忍びの館の戦い
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──忍びの館の戦い
ついに白姫の軍勢が岩戸衆の里の防壁を破った。
無数の屍兵が破れた防壁からなだれ込んでくる。
「撃てえ!」
橘が号令を下し、鉄砲が火を噴く。
十字砲火を浴びることになった屍兵たちは無惨にも微塵にされて倒れた。
だが、すぐさま次の屍兵の梯団が押し寄せる。
「石を投げよ! 矢を放て! 敵を粉砕するのだ!」
里の忍びたちが石も矢も使えるものは全て使えという橘の指示で動く。
「まだだ! まだ敵は来るぞ! 鉄砲は落ち着いて装填せよ!」
鉄砲の弾を込める作業はやきもきするが落ち着かなければ不発に終わる。この戦いのストレスの中でも冷静に行動することが必要だ。
「ふむ。よいぞ。順調だ。敵を粉砕しつつあるぞ!」
「おおっ!」
明らかに自分たちが敵を撃破していることを体感して忍びたちの士気が高ぶる。
しかし、戦いが終わったわけではない。また次の屍兵の梯団が押し寄せ、陣地を突破しようとする。
「狸爆弾だ! 火矢を!」
陣地を吹き飛ばそうと狸爆弾が突撃してくるのに火矢が放たれる。火薬に火が付き、狸爆弾が暴発。随伴していた屍兵も吹き飛ぶ。
「やったな。この調子で……」
屍兵の波状攻撃がようやく止まったかと思われたときだ。
破壊された防壁に巨大な影が見えた。
「……藤堂邦孝……!」
黒い甲冑に槍を持った首無し武士が現れる。藤堂邦孝だ。
「紅葉。館に行って黒姫を呼んで来い!」
「はい!」
橘が紅葉に命じ、命を受けた紅葉が館に駆ける中、藤堂邦孝の巨大な軍馬が嘶くと地面を蹴って一気に加速した。
「槍を持つものは構えろ! 他は退いて予備の陣地に移れ!」
槍が陣地から突き出され、藤堂邦孝に向けられる。
藤堂邦孝は加速し続け、槍をも気にせず陣地に突っ込んだ。
「うわあああ!」
「陣地が……!」
陣地を形成していた障害物が破壊され、陣地にいた忍びたちも蹂躙された。槍は藤堂邦孝と彼の軍馬を貫き、裂いたものの、不死である彼らを殺すには至らず。
「ダメだ……。あれにはかなわん……!」
橘は里の中を駆け抜けて再び加速し、陣地を目指して騎兵突撃を仕掛けようとする藤堂邦孝を見て呻く。
「退け、退け! 館まで下がれ! 俺があれを押さえる!」
「館へ! 館に向かえ!」
忍びたちが最終防衛戦である館へと撤退する中で、死んだ忍びから槍を拾うと橘はそれを構えて藤堂邦孝と対峙。
「息子殿、止めさせてもらうぞ。いざ!」
槍を構え突撃してくる藤堂邦孝に向けて橘が槍を持ってそれを迎え撃つ。
槍は確かに騎兵に有効だ。無数に突き出す槍衾に馬で突撃すればどうなるのかは、想像するに易いだろう。
だが、それは自由に動き回る騎兵をどの方向からも迎え撃てるだけの槍があることが前提条件。ひとりで騎兵に挑むのは槍を持っていれど無謀。
槍はその長さが武器だが、それは取り回しづらさにもつながる。騎兵がひょいと向きを変えて側面に回り込まれても、それに応じて槍を回すのは難しい。
それでも橘は藤堂邦孝に挑む。
「将を射んとする者は──」
橘が狙ったのは──。
「──まず馬を射よ」
そう、馬だ。藤堂を乗せた軍馬を狙った。
「ふんぬ!」
藤堂邦孝の槍が自らに至る前に橘が槍を突き出して軍馬の頭を貫いた。
これで死にはせずとも混乱はすると踏んだ橘だったが、その見込みは当たった。軍馬は前足を高く上げて嘶くと藤堂邦孝を振り下ろす。
「よし。一先ずは止めた」
