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血塗れ渓谷の戦い

……………………


 ──血塗れ渓谷の戦い



「逃がすな! 黒姫と絹御前の首を取れ!」


 羅城門とその配下の兵たちが血塗れ渓谷になだれ込む。


 橘たちはそれを引き連れて血塗れ渓谷を一気に西川軍のいる場所まで向かう。


「橘殿か!?」


 陣地に近づくと火竜衆の頭である杉山が声をかけて来た。


「そうだ! 各々方、準備せよ! 来るぞ!」


「承知! 構えっ!」


 橘が叫び返して馬を陣地に向けて進める。


「逃がすな! 白姫様の名において皆殺しだ!」


 橘たちの後に続いて悪鬼と亡者が列をなして流れ込んできた。羅城門も先頭に立って進み、陣地に面する渓谷の出口に差し掛かる。


「よおーく狙え。無駄玉を撃つな」


 杉山たち火竜衆が鉄砲を馬防柵の向こうから構えて待ち構えた。


 陣地はやはり十字砲火が浴びせられるようになっており、火竜衆の鉄砲隊を主力に火力が配置されている。


 さらにそれを補うように西川軍の弓兵や槍兵が待機していた。


「黒姫、絹御前、化け狐たち! 陣地に飛び込め!」


「おうよ!」


 橘たちは馬を乗り捨て一気に陣地内に飛び込んだ。


「黒姫、絹御前! 逃がさんぞ! 首を寄越せえっ!」


「撃てえっ!」


 羅城門と配下の兵が現れたと同時に凄まじい銃声が鳴り響いた。


 鼓膜をつんざくそれが響いた後に殺戮の嵐が吹き荒れる。


「ぎゃあっ──」


「うわっ──」


 鉄砲から放たれた弾は悪鬼も亡者も情け容赦なく屠った。血肉が撒き散らされ、断末魔の叫びが渓谷にこだまする。


「第2列、撃て!」


「亡者どもを前に出せ! 数で押しつぶせえっ!」


 火竜衆は射撃を続け、それに対して羅城門は悪鬼を下げて、亡者たちを前に押し出した。亡者たちならば多少の銃弾には耐えられると考えたのだ。


 それにそれは事実のはずだった。


 羅城門にとっての予想外なことは西川軍、そして火竜衆の側にも“ねくろまんさあ”がいたということだ。


「杉山殿。そのまま撃て。私に任せておけばいい」


「頼むぞ、医者先生。俺たちも亡者を相手にするのは初めてだ」


 そう、椎葉が火竜衆についていた。


「亡者どもよ。眠るがいい」


 椎葉は事前に火竜衆の込める弾に“ねくろまんしい”の術式を込めていた。


 それは偽りの生を与えられた亡者に死という安らぎを与えるもの。一発でも被弾すれば亡者は元の死体へと戻る。


「なんだ……!? 何故亡者たちが……!」


 慌てる羅城門にも弾が命中する。


 この時代の鉄砲の弾は暴発を避けるためとライフリングないことやガス漏れによる威力の低下を補うために口径が大きい。


 現代の小銃の口径というものは5.56ミリや7.62ミリであるのに対して、この時代の鉄砲の口径は13~18ミリほどもある。


 火竜衆が使う鉄砲は訓練された兵が使う18ミリのそれ。


 そのため命中すればその破壊力は抜群だ。


 鉄砲を受けた羅城門の丸太ほどはある腕の肉が抉られ、半ば千切れかかる。それだけの威力を発揮した。


「ふん。このような傷、不死を与えられた俺にこのようなもの……──!?」


 再生するはずの傷が再生しない。


「不死に驕ったか。愚かな。その不死は偽りだ。真の不老不死などではない。不完全な白姫が配下を使い潰すためのものに過ぎない。そのことをしっかりと知るがよいだろう。学ぶのに遅すぎることはない。死ぬ前であってもな」


 椎葉は羅城門に対して淡々と冷たくそう言い放った。


「し、死ぬわけにはいかない! 死ぬわけには……!」


 椎葉が言ったように不死に驕ったのだろう。死ぬことを前にして羅城門は見るも哀れに取り乱し、部下たちを置いて逃げ出した。


「羅城門様が逃げるぞ!?」


「お、俺たちも逃げるのか!?」


 配下の兵たちは大将であるはずの羅城門が真っ先に敵に背を向けて逃げ出したのに混乱状態に陥る。


「第3列、撃て!」


 しかし、混乱しているからと言って攻撃が止まるわけではない。火竜衆は混乱する羅城門配下の兵に情け容赦なく銃撃を続ける。


 本来ならば非常に短く、狙いを定めることも難しい鉄砲を火竜衆は巧みに操り、悪鬼と亡者たちを屠っていく。


「逃げろ! 撤退だ! もう羅城門様も逃げたんだ! 俺たちも!」


「殿は屍兵にやらせろ! 撤退、撤退!」


 そして、ついに羅城門軍は総崩れになった


「急げ、急げ! 友軍に置いていかれるぞ!


