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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生魔神と聖者 短編

魔神と聖女

作者: まちどり


 「ここは……?」

 気付けば周囲は白い靄に囲まれていて、その真ん中にアーリエルは立っていた。どれだけの時間をそこにそうやって突っ立って居たのかは分からない。サァーーーっと軽く耳障りな音がするけれど、周囲の音ではなく耳鳴りではないか?地に足が着いている感覚はある。が、土の上ではなさそうだ。足元を見ると、白く立ち込めるモヤモヤを踏み締めている?一体全体此処は何処なのだろうか?


 明るい光が見えるので彼女はそちらに向かって歩いてみた。徐々に靄が薄れて、少しばかり開けたところに人の頭位の光の球が浮いていて、その前に人が蹲っている。白髪で白のローブ姿は修道士の長のよう。何かを嘆いているのだろうか、全身が震えて嗚咽を漏らしている。


『君が対になる者だね』

 アーリエルの頭の中に声が響く。と、それに驚く間も無く光の球は人の形に変わった。

「人型の方が話しやすいかと思ったのだけど、君達にはこのように見えているんだね」

 その姿は純白のローブを纏った白銀髪金眼の美丈夫。教会に鎮座するこの世界の創造主とされる像になんとなく似ている。

「……主の御使い様?」

「あぁ、その通り。君達には僕の仕事を手伝って欲しいんだ」

「わたくしたちに?ですがわたくしは……」


 アーリエルはここに来る直前のことを思い出す。ミズドー伯爵家でのお茶会の席で突然胸が焼けるように熱くなり、息が出来なくなって目の前が真っ暗になった。毒を盛られたのだろう。ブロース伯爵家次男ユージン様とコルシュ伯爵家長女アーリエルの婚約を快く思わないだろう者達は、彼女がぱっと思い付くだけでも片手に余る。


「確かに今の君は服毒の影響で瀕死状態。そっちの彼は既に死んでいる」


 その言葉が聞こえたのか、伏していたローブ姿の老人は顔を上げて御使いに確認する。

「では私は今から主の御許に召されるということでしょうか。それとも不出来で未熟な私にはその資格は無いのでしょうか」


「優秀でなければ務まらないよ」

 御使いは彼の前で膝を折り、彼の肩に手を置く。

「君の中に力が在るのはわかるかい?」

「私の、中?」

「そう。この辺り。熱くない?」

と、肩に置いた手をすぅ、と撫でるように下ろし身体の真ん中あたりを擦る。

「み、御使い様……!」

 その力の熱故か羞恥からか、彼の年相応に皺が刻まれた顔が真っ赤に染まる。

「ほら、ここ。感じるだろう?」

 御使いは彼の耳元で囁く。まるでいたずらを仕掛けている最中のお子様のような笑みを浮かべて。


 わたくしは一体何を見せられているのでしょう?とアーリエルはその御使いの表情に少々呆れた思いで事態を見守っていると。


 あ、あぁ、あぁあぁぁーーーーーーーーー!


 老人の呻きが叫びに変わり、同時に仰け反った彼の身体が淡く白く輝く。


 ぁーーーー~、あぁ、はぁ、はぁ~。


 仰け反った勢いで立ち上がった彼の纏っていた光が治まると、それは彼の若かりし時の姿だろうか、焦げ茶色の髪の見目麗しい青年が自分の両手の平を見つめて

「これは…一体……信じられん……」

と呟いた。その声も張りのある若者のそれで。


「さあ、次は君の番だ」

 アーリエルの背後から御使いの声がする。いつの間にと振り返る間もなく彼女の背中に痛みが襲った。


 あぁーーーーーーーーーーーーーーーー!!


