって、小さい頃から王宮に出入りしていたしエリオットとも友達なのだ。
ちなみにうちの国は「共栄国」と言う変わった名前で、国王はいるが宰相もいて民主主義な国である。以前は国の政は全部王が取り仕切っていたというが、現在は多少名残はあるものの、政治は宰相が選挙で選ばれて取り仕切っている。王は宰相とほぼ同じくらいの権限を持っていて二人三脚で国をまわしているので、うちの国の王子の存在価値は他の王国王国した王国と比べると随分と低い方である。今王族達は外交や国内行事で主に活躍しているのだ。そういう国の事情もあって、年齢も近かったので二人はずっと幼馴染のよき友人として王宮で過ごしていた。
お互い恋愛なんてしたことがなかったのにダリアが先日唐突にこのように豹変してしまったのでエリオットは不思議でならない様子だった。
「はあ、恋ってそんなにイカれるのか」
「好きすぎていっそ死んでしまいたい……!!この大鍋の中に飛び込んで魔法薬になって彼に飲まれたい!!」
「やば」
そう言いながら、魔力を流し込みつつ大鍋の中の薬をぐるぐるとかき混ぜる。
「あのさぁ死ぬくらいなら告白したいとか思わないの?」
「思わないっっっ!!こここここ告白するって喋るってこと?無理!!!無理無理!!はぁ!!無理!!っあ、軍の人達がそろそろ休憩いくから見てくる!!じゃあね!!」
そう言って鍋の火を止めて、深くフードを被ってダリアは王子を置いて物置部屋から走り出した。……エリオットは呆れながらダリアの後ろ姿を見送った。
ダリアはいつもどおり、王宮の渡り廊下からそこそこ離れた王国軍の歩兵たちの訓練所を望遠魔法を使って休憩している軍人たちを一人一人見ていく……と、いた。
すこし癖のある黒髪の彼、ノルディックがいる。本当に彼は目立たないので探すのがいつも大変だけど、ダリアは2分以内に絶対に見つけ出す自信があった。
一般的には彼は普通の顔だちであると言えるだろう。むしろ地味な方かもしれない。でもダリアにとっては彼の全てが輝いて見える。癖のある黒髪も、それが少し被る切れ長の黒い目もかっこいい。そんな大好きな彼の安全を願って、ダリアはいつも護衛魔法を遠くから勝手にかけていた。彼の訓練に差し支えるといけないので、ある程度の打撃は通すが万一命に関わりそうな魔法攻撃や強い衝撃を身体に受けたときに跳ね返す魔法を掛けつつ、怪我をしたらすぐに治るように回復の魔法もかける。それが日課だった。
もしも全ての攻撃を防げる魔法をかけたとして、彼が訓練で痛みも何も感じなかったら万が一実践になった時どんな戦い方をするか分からない……!!いつだって彼を守りたいけど戦場でも見守れるとは限らないのだ。……しかし……はぁかっこいい……こうして見ているだけでとても幸せな気分になる。
……ただ、この日は偶然、あまりにもかっこいい彼が相変わらずかっこよくて見惚れてしまって、丁度誰かに呼ばれたのか彼は訓練場の中に入っていってしまった。あっ、と思った時には魔法をかけ損ねたまま、もう彼の姿を休憩中に見ることはできなかった。
……はあ、しょうがないか。一日くらい。今日に限ってなにか事件とか起きませんように。
彼が今日も生きていて呼吸をしている喜びを噛み締めながら、ダリアは魔法をかける代わりに心から彼の安全を神に祈った。
――だが、そういう時に限って事件は起こる。
午後いつも通り物置部屋に引きこもって回復薬を黙々と作っていると、エリオットが駆け込んできた。
「わぁ!!なんだまたエリオットかぁ」
この国の王子様に向かってそんな事を言える人間は数少ない。しかしエリオットは怒りもせず真っ青の顔のまま早口で言った。
「大変だよダリア、君の大好きなあの人が怪我したって」
「はあ?っえ、ええええ、ええええっえっえ私の大好きなあの人って、まままままさかノル……」
「落ち着きなよ、なんでも頭打って医務室にいるらしいんだけ、」
医務室と聞こえた時点でダリアは走り出した。この城の敷地内にはいくつか医務室はあるが、なんとなく頭に心当たりのある医務室がうかんだのでそこに向かって一目散に加速魔法を使って加速して走り、そのまま医務室に駆け込む。そこにはいつもより人がいてざわついていた。
「えっ、誰!?」
「おいお前!!」
何人か軍人と宮廷の近衛騎士の人がいたがダリアは構わずベッドに駆け寄った。
「ノル……!!」
ベッドの上に、血の気のない顔で横たわった意識のないノルディックがいた。頭に応急処置で包帯を巻かれているが血は見えない。そんな彼の姿にこっちも気絶しそうになるが気を持ち直して、……確か頭を打ったと聞いたので額にまず手をかざす。体の中を探った。
「っ……!!」
血を感じる。頭の中で血が溢れていてぞっとした。
このままでは確実に死ぬ。……嫌だこの人が死ぬなんて許せない。ダリアは全力で血の流れを探ったが、溢れている所は最悪な事に外科手術ではたしか触れない場所……魔法以外では触れない脳の奥深くのところだった。出血したら魔法医療と通常医療両方で処置しないと確実に死ぬ。
