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次なる戦場

……………………


 ──次なる戦場



 白姫が家臣となった物の怪、大百足はその陣を岩陽の中に進めていた。


 彼女は陣を引いたのは陥落した古い山城である附子砦。


 ほとんど守備もされていなかったそこを大百足たちはまんまといただいていた。


「羅城門は討ち取られたか。情けないことよ」


 大百足が配下の物の怪からの報告に渋い表情を浮かべ、口元を扇で隠す。


「しかし、いかがなされますか、大百足様? 岩陽への侵攻において撃破すべき敵主力を未だ撃破できておりません」


「分かっておる、大太郎五右衛門」


 大百足の忠臣たる牛鬼の大太郎五右衛門がそう発言するのに大百足が頷く。


「白姫様が今日いらっしゃる。そして我々にご下知を授けられることになっているのだ。それを聞いてから判断を下す。よいな?」


「畏まりました」


 大太郎五右衛門と他の物の怪たちが一斉に大百足に平伏した。


 その様子を見ているものがひとり潜んでいた。


 紅葉だ。


 紅葉たち岩戸衆はこの附子砦に大百足が陣を張ったことを知った。そして、勝手知ったるその砦の抜け穴から侵入し、軍議の様子を盗み見ていたのだ。


「白姫様がいらっしゃった!」


 やがて物々しい規模の軍勢が砦にやって来た。


 だが、その兵の全てが屍兵だ。亡者である。


 太鼓と鈴の音を響かせながら軍勢は列を組んで進み、そのまま附子砦へと入った。


「白姫様。待っておりました」


「ええ。ありがとうございます、大百足」


 大百足が表に出て出迎え、白姫は輿から降りて来て微笑んだ。


「大百足。お前の部下はまたしくじったようだな」


「勅使河原。貴様、私に何が言いたい?」


「事実を言っただけだ。それとも私が報告を聞き間違っており、実際は成功していたとでも?」


「ふん」


 勅使河原は騎乗でやってきており、白姫の隣に立って大百足を見下す。


「堕落はどうしましたか?」


「あやつは屍兵とするための死体を集めに。私の部下の物の怪を貸してやりましたので近くの村々を襲っておるでしょう」


「そうですか。中で話しても?」


「もちろん」


 白姫たちが附子砦の中に入る。


「我らが敵の主力の殲滅こそ逃しましたが、岩陽への侵攻そのものはまずまずです」


 白姫が今の戦況をそうまとめる。


「我々は岩陽の村々を襲って屍兵を増やしています。大百足、あなたの居城がある溺死沼では武具が次々に生み出されており、屍兵たちが戦力化されています。時間は我々の味方だということ」


 白姫の軍勢は亡者と悪鬼の軍勢。それは戦火が広がり、死人が増えれば増えるほど増大する悪夢の軍勢だ。


 つまり、戦争が続けば続くほど白姫の軍勢は脅威になっていく。


「その上で我々には脅威となるものがあります。黒姫です」


「あの忌々しい龍神か」


「そう、その龍神です。あれは危険ですね。とても危険です。あれを殺すのはとても苦労しそうではないですか」


 大百足が渋い表情を浮かべ、白姫も険しい表情を浮かべた。


「ですが、あの龍神を無力化する方法がないわけではないのです」


「どのようにすると?」


「あれは祟り神。本来ならば人の味方はしません。でしょう?」


「……なるほど。人から切り離してしまえば……」


「そうです。我らはあれらを各個撃破できる」


 大百足はにやりと笑い、白姫が怪しく笑う。


「では、その報告で兵を動かそう。目標は……」


「縊鬼山。ここを占領し、脅かしてください。黒姫を」


「承知」


 大百足が白姫に頭を下げた。


「お願いしますね。勝利の知らせを待っています。あるいは大勢の死の知らせを」


「白姫様。少しお聞きしたいことがあるのですが」


「何でしょう?」


「橘なる牢人が我らの敵となっております。このものを生け捕りにせよと巴に命じられたそうですが、本当に生け捕りに?」


「……いけませんか?」


 不意に白姫の声が冷たくなり、その表情に影がかかった。


「危険であるかと。巴に生け捕りができれば文句はありませんが、現状巴は敗れており、挙句我が軍の規律を乱しました」


「そうですか。その程度なら問題はありません。何としても橘様は無事に私の下に届けてください。あなたにもそうお願いしておきます、大百足」


「……分かりました」


 有無を言わせぬ口調で白姫が命じ、大百足は険しい表情のまま頭を下げる。


「さて、その巴はどこに?」


「配下の物の怪に白姫様を出迎えるように言伝をしたのですが」


「ならば、少し待ちましょう」


 白姫がそう言い、暫く待つと足音が響いてきた。


「白姫様!」


「巴。待っていましたよ」


 慌てて駆けこんできて頭を下げるのは巴だ。それを白姫が微笑んで出迎える。


「橘様には来ていただけそうですか?」


「努力いたします!」


「待っていますよ。必ずお連れしてください。お願いします」


「はっ!」


 巴は白姫の言葉にただただ平伏する。


「巴。お前は私の配下の物の怪を攻撃したと聞いたが」


 だが、大百足は不満そうにそう言った。


「お前の物の怪が白姫様のご下知に背いたからだ。ちゃんと教育しておけ」


「どちらの立場が上か理解できておらんようだな……」


 大百足が睨む殺さんばかりに巴を見つめながら扇で口元を隠す。


「やめなさい、ふたりとも」


 そこで静かに白姫が告げた。


「我々は友です。上下はありません。今は互いを尊重しともに勝利を掴もうではありませんか。そのためにも橘様は必要なのです」


「あの男の一体何が必要というのですか?」


「いずれ分かります。そのときが来ればちゃんと伝えますよ」


 白姫が大百足の疑問にそう唱えるのみ。


「では、私は引き続き橘の生け捕りを試みます」


「はい。では、私はそろそろ失礼しますね」


 白姫が立ち上がり、屍兵と物の怪に付き添われて附子砦を出た。


「敵の目標は縊鬼山。橘様にお伝えせねば」


 その後、紅葉も附子砦を脱出して橘たちがいる稲穂城を目指した。


 しかし、その知らせが届く前に大百足は動き始める。


「山姥の鬼ヶ夫人よ」


「はっ、大百足様」


 大百足が附子砦に呼んだのは山姥の鬼ヶ夫人。恐ろしい般若のような顔をした女性の物の怪で他の物の怪同様に甲冑を纏っている。


「お前に軍を任せる。その軍を率いて縊鬼山を制せよ。よいか。失敗は許されぬぞ?」


「ははっ! 必ずや縊鬼山に大百足様の軍旗を翻しましょう!」


「うむ。それから、だ。よければ──」


 大百足がにやりと笑う。


「橘という牢人を捕えて参れ。手足はもいでも構わんが、生かしておくように」


「承知」


「では、行け」


 命令を受けた山姥の鬼ヶ夫人が出陣していく。


「巴にくれてやるのも勿体ない。全て私の功績としようではないか。さすれば白姫様も巴など見放すであろう」


 大百足はそう言って扇で口元を隠した。


……………………

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