 アーリエルの背中を何千本もの刺繍針が隊列を組んで行軍しているかのような、鋭い痛みが線をなぞるように何度も何度も繰り返し襲ってくる。けれども気を失うことも倒れることも許されず、痛みが続く間ずっと、張り付けにでもされたように突っ立ったまま。彼女が感じた激しい痛みと目の前に雷が幾つも落ちたかのような眩い明滅は、実際は10秒も続いてはいなかったが、突然の痛みの始まりと唐突な終わりに、アーリエルはただ呆然と座り込んでしまった。


「上手くいったようだね。これで正気を保っててくれたら完璧」

 アーリエルの頭の上から御使いの明るい声が降ってくる。

「君、彼女を癒して。魔法、使えるでしょ?」

と、やはりただ呆然と事態を見守っていた元老人に御使いは声を掛けた。


「ま、魔法?どうやって……」

「はぁ、鈍いなぁ」

 御使いはちょいちょいと元老人を手招きして自分の側に呼び寄せると

「後は自分で考えて」

と彼の手首を掴み、その手の平を座り込むアーリエルの背中に押し当てた。

「んぐっ……んっ……はぁ……」

 彼女の背中にピリピリした痛みが再び走ったが、それは直ぐに暖かく気持ち良い感触に変わる。

「あぁ、なるほど」

 彼は膝立ちになり、アーリエルの背中を優しくゆっくりと擦り始めた。

「どうだい、お嬢さん、痛みは和らいだかな?」


 彼の優しいいたわりの声に気が緩んでしまったのか、彼女は大丈夫、と辛うじて声に出すと涙を流し静かに泣きはじめた。その姿を可哀想に思ったのか、彼は彼女の涙をハンカチで押さえて

「痛かっただろうによく耐えたね。これも主の与えたもうた試練の一つであろう。代わることは出来んかったが、君が負った痛みは私が傍で癒そう」

 そう言うとアーリエルを緩く抱き締めた。背中の痛みの跡を通して彼女の中に暖かい何かが染み込み、身体中を駆け巡る。

「うっく……はぁ……あぁ……」

 身体が熱い。泣いていたのがいつの間にか快感の渦の中にいるようで、彼女は自然と元老人にすがるように持たれ掛かっていた。


「ふむ、相性は悪くは無さそうだ」

 観察に徹していたらしい御使いはそう呟くとニヤリと笑った。

「では早速ヤッてもらうか」

「私たちは一体どのようなことをお手伝いしたらよろしいのでしょうか?」

 元老人はアーリエルを抱き締めたまま、御使いに問うた。が、御使いは訝しげな顔で

「君、何も感じないの?彼女とそれだけ密着してるのに?」


「……は?か、感じっ?いいや、これはっその!──っ!──?!」

 御使いの言葉を聞くと元老人は俄に混乱し、アーリエルを手離してまたも蹲ってしまった。花の蜜のような甘い香りが漂う。


 アーリエルは夢見心地だったのが急に現実に引き戻された感じで、パチパチと瞬いた。先程の気持ち良い感触が名残惜しい。彼の言うところの『主の試練』を乗り越えたら、またあの快感に身を委ねることが出来る?彼女は御使いに尋ねた。

「御使い様、わたくしたちは一体どのようなことをお手伝いしたらよろしいのでしょうか?」


「先輩の人選ミス?」

 御使いは残念な感じで、彼女と彼を交互に見る。

「まぁ、いっか。うん、お手伝い。やってもらいたいことは」

と、二人を交互に指差しながら

「二人で幸せな世界を作ること」


「幸せな…?」

「二人で……」

 アーリエルといつの間にか落ち着きを取り戻していた元老人は顔を見合わせて呟く。

「そ。意外と良い組み合わせかもね。難しく考えることは無いよ。二人で気持ち良いことやってればいいから」

 御使いがニヤニヤ笑いながら話すのを、せっかくの整ったお顔なのに、と残念な感じでアーリエルは聞いていた。

「はぁ、そろそろ時間切れかぁ。見たかったのに、残念だな」

 何を、と尋ねる間もなく御使いは淡い光の球になって

「あ、そだ、二人とも子供は出来ないよ。もう戻れないからね」

「戻れないって?」

「魂の循環システム。じゃあガンバってね」

 よくわからない言葉を残して、御使いは消えた。

「ガンバる?なにを?」

 そう呟いたのは彼か彼女か。



 ※※※※※



 暖かい……でも、わたくしの求めている暖かさとは違う……御名前も知らないあの方……もう、会えない?