……嫌だ、絶対に死んで欲しくない。
ダリアは必死に出血している場所を探して血を止めた。他にも損傷している場所を探す。
ダリアが何をしているのか分かったようで、医務官やほかの軍人たちは何も言えずにただそれを見守っていると、エリオットが追いついてきて医務室に現れた。王子直々に医務室に来たので他の者もどよめいたが、「ダリアは宮廷魔術師で今処置に当たっているからそのままにしておいてあげて」と説明をしていたが周りが見えていないダリアはそんな会話も聞こえないくらい必死に治療を続けた。
「…………お医者さんまだですか……!!!」
ある程度頭の中の血は止めたが、ダリアは医者ではないので詳しい事は分からない。明らかな損傷は元に戻したけど後遺症とか難しいこととかいろいろと分からないことだらけだ。泣きそうになりながら振り向いて女性の医務官に必死に訴えると彼女はたじろいだ。
「そ、そんなに重い状態ですか?でもあまり血もでてないし」
「ばかあ!!!!!!この人が死んじゃったら一生許さない!!!!!頭の中がすごいことになってます!!!!」
「えっ!!っあ、呼びます!!!」
「今から……!?」
どうやら医務官は新人で状況が分かっていなかったらしい。頭を打ったのに下手に動かしたからこうなってしまったかもしれないのに。泣きながらお医者さんを呼んでくださいと訴えていると、エリオットが先に呼んでくれたのか宮廷医師が来た。彼らは王族専門で普段は軍人を見ないのだが、今回は王子の命とあってすごく丁寧に診察してくれた。
「……おそらく一旦大丈夫でしょう。早く設備のある中央病院に移して、魔術も使える医師にちゃんと見てもらいましょう。処置はすばらしかったですよ、あなたの判断が遅かったらどうなっていたか分かりません。」
「っえ、ぁ」
褒められて恥ずかしくなってダリアは慌ててローブのフードを深く被った。
……今までフードを被り忘れていたことに驚いた。普段はフードを深く被っていないと外も歩けないくらいなのに、周りが見えないほど必死になっていたのだ。
この部屋には沢山の人がいて、沢山の人が自分を見ている。……怖い!!怖すぎる!!!!急にいつもの恐怖心が襲いかかってきて、あとは全部この人達が何とかしてくれるだろうということでダリアは「失礼します」とだけ言って一目散に走って仕事場である物置部屋に戻った。唐突に逃げ去ったダリアに残された彼らは皆唖然として立ち尽くしていた。
……ダリアは部屋に戻って、がたがた震える両手を見た。
大好きすぎるノルディックに触ってしまった……なんなら頭の中まで触ってしまった……なにそれ……ダリアは気が遠くなった。もうこの日は情緒が不安定になるし過呼吸になりかけるし頭痛もし始めるし、このあとどう過ごしたかはよく覚えていない。
――その後。
中央病院の軍人病室で無事に目が覚めたノルディックは、軍医に事の顛末を聞いて絶句した。
「……そんなはずない」
見たこともない小柄な薄ピンク色の髪の魔術師の女の子が唐突に現れて助けに来てくれた?しかも王子も来て宮廷医師を呼んできて死にそうだった所が何とか助かった?………そんなはずない。
ノルディックは何度もそんなはずはない、と繰り返していた。
――数日後。
「……はあ」
ダリアはため息をついていた。あれから毎日ずっと朝と午前休憩に王宮の渡り廊下から休憩している軍人たちを見ていたのだが、今日もすこし癖のあるあの大好きな黒髪がどれだけ探してもいない。
彼の姿が見えない日々が続いてもう枯れそうだ。……どうしよう、まだ目覚めていないんだろうか。それともやっぱりあの後経過が良くなくて死んじゃってたり、重い後遺症がでていたり、もう軍人はやめようとかそういう事になっていたらどうしよう。……泣きそう。
あの姿がただ見られたらよかったのに。心臓と言うか、なんだか頭が痛い。あの日、彼を見た瞬間に素早く防御魔法をかけておけばこんなことには……
「……あの」
後悔に苛まれていたら唐突に声がして、ビクッッッ!!!!!とダリアは飛び上がった。慌ててローブのフードを深く被りなおす。
……あれ、あれあれこの声ってもしかして。もしかしてもしかして。ダリアはフードをぎゅっと持ったままその場から動けなくなった。
「ダリア……さんですか」
ノルディックの声だ。
……なんで私を知ってるんだろう。あの時姿は見られていないはずだし、魔術師なんていっぱいいるし、ダリアは普段隠れ住んでいるのだ。なんで名前を?何でここにいるんだろう?心臓がばくばくして混乱してきた。あの大好きな彼がすぐそばにいる。体が石になったみたいに動けなかった。
「ダリア」
……あれ?そこでふと疑問に思った。
何でノルディックの声を知っているんだろう。喋った事なんてなかったはずなのに。
恐る恐る、ローブの隙間から彼の顔を覗き見た。
………はあああああああああああああ!!!!!!!!
