そして、戦が始まる
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──そして、戦が始まる
岩陽国は青鹿城。
そこに白姫がいた。
「大百足。化け狐の里を落とすのには失敗したと聞きました」
「……はい、白姫殿。残念なことだが鬼熊はしくじった」
「そうですか。まだ物の怪たちは戦えますか」
「大いに」
白姫が優しく尋ねるのに大百足が平伏してそう返す。
「では、構いません。戦はこれからですから」
白姫はそう微笑んだ。
「さあ、いよいよ我らは岩陽へと侵攻します。岩陽を落とし、日の本征服の第一歩としましょう。岩陽を落とし、そして南下を開始し、いずれは京を落とす旅路の始まりです」
「白姫様とともに」
青鹿城に集まった物の怪たちが一斉にそう唱えて平伏する。
「白姫様! どうか一番槍は私めに」
「ええ。あなたに任せますよ、巴。まずは岩陽の軍の士気を挫いて来てください」
物の怪とともに集まった巴が声を白姫がそう応じた。
「一番槍は巴に。その後の軍の指揮は大百足、あなたに任せます。適切な部下を配置し、岩陽を落としてきてください」
「承知」
さらに白姫が大百足に命令。
「藤堂邦孝。あなたは国内に」
「……」
首無し武士藤堂邦孝も青鹿城にいた。
「堕落。あなたは大百足を支えなさい。屍兵を彼女に」
「畏まりました、白姫様」
あの小男の僧、堕落も平伏している。
「勅使河原宗人。あなたはどうします?」
そこで白姫が勅使河原に尋ねた。
「今はともに戦おう、白姫殿。お互いの理想は一致している」
「そうですか。あなたと理想を違わないことを祈ります」
「そうですな」
どうやら勅使河原は完全な白姫の配下ではないようだ。
「では、戦の支度を。勝利の知らせを待っていますよ、皆のもの」
「白姫様に勝利を!」
今は魑魅魍魎の巣窟となった青鹿城で悪鬼どもの声が上がる
その頃、橘たちは化け狐の里にて引き続き物の怪たちの教練を行っていた。
「物の怪たちもかなり戦えるようになってきたな」
橘は槍を突き出す化け狸や矢を射る化け狐を見てそう呟く。
「橘殿! 皆、戦を待ち望んでおる。いざ、岩陰の化け狸の里を解放せんと」
「そのようだな、又坐衛門殿。だが、言ったように我らだけでは勝てぬ。西川殿の加勢が必要だ。白姫は既に国ひとつを落としておるのだからな」
「むう。そうか……」
又坐衛門に限らず、早く岩陰の物の怪たちの里を白姫から奪還したいと求める声は多かった。どの物の怪も生まれ育った岩陰を見捨てていないのだ。
この化け狐の里は確かに過ごしやすい土地ではあるが、決して岩陰からの流民である彼らの故郷ではない。ここには彼らにまつわる伝承もなければ、当然それを語り継ぐものもいない。
物の怪たちは何とも不思議な存在であり、その存在は彼らを恐れ、敬う人間によって支えられているということは明白だった。
神が信仰を失えば物の怪となり、物の怪が信仰を得れば神となる。
だが、その物の怪から恐怖も、伝承も、何もかも失われればどうなるのか。
恐らくその存在は長くは続かないのではないだろうか。
そうであるが故に物の怪たちは故郷に帰りたがっている。
「橘殿」
「紅葉か。どうした?」
「白姫が動きました」
「真か。館で仔細を聞こう」
使いに出ていた紅葉が戻り、橘たちが絹御前の館に向かう。
「白姫は大百足に軍の編成を命じ、大百足がその指示を受け軍を編成して岩陽へと向かわせています。その兵の数は10万を超えるとのこと」
「何と……」
紅葉の報告を聞いた橘たちが呻く。
「その多くは屍兵からなるとのことで、物の怪はそこまで多くないとも。既に西川殿にも岩戸衆より報告が行っております。菅沼殿は恐らく御屋形様も兵を挙げ、応戦されると言っておられました」
「そうか。ついに戦が始まるな」
紅葉の報告を受けて橘が頷く。
「橘様。我々はどうすれば?
「俺は最初は菅沼殿から物の怪の様子を見てほしいと頼まれていた。菅沼殿も既に物の怪たちの窮状についてご存じだろう。そして、その原因が白姫であり、ともに白姫を撃つというならばご加勢いただけるはずだ」
絹御前が尋ね、橘がそう返してから黒姫の方を見た。
「黒姫。お前から菅沼殿に言ってはくれぬか。物の怪たちも白姫との戦に加えてほしいと。俺からも頼む」
「分かった、分かった。話を通してやろう。落葉城へ行くぞ。それとも菅沼は他のところにおるのか?」
橘が求めるのに黒姫がそう尋ねる。
「菅沼殿は岩陰との国境に面する砦である稲穂城へ向かわれました」
「ふむ。では、そこに向かうか」
紅葉が報告し、黒姫が立ち上がった。
「俺もともに行くぞ」
「当然だ。来い、橘」
橘たちは屋敷を出て、さらに化け狐の里を出ると、岩陽を走る街道に入った。
「しかし、橘よ。もし、菅沼が物の怪とともに戦うことを拒否したらどうする?」
「俺は菅沼殿の家臣ではない。菅沼殿が断るならば物の怪たちと独自に戦うだろう。手を組まずとも既に岩陽は白姫と戦をすることを決断しておる。問題はない」
「ふうむ。あまり物の怪に入れ込むなよ。あやつらも人を食ったことがないわけではないのだからな」
「お前ほどではなかろう?」
「それはそうだ」
橘が苦笑して指摘するのに黒姫がからからと笑った。
「お前は白姫が討たれ、この戦が終わったらどうするのだ?」
「まだ忘却神社に戻るだけよ。わしは別にやりたいこともないからな」
「ひとりでずっとあそこで過ごすのか?」
「今までもそうしてきた」
橘が尋ねるのに黒姫がどうでもないというようにそう返す。
「そうか。俺はやらねばならないことは岩陰で死んだものたちの供養ぐらいだ。俺もすることはすぐになくなるが、生きていかねばならんのだろうな」
「そういうものよ。人生なんぞ面白いことばかりではない」
橘はもう成長を見届ける子供も守るべき妻もおらず、ただ白姫を討つためだけに生きて来た。白姫を討てばもう生きていく意味はなくなる。
良くも悪くも橘は復讐のためだけに生きて来た。
今になって新しい人生など考えられない。
「そろそろ稲穂城です。菅沼殿は既にそこにおられると」
「うむ。わざわざわしが行くのにおらんかったら殺すぞ」
紅葉が報告し、黒姫がそう言う。
街道を進むと稲穂城が見えて来た。
稲穂城も西川友三が建てたもので、堅牢な守りで知られる。幾度もの戦いを経験した古強者の顔立ちをした城であり、今回の戦においても頼もしく見えた。
「止まれ! 何者だ?」
城には既に多くの兵がおり、戦に備えているのが分かった。
「菅沼殿にお客人をお連れしました。橘殿と黒姫様です。どうかお目通りを」
「ここで待て」
橘たちは城の前で待たされ、それから兵が戻って来た。
「お会いになられるそうだ。失礼のないように」
「はい」
そして、橘たちは稲穂城へと入る。
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