 切なく悲しい思いで目が覚める。見慣れた風景、ここ、わたくしの部屋だわ。ベッドに寝かされているのね。……背中に違和感を感じるのだけれど。

「お嬢様、お目覚めになりましたか?」

 もぞもぞ動いていると、足元の方から侍女のミィナが声を掛けた。

「良かったです~。もう目を開けられないのかと──」


 直ぐに医師の診察を受け、おそらく体調に問題は無いとの診断がなされた。お父様からの話では、あのお茶会で昏倒したわたくしは、半日眠っていたとのこと。毒を盛られたらしいが、吐血して倒れた直後に淡い光に包まれ、ただ眠っているような状態になったのだという。だが自宅に戻った途端、同席していた妹のリュミエラがわたくしに毒を盛ったと白状した。

「リュミエラ?まさか……」


 妹のリュミエラ、彼女はことあるごとにわたくしの物を「いいなー。ずるいなー」で自分の物にしてきた。ユージン様との婚約も

「何でお姉様となの?ずるいわ。私の方が若くて綺麗なのに!」

と盛大にごねて、家族全員の顔合わせでわたくしを文字通り押し退けて隣に座る等、彼に執心していて大変だった。


「恐らくは敵対勢力の入れ知恵だろう。毒の手配など彼女には到底不可能だからね」

 お父様は、はぁ~、と溜息をついた。

「お前が無事で良かった」

 もっと面倒な事にならずに済んだ、ということね。

「それで今、リュミエラは?」

 自室に謹慎、とはいえ傍にはお母様と

「ユージン様が?何故…」

 いえ、ユージン様も見目の良いリュミエラが言い寄ってくるのを憎からず思ってた節はあったから、これを機に婚約者を変えて欲しいと言い出しても不思議ではないわね。

 お母様は、昔から自分に似ているリュミエラだけを可愛がっており、祖母似のわたくしにはあまり構わない。今はもう、冷遇されていないだけマシだと思っている。今回の騒動でも「結局無事だったのだから」とわたくしを顧みることは無いのでしょう。


「お父様、わたくし……家を出て、修道院に身を寄せたいと思っておりますの」

 主の御許に近いところに身を置けば、あの方にまた会える機会もあるのでは?

「何を馬鹿なことを。家のことはリュミエラには務まらんだろう?」

「そんなことはないわ。ユージン様もわたくしよりリュミエラの方がきっと上手くいくはずですわ」

 お父様はまた、はぁ~と溜息をつく。

「その話は後だ。今はゆっくり休みなさい」



 ※※※※※



 夕食を部屋で取り、大人しくベッドで横になる。あの方のことが頭から離れない。背中がチクチクと痛み、身体の奥がじんじんと疼く。


「傍で癒す、と仰いましたのに……」

 はぁ、と熱い吐息が涙と共に漏れる。逢いたい。わたくしは熱くなったベッドを抜け出して窓を開けた。秋口の冷たい夜風が火照った身体に心地良い。風に乗って甘い花の香りが漂ってくることに気付いた時

「見つけた」

 不意に窓の外にあの方が現れた。白のローブ姿はあの御使い様にも似ていて。


「窓から失礼する」

そう言って彼が部屋に入るなり視界が塞がれる。抱き締められたと認識した途端に再び身体が火照ってくる。

「逢いたかった。君をずっと求めていた」


 甘い花の香りと彼の少し掠れた声に、痺れて蕩けそうになる。

「わたくしも、逢いたかった」

としがみつくように彼の背を抱き返した。



 ※※※※※



 彼はルドラと名乗った。西方に位置するダイザー王国でイルシャ教の大司教を務めているのだという。十代の初めの頃に神門をくぐり表向きは俗世とは縁の無い世界に身を置いていたというが。

