溺死沼への進軍
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──溺死沼への進軍
無仏川の戦いに敗れ、撤退する大百足軍。
「追撃しろ! 逃がすな!」
「大百足の首を取れ!」
崩れる大百足軍を西川軍と橘たちが追撃。決して逃がすまいと猛攻撃をしかける。
「追え、追え! ひとりも逃がすな!」
菅沼も戦場で声を上げ、騎馬隊を率いて追撃戦を行う。
「ひいっ!」
「助けてくれ!」
大百足軍は既に士気も決壊し、軍として瓦解状態だ。
「ものども! 臆するな!」
そこで声を張り上げたのは大太郎五右衛門であった。
「俺たちが殿を果たし、大百足様をお助けする! 構えろ!」
「おお!」
そこで大太郎五右衛門が殿として槍を構えて踏ん張り、物の怪たちがそれに応じる。死を覚悟したものたちが立ちはだかり、橘たちの前に広がる。
「敵の殿だ。突破するぞ!」
「おお!」
橘たちも気合を入れて物の怪たちに襲い掛かった。
戦況は乱戦。敵味方が入り乱れ、何がどうなっているのか分からない。このような状況で勝利するというのは難しいものだ。
「橘! 何か策はないのか!?」
「敵の大将を討ち取る! 牛鬼の首を取れ!」
「合点!」
橘が指示を出し、黒姫が応じる。
「その首貰うぞ、悪鬼!」
「そうはいくか!」
黒姫と大太郎五右衛門が交戦を開始。
黒姫は橘と違って猛烈に攻め、逆に大太郎五右衛門が守りに回る。黒姫の“怨熱”が炎を帯びて振るわれ、大太郎五右衛門の槍の矛先を削り取っていく。
「押せ、押せ! 黒姫を助けるのだ!」
「大百足を逃がすな!」
橘たちは黒姫を援護するために猛烈に大百足軍の殿を攻撃。
「俺は決して負けぬ! 大百足様のためにも!」
「殊勝なことだ。だが、死ねい!」
大太郎五右衛門が槍を突き出したのにその上にひょいと乗った黒姫が一気に大太郎五右衛門の胸を引き裂く。鮮血が舞い上がり、同時に大太郎五右衛門が炎に包まれた。
「まだだ……! まだ負けぬぞ!」
「こやつ不死者か。やぶ医者! 仕事だ!」
その傷がみるみるうちに回復していくのに黒姫が叫ぶ。
「分かった。少し待て、竜種」
その黒姫の求めに椎葉が絹御前たちに守られながら前に出て大太郎五右衛門の不死を解こうとする。
「やらせるな! あの男を殺せ!」
「殺せ!」
その動きに気づいた大太郎五右衛門の命令で椎葉に向けて物の怪たちが襲い掛かる。
「やらせませんよ」
「椎葉殿をお守りしろ!」
絹御前が狐火を放ち、化け狐たちが戦列を組んで椎葉を守る。
激しい戦闘が両者の間で繰り広げられたが──。
「ふん!」
椎葉がついに大太郎五右衛門の不死を剥いだ。
「やれ、竜種!」
「任せい!」
そして、黒姫が“怨熱”で大太郎五右衛門の首を刎ね飛ばした。
「雑兵ども! おのれらの大将は死んだぞ! もう諦めろ!」
黒姫は討ち取った大太郎五右衛門の首を高く掲げて宣言。
「大太郎五右衛門様がやられた!」
「終わりだ!」
敵の士気は揺るぎ、そこに橘たちが猛攻撃を仕掛ける。
「勝ったぞ!」
それによってついに大太郎五右衛門の殿が撃破されたのだった。
「しかし、大百足には逃げられてしまったな」
「なあに。追いかけて首を取ればいい」
橘が敵がいなくなった戦場で呟き、黒姫がそう応じる。
「橘殿。こちらへ。これより御屋形様が軍議を開かれる」
「承知」
菅沼の兵に呼ばれ橘は西川の戦陣に向かった。
軍議には絹御前や又坐衛門、そして黒姫も加わる。
「では、これより逃げた大百足の軍勢を追って追撃する。そして、これを撃破するのだ。しかし、敵はどこに落ち伸びたのか」
「溺死沼でしょう。そこに古い砦があります。そこが大百足の拠点でしたぞ」
「おお。では、溺死沼に向かうとしよう。溺死沼について詳しいことを教えてくださるか、又坐衛門どの?」
「はっ! まず溺死沼にはいくつもの底なし沼があり、交通の便はすごぶる不便な場所。大軍は進めません。馬も人も沼に足を取られてしまいます」
又坐衛門が西川の求めに応じて説明を始める。
「そのような土地に砦はあります。古い砦ですが、その沼地の地形故に攻めるのは難しいものです」
「それは困ったな。どうしたものか」
「ご安心を。我々が抜け道を案内しましょう。元は七兵衛八太郎のものだった砦。我ら化け狸たちはよく知っております」
「是非とも頼む。では、進軍開始だ!」
西川が声を上げて、西川軍が溺死沼へと進軍を開始する。
西川軍は威勢よく行軍した。
そして、やがて溺死沼が見えて来た。
「ここが溺死沼か……」
一面暗い色の沼地が広がり、水の腐った臭いのする湿地帯。緑はうっすらと広がるが沼の灰色とそれ以外の色はない死んだような場所だ。
「又坐衛門殿。抜け道を教えてくれ」
「合点。こちらです」
又坐衛門に案内されて砦に忍び込むための抜け道を目指す。
「この滝の裏に道がある。そこを抜ければ砦の井戸に出ます」
「では、小勢で忍び込み、大百足を討つ以外にないな」
西川に又坐衛門が説明し、西川がそう言って頷いた。
「我々が引き受けよう、西川殿」
「うむ。任せるぞ、橘殿」
そこで橘は声を上げ、西川が橘に大百足を討つことを任せた。
「俺と黒姫、椎葉殿、絹御前殿殿、又坐衛門殿、そして火竜衆から数名。これで砦にいる大百足の首を取るぞ」
「おうおう。任せておけい」
橘が言い、黒姫がにやりと笑って頷く。
「では、出陣だ」
橘たちは滝の裏の隠し通路を抜けて砦を目指す。
湿った隠し道を抜けて橘たちが進み続けると水源が見えて来た。井戸だ。
「ここから上に登れば砦の内部だ、橘殿」
「よし。分かった、又坐衛門殿。俺が先陣を切る」
橘は井戸の壁を昇って行き、素早く井戸から出た。
「敵はいない。今のうちに忍び込め。急げ!」
橘が安全を確保したところで黒姫たちが続く。
「よしよし。では、大百足の首を取ってやろうではないか」
「おお!」
黒姫が“怨熱”を片手にそう言い、他のものたちが応じる。
「派手に行くぞ。討ち入りだ!」
橘が先陣を切って 砦の中に討ち入った。
「わあ! 敵だ!」
「む、迎え撃て!」
中にいた物の怪たちはまだ橘たちが攻めてはこないだろうと思っていたのか油断しており、橘たちによって次々に撃破されて行く。
「進め! 大百足の首を取るぞ!」
「おお!」
砦の内部で大乱闘を繰り広げながら橘たちは大百足の首を取ろう通し進む。
「ものども! 大百足様をお守りしろ!」
「戦え、戦え! 敵を討ち取れ!」
橘たちの前に大百足の兵たちが立ちはだかる。
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