刀を抜き構える橘と落馬した後姿勢を整え直して槍を構える藤堂邦孝。
藤堂邦孝は平然と歩きながら槍の矛先を橘に向けて狙う。
「息子殿。そなたは以前から槍の名手であったな。落馬すれど油断はしまい」
橘がそう言うと同時に藤堂邦孝が素早く槍を突きだす。橘はそれを刀で弾くもじわじわと押されて行き、橘の方からは全く反撃ができない。
「黒姫。まだか……」
不死である藤堂邦孝に刀を浴びせようと意味がない。橘から繰り出す下手な攻撃は隙を産むだけだ。
今は防ぎ続けるのみ。
「くっ……!」
しかし、それも限界。
不死となった藤堂邦孝の力はかつてのそれを遥かに上回っており、刀でそれを受ける橘の手を痺れさせて追い込む。
さらにそこに屍兵の梯団が防壁の穴から現れた。
「不味いな。このままでは……」
藤堂邦孝だけでなく、屍兵まで加わり囲まれれば終わりだ。
もはや絶体絶命と言うとき──。
「待たせたな、橘」
「黒姫」
そこで藤堂邦孝の槍を現れた黒姫が“怨熱”で弾いた。
「相手だ、首無し」
黒姫がにやりと笑い藤堂邦孝と対峙する。
「橘様! 館が攻撃を受けています!」
そして紅葉がそう報告してきた。
「すぐに向かう。ここは任せるぞ、黒姫!」
「ああ。任せておけい」
黒姫は藤堂邦孝の足止めを始めた。金属のぶつかり合う音が甲高く響く。
そして、橘と紅葉は屍兵の攻撃を受けている館へ急ぐ。
「まだ館の中に引いていないのか!?」
「負傷者が多く、撤退が困難に……」
「俺が時を稼ぐ。その間に撤退せよ」
「はい!」
里の忍びたちは屍兵たちと館の傍の陣地で戦い、ひとりずつ負傷者を館に運び込んでいる。負傷者を残しては逃げれないという状況だ。
「屍ども! こっちだ!」
橘は背後から屍兵を襲い、屍兵が襲っている正面の陣地から引き剥がそうとする。
「橘殿! 狸爆弾をこちらで使う! 注意せよ!」
「心得た、椎葉殿!」
椎葉は狸爆弾にされていた化け狸の死体にかけられた死霊術を自らの死霊術で上書きし、乗っ取った。
そして、その狸爆弾を押し寄せる屍兵の隊列中央で炸裂させる。
「よいぞ! こっちを向けえ、屍ども!」
橘がその混乱に乗じて暴れまわると屍兵を正面から引き剥がすことに成功。
「今のうちだ! 皆、退け!」
椎葉が号令を発し、忍びたちが館へと退却していく。
「斬り結ぶはここまで。俺も退く!」
「援護いたします!」
紅葉が煙幕を展開して橘の撤退を支援し、橘と紅葉は館の門を越えて中に入った。
「門に火薬と油は置いてあるな?」
「ええ。置いてあります」
「敵を引き付けろ。そして火を放つのだ」
橘たちは館に築いた陣地に籠り、忍びたちが火矢を構える。
「今ですか?」
「まだだ」
屍兵たちはじわじわと進出し、門に迫った。
門には使わなかった火薬とありったけの油が置かれている。
「今だ! 火を放てえ!」
橘の号令で火矢が飛ぶ。
そして火薬と油に引火。爆発と炎が生じ屍兵たちが吹き飛び、炎に包まれる。ばたばたと屍兵たちが倒れたことで敵はほぼ壊滅状態となった。
「やったぞ! 大打撃だ!」
「ざまあみろ!」
館に籠った忍びたちは歓声を上げて喜んだ。
「残敵を迎え撃つぞ。最後まで油断するな」
橘がそんな忍びたちの空気を引き締め、燃え盛る炎を乗り越えて進んでくる屍兵たちとの戦いに挑む。
残敵は少数で戦いの規模は小さかったが、戦いそのものは夜明けまで続いた。
だが、橘たちは確かに勝利した。
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