「殿を編成する! 敵に背を向けず戦え!」


「馬鹿を言うな! 真っ先に大将が逃げたんだぞ!」


 すぐさま敵が総崩れの状態になっているのに西川軍と橘たちが斬り込んだ。


「斬れ! 斬り倒せ! 突き殺せ!」


「岩陽に勝利を!」


 反撃に転じた西川軍が羅城門の部下を追っては仕留める。


「逃げろ! もう戦えない!」


「撤退だ!」


 そして、とうとう羅城門配下の兵たちが総崩れとなった。


 しかし、橘たちはここで羅城門とその兵を逃がすつもりなどない。


「来ました。羅城門とその配下の兵どもです」


「番えてください」


 血塗れ渓谷の地上が見える場所から化け狐たちが弓を構える。


「ひとりも生かしてここを出すな」


 反対側の傾斜でも西川軍が待ち受けていた。


「撤退、撤退だ! 逃げろ!」


 そこにふらふらと羅城門と兵が逃げて来た。


「撃て!」


 そこで渓谷の上から無数の矢が谷間に向けて一斉に放たれ、指揮系統が喪失した羅城門の兵たちを次々に貫いた。


「まだ敵がいるのか!?」


「死にたくない!」


 羅城門の兵は総崩れ。友軍を押し抜け、踏みつけ、逃げ散った。


「待て! 逃げるなっ! 隊列を組んで追手を仕留めろ! 命令だぞ!」


 ここに来て羅城門が部下を足止めに使おうと叫ぶ。


「もう無理だ! 戦えない!」


「俺たちは逃げる! 逃げたくないならあんたひとりで戦え!」


 降り注ぐ大量の矢の中を羅城門の兵たていが脱兎のごとく駆けて逃走。射抜かれ倒れた仲間を見捨てながら、ひたすらに逃げる。


 こうなるともはや軍としての形すら保っていない。


「敵から逃げるつもりか、羅城門、そして悪鬼ども」


 そこで羅城門の前に現れたのは橘だ。


「おのれ……! ここで仕留めてくれるぞ、橘玄!」


 羅城門は矢を受けながらも橘の方に斧を抱えて進んできた。


「こっちこそその首貰うぞ」


 橘は刀を構えてにややりと不敵に笑うとそう言い放った。


「椎葉殿、解呪の方は任せた」


「まずは首を。それから不死の解呪を行う」


「合点承知」


 橘が羅城門に襲い掛かり、宣言したように首を刎ね飛ばした。


「それしきのことでこの私が死ぬとでも思ったか! 愚か──」


 橘は火竜衆から拝借した鉄砲──騎乗した兵士が使う馬上筒を構えると羅城門の刎ね飛ばされた頭に銃口を向ける。そして引き金を引く。


「おごっ!」


 放たれた弾が羅城門のその巨大な頭に大きな穴を穿った。


「椎葉殿! 頼むぞ!」


「任されよ」


 椎葉は独特の手の動きを見せると羅城門の体から煙が昇る。


 すると羅城門の体が崩れて行った。


「た、助けてくれ! 死にたくはない!」


「その生は呪いだ。解いてやろう」


 悲鳴を上げても不死は解呪されていき、苦痛に羅城門が叫び続ける。そして、そのまま完全にその姿を消滅させた。


 羅城門はもう生き返ることはない。不死ではない。


「大将がやられた……。終わりだ……」


「そう易々と降伏してなるものか! 敵を迎え撃つぞ!」


 羅城門の兵だったものたちは混乱の中でばらばらの行動を取り、その結果として各個撃破されて全滅と相成った。


「これで終わりか」


「なんだ。呆気なかったのう」


「呆気なくはないだろう」


 戦闘そのものには勝利したが西川軍も絹御前の物の怪たちも被害を出した。完全な勝利とは言えなかった。


「橘殿!」


 そこで化け狸の又坐衛門が姿を見せる。


「素晴らしい勝利だった! 羅城門の何万という軍を壊滅させるとは。あっぱれ!」


「この計画を立てたのは西川殿だ。礼はそっちに言ってくれ」


「謙虚な御仁だ」


 橘が首を横に振るのに又坐衛門はそう言って笑う。


 この血塗れ渓谷の戦いを西川軍と物の怪たちは制したものの、首塚平原に橋頭保を築いた白姫の軍勢は次の軍を送り出していたのだった。


……………………

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