不死の呪い
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──不死の呪い
岩陰国から岩陽国に落ち伸びた流民は日に日に増えていた。
「さあ、こちらへ。僅かですが食事がありますよ」
「ありがとうございます、お坊様」
流民たちは寺を頼り、寺の僧たちはできる限りのことをした。
「西川友三殿からの下賜である」
「ありがたくいただきます」
また同盟国岩陰国からの流民たちを案じた大名西川友三も食料などを流民を支える寺などに与えている。
戦国の時代において寺院が僧兵を抱えたり、信徒を扇動して一揆を起こすなどしていたことは現代においても知られているだろう。
だが、岩陽においては武将と寺の関係はそう悪くなく、武将は寺の果たす精神的役割を重んじ、寺は武将の果たす世俗の役割を重んじていた。
しかし、そのような人を思いやる心すらも踏みにじられている。
「ああ! ああ! 助けてくれえ!」
岩陽国にある寺のひとつ白髪寺にてこの世のものとは思えない悲鳴が響く。
「何と恐ろしい」
「誰か助けてやれ!」
悲鳴を上げているのははらわたが腐り落ちた腹から零れ落ちている男だ。本来ならば死ぬような怪我をしていながら死ねずに叫び続けている。
「お坊様、どうにかならないのですか?」
「酒も痛み止めも何も効かない。せめて安らかに眠らせてやりたいが……」
見かねた流民たちが寺の僧に頼むが寺の僧にも何もできない。
「住職様! お医者様がいらっしゃいました! 椎葉古仙先生です!」
「おお。いらしてくれたか」
そこで若い僧が声を上げて駆け込み、年配の僧が安堵の表情を浮かべた。
「患者はどこか」
現れたのは長身の若い男だ。
武家の人間であるらしく刀を下げているが、武士としてその腕を鍛えているようには見えない。そんなひょろりとした男だった。
「こちらです、椎葉先生」
年配の僧に案内され、悲鳴を上げる男の下に椎葉古仙と呼ばれた医者が向かう。
「なるほど。酷い痛みを感じているだろう。惨いことをする」
鍛えられていないと思われた椎葉だったが暴れる患者を巧みに押さえて、その傷口をよく観察する。腐った肉の悪臭と腸から漏れる汚物も気にせず、その傷がまだ治療できるかどうかを見定めた。
「これはもう助からない。楽にしてやることはできるが、それでいいだろうか?」
「ええ。どうか死なせてやってください。これではあまりにも」
僧と家族がともに頭を下げて椎葉に頼む。
「では、まずはこれを飲みなさい」
椎葉は薬草と思しきものを煎じた粉薬を苦しむ患者に飲ませる。それによって少し落ち着いたのか患者の呼吸が徐々に穏やかになっていった。
「どうなるのでしょうか?」
「待ちなさい」
家族が尋ねるのに椎葉は患者の脈を測りながら、じっと待つ。
そして、その脈が非常に弱弱しいものになったのを確認した。
「安らかに眠れ」
微かに呼吸する患者の横で椎葉は両手を何かの儀式のように組み合わせると、患者から黒い煙のようなものがゆっくりと立ち上り、虚空に消えていく。
そして、眠っているかのように穏やかな表情で患者は逝った。
「彼は死んだ。もう苦しむことはない。安心しなさい」
「ありがとうございます、先生」
椎葉が家族の方を向いて頭を下げ、家族も頭を下げた。
「それでは次の患者が待っているので失礼する」
椎葉は謝礼も受け取らず、その場を去っていく。
「外法を使うものが暴れていると聞いていたが、予想以上に悪質だ」
山腹にある寺から下る階段を降りながら椎葉が呟く。
「白姫。南蛮の竜。竜種の傲慢さというものに辟易させられる」
岩陽国である噂が流れていた。
死ねず人。仏知らず。亡者。あるいはただ不死人と言われるものたち。
それは死ぬような病や傷を負いながらも死ぬことができずに苦しみ続け、いずれ正気を失って他のものに襲い掛かるものたちだ。
岩陰国の流民から広がったとされ、それは流行り病だとも呪いだとも言われている。原因は分からず、治療の術も確立されておらず、人々は恐怖していた。
その噂は岩陽国は落葉城城下町にいた橘たちの耳にも入った。
「十中八九白姫の仕業だな」
黒姫がそう言う。
「“ねくろまんしい”という妖術か?」
「わしも全てを知っておるわけではない。だが、“ねくろまんしい”とは人の魂と肉体、そして死を弄ぶ外法。そして、不死人なる所業はまさに外法と呼ぶにふさわしい鬼畜のそれよ。外れではなかろう」
「そうだな。聞くだけでおぞましい」
噂が伝えたるには首が斬り落とされても死ねずに苦しみ続けたものすらもいるということだった。他にも心臓を潰しても生きていたものもいるという。
苦しみからの解放としての死を失ったものは苦しみ続けるしかない。永遠に。
「不死というのはやはり残酷な呪いだ。日の本ではそうでもないが、南蛮の伝承ではその傾向が特にある。最高神“ぜうす”に罰として永遠に鳥に内臓を啄まれる神のひとり“ぷろめてうす”などな」
「それは南蛮だけではなかろう。仏教も悟りに至らねば永遠に醜い生と死を繰り返すとある。人は死を極端に恐れるか、あるいは死を賛美するかだ」
「お前はどうなのだ、橘? 死を恐れるか?」
橘がかつて僧から聞かされた話を思い出して語るのに黒姫が尋ねて来た。
「その死が意味のあるものならば受け入れよう。俺が怖いのは何もなせずに死ぬことだ。死に意味がないことだ。そして今の俺は白姫を討ち取るために生きている」
「討ち取ればどうする?」
「さあ。どこかの戦場で死ぬか、野垂れ死ぬか。こんな生き方では畳では死ねまい」
「それもまた生き方であり死に方だ。野垂れ死ぬのもまた一興」
黒姫が橘の言葉にけらけらと笑う。
「不死人の呪いが白姫の仕業であるとして、それを癒しているものというのはどういう人間だろうか。そのものも“ねくろまんしい”を使うのか?」
不死人の噂と同時にそれを癒している医者の噂も聞こえていた。
「可能性としては。そのものが“ねくろまんしい”を使わずとも“ねくろまんしい”の知識なくしては不死人の治療はできまい。医者が病や毒について知っている必要があるようなものだ」
「それでも可能性なのか?」
「まぐれ当たりというのは世の中で無視できぬほどあるのだぞ? 試行錯誤というのも所詮はまぐれ当たりを願ってのことであるしな」
橘が訝しむのに黒姫がそう言って肩をすくめた。
「ここであれこれ考えても仕方ないということだな。こうなれば実際にその医者に会ってみた方が早い。しかし、決めておきたいことがある。医者が“ねくろまんさあ”だとしたら、どうする?」
「“ねくろまんさあ”だとしても必ずしも白姫の配下とは限るまい。そして、わしもお前も“ねくまんしい”については素人同然。そいつの助力が得られるならば得るべきかもしれんな」
「分かった。相手次第というわけだ。では、参ろう」
橘と黒姫は問題の医者に会うことにした。
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