首塚平原の戦い──混戦
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──首塚平原の戦い──混戦
「我こそは岩陽国の大名、西川友三なり!」
そう言って現れたのは小柄でどこか丸い体形をした甲冑姿の武将であった。
兜を纏い、面頬を付けた様子からは内面は見えず猛々しさしか窺えない。
「我が岩陽を侵略せんとする異形の悪鬼たちよ! ただちに我が国より去れ! さもなくば残らず斬り捨てる!」
西川がそう声を上げると兵たちも雄たけびを上げて士気を高める。
「ほざけ、人間! お前たちなど残らず食い殺してくれるわ! 進め!」
その言葉を受けた羅城門がそう叫び返し、配下の兵たちが同様に雄たけびを上げると川を渡ろうと突き進む。
「ならば情け無用! 連中を岩陰まで押し戻してやれ!」
「おおおっ!」
西川の率いる兵のほとんどは槍を装備している。彼らは職業軍人というわけではなく、まだ兵農分離がはっきりしていない百姓であったりしたが故だ。
補給の問題だったのか鉄砲もなく、あるのは弓と矢だけ。
「水から上がる敵は脆い! 打ち砕け!」
菅沼も武将のひとりとして指揮を執り、兵を進める。
「これでどうにかなるか……!?」
橘は西川の軍が来たことに安堵しようとするが、彼は川の向こうの敵陣を見てその考えを改めた。
さらに無数の兵たちが川に向かって進んできている。羅城門が擁する兵力はあまりにも多く、それに加えてそれらは──。
「あれは何だ!?」
「し、死人だ! 亡者だ!」
そう、新たに投じられた兵力は亡者だ。死んだ岩陰の武士たちだ。
亡者たちが列をなして進み、自分たちに迫るのに西川の兵たちが悲鳴を上げ始めた。羅城門の率いる物の怪たちも恐ろしいが、亡者はさらに恐ろしい。
「臆するな! 臆すれば死ぬぞ!」
西川が声を上げて士気を維持しようとするが百姓上がりの兵たちではやはり及び腰になってしまう。彼らの歩みが緩まり、敵を避けようとし始めた。
「我に続け! 続けえ!」
「怯むな! 戦うのだ!」
だが、そこで菅沼と大平が声を上げて自ら敵に突入することで勇気を示した。
指揮官が前に出れば自然と指揮下の兵たちも前に出る。
「菅沼様に続け!」
「大平殿をお助けせよ!」
自棄になった感はあるが士気は回復し、次々に西川の軍勢が橋頭保を築かんとする羅城門の兵と衝突。激戦が始まった。
「橘殿! よく持たせてくれた! 後は任されよ!」
「菅沼殿! 椎葉殿は来ていないのか!?」
「来ておられぬぞ!」
椎葉はまだ戦場に到達できていない。
「それでは巴が倒せぬ……!」
未だに巴の脅威が残っている。今は黒姫と斬り合っているが、主導権を握っているのは相手を斬れる巴であって黒姫ではない。
もし、巴がその攻撃の矛先を西川の兵たちに向けて暴れまわれば、この戦の流れは瞬く間に変わってしまうだろう。
巴には刀も槍も矢も、あるいは鉄砲も通用しないのだ。
「黒姫! 加勢するぞ!」
「おう! 挟み撃ちにしやろう!」
巴を牽制するために橘は巴との交戦を再開。
しかし、戦の流れを決めるのは橘と黒姫ではない。あくまで西川と彼の兵だ。
「押せ! 川に押し返せ!」
「おおおっ!」
西川の兵は羅城門の兵を川に押し返そうとする。既に羅城門の軍は渡河をある程度完了させており、さらに橋頭保を拡大しようとしていた。
西川たちは橋頭保の兵を果敢に攻撃するも、相手は物の怪と亡者だ。そう簡単に撃退できるものではなかった。
さらにそこに混迷を極めるものが現れる。
敵の鉄砲だ。
「鉄砲、構えっ!」