めちゃくちゃ好きな顔!!目!!髪!!存在!!!全部すき!!!!
ほどよく高い背!!程よく着いた筋肉!!ほどいい顔!!髪は後ろはすっきり短いが前髪はやや長めで少し目に被っているのだがそれがなんかとてもいい。セクシー。かっこいい。好き。すこし切れ目な黒い瞳ももうなんかクールでかっこいい。あれ!?こんなにかっこよかったっけ!?!?と彼の顔に興奮していると、……彼が、ものすごく睨んできた。すごく怒っているように見える。
「……あの」
「名前違うわけ?」
「ダリアです……」
「……はっ」
吐き捨てるように言われた。えっ、どうして。今にも心が折れそうにきしむ。
「あなたが助けてくれたと聞いて」
「はい……」
今にも消えそうに小さく言うと、彼はまたすごく嫌そうに目を細めた。
「……もうやめてください。絶対に俺に近寄らないで」
「えっ……」
そのまま彼は身を翻して走り去っていった。
「えっ……えぇ」
心が折れた音がした。
「うわああああああああああああああああんんんん」
「うるせえ!!!!!」
家に帰って、親代わりであり師匠であるオリヴァーと夕食を一緒に食べながら、18歳でまだ飲んじゃいけないのにダリアは勝手に酒を飲んで大号泣した。
「嫌われたああああああああああああああああああうわああああああああああああ」
「っておいこらこれ酒じゃねぇか飲むな!!一体なにしたんだよお前は」
「命助けたああああああああああああああああふぇぇえええええええぇええ」
「はあ??????」
オリヴァーに事の経緯を話す。しかしどれだけ詳しく説明してもなんだそれしか返ってこない。そりゃあそうだ!!ダリアにだって意味がわからない!!!!もはや食事も喉を通らないし息もできないし頭がいたい。……なのに師匠はばくばく夕食のサラダを食べて、そんでとっとと食べ終わって、すでにもう寝たいみたいな顔をしている。
「普通感謝するだろ。なに、そいつ自殺志願者だったりした?」
「んなわけないいいいいいいい!!」
「なんで分かるんだよ」
「何となくうううううううう!!!師匠130年生きてるのに何でこういう時の人間の心理に心当たりないんですか!!」
「しらねーよ。130年生きてきてはじめてだよそんな男。自殺志願者とか保険金欲しかったとかそういうのしか心当たりがないわ」
そう、いろいろあって大魔術師オリヴァーは130年生きて王宮に仕えている。130歳なのに見た目は50歳くらいで、髪もふさふさの深緑色でそんなに年老いてみえない。高すぎる魔力は細胞の劣化に関与するとか難しい話をされた事があるが、まだたった18年しか生きていないダリアにはさっぱり理解ができない。本人的に細胞年齢が50歳くらいというので260歳くらいまでは生きるかもしれないらしい。この世界には稀にそういう人がいる。2世紀以上も生きる人には18歳の小娘の失恋なんて共感できないのはしょうがないのかもしれないけどもう少し親身になってほしい!!
「……泣き止めよ。お前最近なんか変だぞ」
「えぇ……っ」
「なんか情緒不安定っていうか……恋のせいか?」
「そ、そうですか……?」
「前よりもなんか臆病になったしすぐ泣くようになったし。その前も高熱出して寝込んだりちょっとおかしかったけど」
「ひどい……」
まあ確かにここ最近頭痛が酷くて寝込んだり、かと思えば高熱で寝込んだりしていた。でもそれは恋する前で……いや、恋してからも高熱が出ていた気がする。熱は高いものから微熱まで何度か出ていた。なんだか一時期体がおかしかったのだ。
体調を崩したところで恋なんてして、さらに脳がバグって余計に身体かおかしくなったのかもしれない。ついでに具合が悪い時に師匠に飲まされたありとあらゆる訳の分からないまず過ぎる魔法薬がまず過ぎて余計に頭がおかしくなった気がする。あの時はかつてないほどいろんな薬を飲まされたものだ。
「……まあさ、初恋なんてそんなもんだって。寝て忘れな。時間が何とかしてくれるって。30年後には忘れてるよ」
師匠はあっさりそう言うけど、ダリアにとって30年は長すぎるし忘れる事なんてできない!!
