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疫鬼、堕落

……………………


 ──疫鬼、堕落



 腐毛寺での戦いが始まり、橘たちが既に40体以上の亡者を撃破したときだ。


「橘様! 堕落を発見しました!」


「ついにか。どこだ!?」


「こちらです!」


 紅葉がそう知らせ、橘たちが亡者と斬り結ぶのを止めて紅葉の下に向かう。残った亡者たちの相手は椎葉たちが引き受けた。


 橘たちは寺の腐った屋根が壊れた建物へと突入。


「あれです!」


「あれが堕落」


 紅葉が指さす先にぼろぼろの僧衣を纏った僧がいた。


 その顔は恐ろしい鬼のそれであり、不気味な笑みを浮かべている。


「来たか、人間どもよ。恐ろしい、恐ろしい龍神までいるではないか」


「わしを龍神と分かっていながらまだ喧嘩を売るつもりか、悪鬼?」


「龍神は恐ろしいが私はそれよりも恐ろしいぞ」


 黒姫が燃えさかる“怨熱”を片手に告げるのに堕落が笑う。


「どう恐ろしいのか見せてもらおう」


 黒姫が堕落に向けて“怨熱”を片手に突撃。


「来るがいい、龍神。私は強いぞ」


 堕落に刃が達するが、まるで煙でも斬ったように堕落の体は揺れただけで、血も何も出ることはなかった。


「ほう? お前も怨霊となったか?」


「私は疫鬼、物の怪だ。怨霊ではない」


「では、斬り刻んでやろう」


 黒姫が堕落に次々に“怨熱”の刃を叩き込み続けた。


「どうも妙だな。ここまで斬り刻んでも何の影響もないとは」


「言っただろう。私はもっと恐ろしいのだと」


「ほざけ」


 黒姫が斬撃を繰り出す中、堕落は平然と笑いながら風に流されるように動く。


「ぐっ……!」


 そこで不意に橘が血を吐いた。


「何……!?」


「見たか? これが私の力だ。ここにいる全員が死ぬぞ。恐ろしい、恐ろしい」


 黒姫が動揺し、堕落が笑う。


「橘! 大丈夫か!?」


「なんてことはない。大丈夫だ。それよりこいつを倒すには椎葉殿を呼ばねば。こいつは疫病そのものだぞ。刀で相手できる存在ではない」


 黒姫が駆け寄り、橘が口の血を拭ってそう言った。


「紅葉! 椎葉殿を呼んできてくれ!」


「承知!」


 紅葉が椎葉を呼びに走る。


「黒姫。ここから奴を逃がすな。ともに押さえるぞ」


「ああ。やってやろう。忌々しい悪鬼め」


 橘と黒姫が同時に堕落に立ち向かう。


「そこの牢人が死に、化け狐が死に、お前が死ぬのだ、龍神!」


 堕落の体が大きく膨れ上がり、橘たちに襲い掛かった。


「椎葉殿が来るまで持たせればいい。やるぞ!」


「あのやぶ医者、ちんたらしとらんでさっさと来い!」


 橘と黒姫が堕落に立ち向かい、橘は口から血を流しながらも戦い続ける。


「くっ……」


「もう下がっておれ、橘! 無理するでない!」


「大丈夫だ。俺に攻撃を引き付けておかなければ……!」


 斬っても斬っても効果が及ばない堕落を前に橘がよろめく。


「橘殿。それが堕落か」


「椎葉殿! 来たか……!」


 しかし、そこで椎葉が到着した。


「なるほど。病というものが鬼となった、か。それならば納得できる。竜種、それから絹御前殿。やってほしいことがある」


「なんだ、やぶ医者?」


「私が投げたものに火を付けろ。それだけでいい」


「ふん?」


 椎葉はそう言うと薬箱から何かを取り出して、堕落に向けて思いっきり投擲。


「今だ!」


「それ!」


 次の瞬間、堕落の体が燃え上がった。


「ああ、ああ! 貴様、何をしおったかっ!? これは……!」


「蒸留に蒸留を重ねた酒精だ。それには火が付くことに加え、病の原因となる瘴気を払うと言われている。お前の正体は病を起こすその瘴気そのものであろう?」


 そう、疫鬼である堕落の正体は病原菌そのものだ。


 それが集合して鬼の姿をしていたのである。


「弱点は分かったがどうすればいいのだ? まだその蒸留させた酒精はあるのか?」


「必要ない。そこまで小さな存在に成り下がったのであれば焼くだけでいい」


「では、黒姫、絹御前殿。やってくれ!」


 既に堕落は小さな鬼になっていた。子ネズミほどの大きさしかない存在にだ。


「そうか。では、焼いてくれよう、悪鬼よ」


「や、やめてくれえ!」


 黒姫がにやりと笑うのに堕落が逃げだした。


「逃がすな! そいつを殺さなければ疫病は治療できない!」


「お任せを」


 絹御前が応じ、彼女が狐火を放った。


「ひいっ! た、助けて!」


 狐火で焼かれそうになりながら堕落が逃げる。


「と、取引しよう! 取引だ! 白姫や大百足の情報を教える! だから!」


「聞く耳を持つな。奴は今も疫病を操って我々を攻撃しようとしているぞ」


 堕落がやろうしているのは時間稼ぎだ。


 時間を稼いで疫病で橘たちを殺そうとしている。


「抜け目のない奴だ。チリも残さず燃やし尽くしてやろう」


「ひいっ!」


 黒姫はそう言うと“怨熱”の火力を増して堕落を一閃。


 堕落はそのまま燃えて灰となった。


「橘! 病は治ったか!?」


 そして、黒姫がそう叫ぶ。


「ああ。大丈夫だ。助かったぞ、黒姫」


「念のためにそのやぶ医者に診てもらっておけ」


 少しばかり安堵したように黒姫が息を吐く。


「堕落は討った。これで疫病に軍が悩まされることはないだろう。ようやく前進することができるはずだ」


「そうだな。ようやく白姫を討ちに行ける」


 橘たちは勝利の知らせを届けに西川の戦陣に戻る。


 疫病にかかった火竜衆も既に病は癒えており、問題なく全員が戻った。


「西川殿。疫病を引き起こしていた悪鬼は討伐できた。これで疫病に悩まされることはもうないだろう」


「見事だ、橘殿! では、いよいよ白姫を討ちに向かおう!」


 橘の知らせに西川は満足し、配下の武将たちに進軍を指示する。


 西川軍はついに岩陰への前進を開始。


「しかし、白姫にも焦りはあるだろう。恐らく堕落は先走っていた。本来ならば西川軍が岩陰に入ったところで疫病を引き起こし、そして足踏みしている西川軍を合戦で撃破するのが策であったであろう」


「そうだな。わしらが堕落をこうも簡単に討ち取るとは思っておらんかっただろう。しかし、白姫の配下のものどもはどいつもこいつも勝手に動いておるように思える」


「所詮は南蛮の邪竜なのだろう。将の器ではないということだ」


「あまり敵を侮るでないぞ?」


「お前こそ」


 黒姫がけらけらと笑うのに橘は肩をすくめた。


「しかし、黒姫。お前、随分と動揺しておったな? 俺が心配だったか?」


「ふん。お前がおらんと一緒に酒を飲む人間がいなくなるからな。わしの晩酌に付き合う限りは心配してやるさ」


「そいつは光栄だ。この戦いが終わったら宴でも開こう」


「ああ。楽しみにしておこう」


 橘が言い、黒姫が頷いた。


……………………

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