岩戸衆との同盟
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──岩戸衆との同盟
夜が明けた。
次第に里の様子が見えてくる。
燃えて爆発した火薬と油の跡。そこに無数の屍兵の死体が転がっている。また門も燃えて崩れ落ちており、黒く炭化した木材が地面で未だ炎を燻ぶらせていた。
そして、あちこちに血だまりが残っており、狸爆弾や藤堂邦孝の攻撃で破壊された陣地が里のあちこちに残っていた。
そして、藤堂邦孝は──。
「奴は退いたぞ」
黒姫が陣地の残骸に腰かけたままそう言った。
既にこの岩戸衆の里には首無し武士である藤堂邦孝の姿も、彼の軍馬の姿もない。黒姫が言ったように藤堂は退いていた。
「倒せなかったか」
「斬っても燃やしても元通りだ。真に面倒な亡者よ」
この黒姫であっても不死の藤堂邦孝を仕留めることはできなかった。
椎葉の話の通りならば藤堂邦孝を死なせるには彼の頭を取り戻さなければならない。恐らくそれは彼をあのような姿にした白姫から取り戻すことになるだろう。
「やぶ医者はどうした?」
「椎葉殿は怪我人を治療している。黒姫、館に来い。戦いは終わった」
「そうしよう。酒が飲みたい」
里は撤退の際に陣地を焼き払ったことで燃えてしまい、黒く焦げた建物が並ぶ。
村の忍びたちは黙々と病の原因となる屍兵の死体を片づけ、残る火を消化して回っていた。ここの忍びたちは逆境からもすぐに立ち直れる強いものたちだなと橘はそれを見て思ったのだった。
「橘様、黒姫様。助かりました。おかげで里を守ることが出来ました」
里長の五位鷺が深く頭を下げた。
「礼には及ばぬが、これからどうするつもりだ?」
「里を再建し、引き続き岩陽に仕えていきます」
「そうか。そうであるならば、これから白姫と戦ううえでそなたたちの力が借りられるだろうか?」
「もちろんです、橘様」
「忍び衆が味方になるとはありがたい」
これからは岩陽国の忍びである岩戸衆が橘たちを支えてくれる。
「では、こちらからは紅葉を常にお傍に置いておきましょう。紅葉よ、橘様たちによく使えるのだぞ」
「はい」
紅葉も深く頭を下げて了承した。
「これから頼むぞ、紅葉」
「あなた様にお仕えします」
橘も紅葉に信頼を置いた。
「面倒な話はこれでよいだろう。酒を持っていこい。祝い酒だ」
「畏まりました、黒姫様」
黒姫はまた酒を飲み始め、生き残った里の忍びたちも集まって来た。そのまま自然に祝杯を上げる場へとなっていく。
「俺は椎葉殿を見てくる」
「お供します」
橘は席を外して橘の下へ行き、紅葉が同行する。
「椎葉殿。どうだ?」
「よくはないがここまで犠牲が抑えられたのはそなたの指揮のおかげだろう」
椎葉は引き続き戦いで負傷した忍びたちを手当てしていた。
「この戦いで分かったことは白姫の他にも死霊術を使うものがいるということだ。大入道にかけられていた死霊術の呪いと今回の屍兵たちのそれは違った」
「そなたの友人と言っていた勅使河原という男か?」
「それとも違う。あやつの術は私と同じ明の仙術を応用したもの。しかしと大入道も化け狸のそれは南蛮のものだ。そしてそのふたつの間には術者の力量の差があった」
「白姫が“ねくろまんしい”の術を授けたかもしれない、ということか?」
「可能性としては。白姫は他者に教え与えることができるほどに死霊術を会得しているということを意味する。また、これから白姫配下の“ねくろまんさあ”が増える可能性も含めている」
「面倒だな」
白姫だけが“ねくろまんしい”を得ているのかと思ったが、白姫が教えることで他にも“ねくろまんさあ”が生まれている可能性があるというのだ。
「もうひとつ分かったのは白姫たちは死霊術を外法とは言え実用的に使っているということだ。死者を操るのは死霊術の技術のひとつであるが、あれだけの数の死者を兵士として動かせるのは優秀と言わざるを得ない」
「椎葉殿。そなたはあのように死者を操ることはできないのか?」
「できるがそのようなことをすれば死者たちの遺族や友人からよい感情は得られないだろう。それによって味方が減ることになるぞ」
「それはよくないな」
「私も最後の手段にしておきたい」
椎葉はそう言って負傷者の手当てを終え、同じく手当てをしていたものに指示を出してから橘の前に立った。
「そなたは実に腕が立つ。刀を振るっても軍略を立てても優秀だ。私はそれを支えるとしよう。敵の死体であれば味方も文句は言うまい。それだけは伝えておこう」
「助かる、椎葉殿。頼りにさせてもらう」
橘は椎葉にそう言った。
「して、次はどこへ向かう?」
「まだ決まっておらん。岩戸衆がこれから味方になってくれるので、彼らに白姫の動きを調べてもらおうと思う。何か分かるまでは落葉城の城下町にいよう。それから先はまだ何も、だ」
「分かった」
そう話し終えて橘と椎葉は紅葉とともに館へと戻る。
「まだ飲んでいるのか、黒姫」
「祝い酒はいくら飲んでもよいのだ」
黒姫の周りには酔いつぶれた男たちが倒れていた。
「一度落葉の街に戻るぞ。里長殿、これから白姫の動きについて探ってほしい。分かったことがあれば連絡を」
「分かりました」
「では、失礼する」
橘たちは里を出るとまた洞を抜けて、里への入り口を隠している小屋へと向かった。
その頃、岩陰国の物の怪たちが住まう土地、溺死沼にある古城。
「首無しは岩戸衆どもを仕留め損ねたようだ。何と惨めなこと」
そう嘲るのは赤みがかった黒髪の美女。
かつて岩陰の物の怪頭であった化け狸、七兵衛八太郎を刺し、今の物の怪たちを統べる立場に着いた物の怪。そう、大百足だ。
赤い着物を纏い、扇で口元を隠した妖女が物の怪たちを前にしている。
「大百足様。ここは我ら物の怪が功績を上げ、白姫様に示すべきです」
そういうのは鬼の巨大な体に牛の頭を持った物の怪。牛鬼である。
「うむ。これは戦であり、我々は白姫殿の家臣。功績を上げれば白姫殿の寵愛が得られよう。不老不死の術、誰よりも早く得たいものよ」
「であるならば、戦を仕掛けましょうぞ」
「待て。岩陽の人間どもに攻撃することは未だに禁じられておる。よって、まだ人間どもを攻撃するわけにはいかぬ」
牛鬼が訴えるが大百足が首を横に振る。
「だがな。物の怪同士で争うであれば白姫殿もお認めになるだろう」
「ほう。では、岩陽の物の怪を?」
「いかにも。岩陽には化け狐どもがいる。それを討ち、化け狐どもの首級を白姫殿に捧げようぞ」
物の怪たちがざわめくのに大百足が怪しく笑う。
「是非俺を一番槍に!」
「俺を!」
「おでが!」
その大百足の宣言に物の怪たちが我こそはと声を上げた。
「鬼熊」
「はっ!」
そこで大百足が指名したのは巨大な黒い熊。熊が年月を得て物の怪となったもの。
鬼熊だ。
武士のように甲冑を纏い、刀を下げている。
「お前に軍を任せよう。化け狐どもの首を上げて妾に捧げよ。よいな?」
「畏まりました、大百足様」
大百足が命じるのに鬼熊がひれ伏したのだった。
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