化け狸たちの抵抗
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──化け狸たちの抵抗
大百足は苛立っていた。
彼女は岩陰における彼女の居城がある溺死沼に陣取っており、そこで配下の物の怪たちからの報告を受けていた。
「つまり堕落は死に、勅使河原も退いたと」
「はっ! そのように報告を受けております」
「白姫殿からは何か下知は?」
「ありません」
「ふむ」
部下の牛鬼の大太郎五右衛門が報告するのに大百足が唸る。
「我々が防がねば岩陰は落ちる。今さら化け狸などに物の怪頭の地位を与えてやるつもりはない。奴らを防ぐぞ」
「畏まりました。物の怪たちで軍を編成したします」
「急げ。私が率いる」
大太郎五右衛門に命じ大百足も立ち上がった。
そして、岩陰で大百足に従う物の怪たちが武装して軍を成した。さらにはそこに屍兵も加わり、大軍となる。
「進め!」
大百足が輿から指示を出し、軍が前進を始めた。
その頃、橘たちは岩陰の村々を解放しながら前進する西川軍とともいた。
そこにあるものが現れたのは西川軍が岩陰に入って7日後のことだ。
「又坐衛門様! 又坐衛門様でありましょう!?」
「おお。いかにも。俺は又坐衛門だ。お前、化け狸か?」
現れたのは化け狸だった。1匹の化け狸が橘たちと進む又坐衛門の前に現れた。
「化け狸? これまで何をしていたのだ?」
「はっ。我々化け狸は全員が岩陽に流民として渡ったわけではありません。一部はこの岩陰で白姫と大百足に抵抗しておりました。いずれは奴らが倒れると思って」
「なるほど。それで何を知らせたいと?」
橘が化け狸にそう尋ねる。
「大百足が軍を率いて進んでおります。ご用心を。我ら化け狸たちがその動向を追っておりますが、奴らは無仏川で迎え撃つつもりのようです」
「そうか。助かった。西川殿に伝えておこう。必ずや大百足を打ち破る」
「お願いします。橘様と黒姫様のお噂は既に岩陰にも聞こえています。あなた様たちだけが我々の希望でございます」
化け狸はそう言って頭を下げると森の中に消えた。
「西川殿にお伝えしよう」
橘は西川の下へ向かった。
「西川殿。敵の情報が入りました」
「どのような情報だ、橘殿?」
「敵は大百足率いる物の怪。そして、奴らは無仏川で待ち構えていると」
「なるほど。では、斥候を放とう」
今回は以前の冥府川支流の戦いの逆となる。
そう、今回は自軍が川を渡らねばならず、敵は渡河を阻止してくるのだ。そして、以前の白姫軍がそうであったように川を渡るというのは簡単なことではない。
まずは渡河可能な地点を探る必要がある。橋があるのが一番だが、そうでなければ川の深さや流れを把握しなければならない。
西川軍から斥候が放たれ、まずは大百足の軍勢というものを探る。
「斥候が戻りました!」
西川の戦陣に斥候の報告が届く。
「御屋形様。敵の数は5000ほど。無仏川のこの地点に陣取っておりますj
「であるならば、渡河は離れた場所から行いたいな」
障害は敵から離れて渡るのが基本だ。山にせよ、川にせよ、海にせよ、障害を越えている最中の軍は脆弱であるため敵に狙われないように離れておかなければならない。
「渡河可能な場所を探らせよ。できれば架橋できる位置がよい」
西川は工兵としての才がある武将だ。
そして、古来はローマ帝国時代より兵士は工兵としての側面を少なからず有している。川を渡るために橋を作ることも仕事のひとつだ。
川をそのまま渡るよりも橋を架けた方が有利であることは言うまでもない。
「この地点が渡河可能だという報告があります」
「よろしい。敵はこの位置であり、十分に離れているが」
「敵には地の利があるはず。渡河可能な場所をむざむざ我々に渡すでしょうか?」
西川と家老の菅沼がそう言葉を交わす。
「そうだな。どうにも妙だ。罠かもしれない」
「ここは物の怪たちの力を借りるというのはどうでしょうか? この地点にいる大百足の軍勢を物の怪たちの軍勢で挑発して留めれば安全に渡河できます」
「物の怪たちを囮にするのか? 納得するだろうか?」
「橘殿に頼んでみましょう」
そして、菅沼が橘の下を訪れた。
「橘殿、黒姫様。是非ともお任せしたいことがあります」
「何だろうか、菅沼殿?」
橘は菅沼から状況を知らされ大百足の軍勢を留める必要性を示された。
「承知した。では、物の怪たちを説得してみよう」
「よろしく頼む」
菅沼に依頼された橘たちが物の怪たちの長である絹御前、又坐衛門、小市太郎と話し合う場を設け、そこで作戦について説明する。
「この中には大百足と因縁のあるものもいるだろう。奴らを討ち取る機会だ。是非とも協力してもらいたい。伏して頼む」
橘は物の怪たちにそう言って頭を下げた。
「頭を上げてください、橘様。我々はあなた様に恩があります。それに仰られたように大百足には恨みがある。協力いたします」
「そうだ、橘殿! 我らに任せてもらいたい!」
絹御前と又坐衛門がそう言って快諾。
「火竜衆は協力してくれるのでしょうか?」
「ああ。西川殿は我らの側に付けてくださるそうだ、小市太郎殿」
「であるならば心強い。我らが戦いましょう」
小市太郎も同意した。
「では、出立するとしよう。我らで大百足の肝を抜いてやろう!」
「おお!」
橘が声を上げ、物の怪たちも威勢よく答えた。
そして、橘たちが無仏川へと進む。
「紅葉。斥候を率いて敵陣を確認してきてくれ」
「はっ」
まず本隊に先行して斥候が放たれた。紅葉が騎乗した化け狐たちと大百足の軍勢を確認しに向かう。
「あれが大百足の……」
百足の描かれた旗が掲げられた陣地が遠方からも見える。
だが、大百足その人の姿は見えない。
「大百足がいない……?」
「そのようです。どうも囮かもしれません、この軍勢は」
西川軍の斥候が確認した大百足軍に大百足の姿はない。だが、化け狸の報告が確かであれば確かに大百足はこの無仏川で西川軍を迎え撃つはずだ。
「橘様に報告を」
このことは橘に報告された。
「なるほど。見えている軍勢が囮である可能性か」
「はい。しかし、他にどこにいることが考えられるでしょうか?」
「俺が大百足であればこうして敢えて見せている軍を迂回して渡河するものを襲うようにするだろう。であるならば、後方に潜んでいるのだろう」
「では、西川殿の軍が危うく……」
「だからこそ、我らが敵を引き付けねばならん」
紅葉がはっとするのに橘がそう断言した。
「敵を挑発し、引き付ければ大百足も無視できまい。盛大に動き、こちらこそが主力であると偽装して奴らをつり出すぞ」
橘はそう言って物の怪たちと火竜衆を指揮し始めた。
「音楽を! 太鼓を鳴らすのだ!」
「おう!」
まずは軍を大きく見せるために工作を行う。
軍の行軍を鼓舞する太鼓や笛をより一層大きく鳴らし、軍勢が大規模であるのだと相手に偽る。
「馬は藁を引け! 土埃を盛大に立てるのだ!」
さらには馬が藁を引くことで大きな土埃が舞い上がり、あたかも万を超える騎馬隊が進んでいるかのように見せる。
「後は歌でも歌うしかないな」
「おうおう。景気がいいの! 派手なのは好きだぞ!」
「ああ。景気よくいこう!」
橘たちは自分たちを何倍もの軍に見せながら進む。
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