「いかん! 退け、退け!」
渡河した鉄砲隊は亡者からなっており、指揮官である羅城門の指示で弾を込め始めた。その数は200を超える兵である。
それを見た菅沼がすかさず指示を出すが状況は混戦状態で上手くいかない。
「撃てえっ!」
そして、銃声が響き渡った。
「うわっ!」
「た、助けてくれ!」
鉄砲があまり出回っていない僻地である岩陽国では鉄砲を使った戦は少なかった。そうであるが故に西川の兵たちは鉄砲に滅法弱かった。
銃声に怯え、被害に戦き、士気が瞬く間に落ちる。
「ふははははっ! そのまま叩きのめせ!」
「おのれ! 我に続け! 討ち取れ!」
羅城門が高笑いを上げる中、騎馬隊を指揮する大平が部下を率いて羅城門の鉄砲隊に向けて突撃。槍を構えた騎兵が突貫する。
「弾込め!」
その中で羅城門の鉄砲隊が再び銃弾を装填し、狙いを大平たちに向けて構えた。
「撃てえっ!」
銃声が響き、大平の部下たちが倒れる。だが、その歩みは止まらない。
「進めえ! 恐れるな! 恐れれば負けるぞ!」
大平も左肩に弾を受け、酷い傷を負っていた。だが、それでも国を守りたい一心で馬を進ませて自ら部下たちを鼓舞し、その先頭を進んだ。
「クソ! 槍を前に出せ!」
以前にも言ったようにこの戦国の鉄砲には銃剣がなく近接戦闘は困難。故に鉄砲隊は装填を行う間下がり、入れ替わるように槍を構えた兵たちが前に出る。
「南無三!」
それでも大平は突撃し、そのまま敵兵と衝突。
槍は確かに騎兵に有効なのだがこの乱戦状態でまともな槍衾は維持できず、大平の騎兵突撃の衝撃により隊列は崩壊。
「おお! 大平殿が武勇を見よ! ものども続け!」
後続の騎馬隊が鉄砲隊に襲い掛かり乱戦がさらに激しい戦いへとなった。
しかし、鉄砲隊が排除できても物量差は覆せない。
「御屋形様! 兵が押されております!」
「むう。このままでは……!」
もはや渡河を試みる羅城門の軍は既に橋頭保を完全に確保していた。次々に物の怪と亡者が川を渡っては西川の兵を襲う。
さらにここで西川の兵を揺さぶることが起きてしまう。
「見よ! お前たちの将の首を取ったぞ! 次はお前たちだ!」
渡河した羅城門が大平を討ち取り、その首を掲げて示すしたのだ。
「大平殿が……!」
「も、物の怪には勝てない! 勝てないんだ!」
兵が混乱し、そしてついに士気が結界寸前に至った。
「退け! 全軍撤退だ! 血塗れ渓谷へと退けえっ!」
そこで西川が叫び、兵が引き始める。
「殿は私が務める! 他のものは御屋形様とともに退け!」
ここで前に出るのは菅沼だ。彼は槍を手に前に出た。
「もはやおのれらは戦に敗れた! 白姫様に頭を垂れるならば生かしてやろう!」
「ほざけ! 貴様らが岩陰のものたちにしたことを見るがいい! 我らを亡者とするつもりだろうが! 覚悟せよ!」
「では死ね!」
ここで菅沼と羅城門が衝突。
「菅沼殿が危ない」
「あやつ、家老のくせにどうして戦場に出た?」
「白姫について知ってるのは菅沼殿だけだったから仕方ない」
巴の相手をしながら黒姫と橘がそう言葉を交わす。
「よそ見をしている余裕はないぞ!」
「お前の太刀筋は既に読めている。敵ではない。少し黙っておれ!」
巴が斬撃を繰り返すのをひょいと躱した橘が刀の鞘を使って巴の顔面を突いた。その衝撃に巴がよろめき黒姫の方に倒れ込む。
「そいつは任せた、黒姫! 俺は菅沼殿に加勢する!」
「合点!」
そして、橘が菅沼の下に駆ける。
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