「無理です好きすぎて忘れられません!!」
……本当に大好きだった。話したこともなかったのに、毎日彼のことで頭が一杯でどきどきしてしょうがなかったのだ。ちょっと冷たくされたからってあっさり忘れるとか切り替えるなんて絶対にできない。
「き、気を取り直して……明日からもいっぱい遠くから眺めます。無事だったみたいなんで……別に……接点ほしいわけじゃないんで……」
「……そうしな。俺はもう寝る。少しは食えよ」
「はいぃ」
住み込みの弟子なので、師匠の身の回りの世話は全部ダリアの仕事だ。オリヴァーが寝室へ引っ込んでしまった後、結局食事は喉を通らなかったので片付けをして、洗濯と戸締りをしてその日は眠りについた。
……これまで通り、ノルディックの視界に入らないようにして、彼に認識されないように生きていく。決めた。認識されないように彼を盗み見ながら生きていこう。むしろ会うなんておこがましい。姿が見れたら幸せなんだから。
……そう決めた、翌日の昼。
王宮の一般図書館の隣にある今は全く使われていない倉庫というかなりマイナーな場所で、なぜかダリアはノルディックと鉢合わせてしまった。
「っな」
「なんで」
この部屋はダリアの秘密の休憩場所である。誰も来ない部屋なので安心してサンドイッチを今まさに食べようとしていたダリアは、急に扉が開いて入ってきた彼を見て固まった。彼もダリアをみて固まっている。
……唐突にこんな場所に現れた彼の姿にも驚いたのだが、昨日言われた事を思い出して、ダリアはサンドイッチをぼとっと足元に落としてしまった。
「っご、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい出ていきます……っ!!」
慌てて椅子から立ち上がって倉庫から出ようとしたが、すれ違いざまに強く手首を掴まれてしまった。
「待て……!」
「わ、わあ!!」
そのまま倉庫の中に引き戻されて、彼は扉を閉めると扉を背にして立った。……と、閉じ込められた。
「……なぜここに」
「こ、ここで普段、ごはん食べてて」
「……普段?」
「……はい、ここ、窓もあるし、なんかちょうどよく机と椅子もあるし、なぜか全然誰も来ないので……。あとご飯食べた後隣の図書室で本も読めるので」
「いつから」
「いつからとは……」
「いつからここで食べてるんですか」
「えっと……お、覚えてないくらい前です」
「一人で?」
め、めめめめめめちゃめちゃ質問される!!!!ダリアは緊張と嬉しさと戸惑いと困惑で、俯いたまま目がぐるぐる回っていた。
「ここで食べちゃいけませんでしたか……!すみませんすみません近寄らないでって言われたのにごめんなさい」
「一人でここで食べてたんですか?」
「あの………はい」
ノルディックは黙った。ちらっと顔を盗み見るとやはり険しい顔をしている。……わあ、険しい顔もかっこいい。好き。でれでれ笑顔になりそうになってダリアはまた慌てて下を向いた。
それにしても、なんで彼はここに?この部屋は以前は隣の図書室の机や椅子や本を補強する備品置き場として使われていた倉庫みたいなのだが、今は使われている様子もなく、なぜかテーブルと椅子がふたつ置いてあるという妙な倉庫だった。なぜか誰も来ないし静かだし、ご飯を食べるのに最適なテーブルはあるし、窓を開けられるから埃っぽくないし、すぐそこは図書室だし隠れて休憩に最適な場所なのだ。ダリアはここを隠し部屋と呼んで長い事愛用していた。
「あれ、あなたのサンドイッチですよね」
床に落ちたサンドイッチを見て、ノルディックは険しい顔のまま言う。
「そ……です……すみません汚して……」
ノルディックはテーブルまで歩くと、さっきまでダリアが座っていた椅子の下に落ちていたサンドイッチを拾い、一度テーブルに置く。……そして、彼が持っていた紙袋の中から薄紙に包まれたものを取り出して、ダリアに見せた。
「俺のをあげます」
「えっ」
「いちごジャムとバターのサンドイッチ。どうですか」
「っえ!?!?!あっ、あっ」
……な、なぜか大好物が出てきた!!!!!!!!