「実際は諜報機関の長のようなものでね。敵対勢力に暗殺されたのだよ」

 だが、生き返って直ぐにその敵対勢力を一掃し、国内の不穏分子を秘密裏に粗方始末してきたのだという。


「早く君を探しに行きたくて堪らなかった……」

 お互いのことを知りたいからとソファで肩を並べて語っている。時間が惜しいと言われてお茶も出さずにいたのだが。


「そんな遠い国の方でしたのね。でも、よくわたくしの居場所までたどり着けましたね」

 やはりお茶で喉を潤してもらった方がよろしいかしらと考えていたら

「御使い様から授かった力のおかげだ。君に逢いたいと強く願ったら、君が泣いているのが見えてね。周りに誰もいなかったから、飛んできた」

 飛んできた。さらっと言うが凄いことではないのだろうか。

「私のことよりも、次は君のことを教えて欲しい」


「わたくしはラズルド王国コルシュ伯爵家マーケイ・コルシュ伯爵が長女アーリエル・コルシュと申します。───」

 わたくしは家での境遇、ルドラ様と出会う直前のことを話した。

「父には『修道院に行きたい』と伝えましたが、聞いてはもらえないでしょう」

 ふぅ、と溜息が零れた。


「この場所に未練は無い?」

「ありません」

「即答か。」

 ルドラ様は、ふっと笑う。

「今すぐ攫っていきたいところだが、君の周囲の者に君が私の愛しい者だ、としっかり周知しておくべきだな」



 ※※※※※



 『では、教会で』


 そう耳元で囁かれて目を覚ました。隣にも何処にもルドラ様のお姿は見当たらず、ただ隣に仄かに残る温かさが確かに彼がそこにいたと語っている。カーテンの向こう側は白み始めていた。


「わたくしも準備をしなくては」

 家にも領地にも、何処にも何にも未練は無い。今までの自分を振り返る。


 お父様には家名を守るためだけの駒として扱われ、お母様はわたくしには当たらず障らず。可愛がってもらうどころか、日常会話を交わした記憶すら思い浮かばない。


 妹は、ただでさえ少ないわたくしの持ち物をことある毎に奪っていく。子供だからで済ませられる時期はとっくに過ぎているのに、わたくし以外の者は何も咎めない。あげく、毒を盛って排除しようと考えるほどわたくしの存在を疎ましく思っている。


 婚約者は、今はもう妹の相手で忙しいのでしょう、最後にご挨拶したのはいつだったかしら?わたくしのことをどう思っているのかなんて、さっぱりわからないし、わたくしももう何とも思わない。


 ……わたくしはわたくしが幸せになる為に生きていたい……。



 ※※※※※



「アーリエルが無事だったのは主のご加護によるものだろう」

 朝食の席、お父様からの指示で家族全員が教会で参拝することになった。誘導する手間が省けて良かったけれども、まさかルドラ様が何か仕掛けたのかしら?


 紺色のドレスに祖母から貰った琥珀のペンダントとイヤリングを身に着けて、家族全員で教会へと馬車で赴く。道中の車内はなんともギスギスした雰囲気で、リュミエラは顔を横に向けブツブツと呪詛の如き呟きを繰り返している。仕方ありませんわね、毒殺したはずの邪魔な存在と向かい合わせに座っているのですから。


 教会に着き馬車から降りると朝よりも厚く雲が掛かり、雨が今にも降り出しそう。

「なんでこんな所に来なきゃいけないのよ。あ~やだやだ」

 リュミエラの文句は止まらない。フリルをたくさんあしらった明るいピンクのドレス姿の彼女は、この曇天の下では萎びた薔薇のようにも見えた。




 礼拝堂でご祈祷を受ける為に、祭壇の前に家族四人で並ぶ。お父様の左隣にお母様、右隣にわたくし、お母様の左隣にリュミエラ。


 司祭様が祭壇とわたくし達の間に立って向き合ったその時、ふっ、とまるで蝋燭の炎が消えるように辺りが薄暗くなった。と同時に祭壇の上に淡い光を纏った人が立っている。背中がチリチリと痛み出す。


 (ルドラ様だわ。なんて神々しいお姿…)


 焦げ茶色の目と長髪、顔かたちも変わっていないはず。けれども光を纏い威厳ある立ち姿は、死の淵で出会った御使い様よりも

「御使い様だわ…」


 その呟きが聞こえたのか、その光の人は祭壇から降りてアーリエルの前に立ち、手を差し伸べる。家族も司祭様もただ呆然と事態を見守っている中、わたくしは彼の手をおそるおそる掴む。と、強い力で抱き寄せられた。


「っ!」


 わたくしは彼を見つめていて、彼はわたくしを見つめていて。でも抱き寄せられて一拍置くと空気が変わった。視線を外して周囲を見渡すと

「大丈夫。落ちないし、周りには光の球にしか見えない」

 抱き合ったまま、教会の上空に浮いていた。


「何か持っていくものは無いかい?」

「えぇ。祖母から貰った琥珀のペンダントとイヤリングは身に着けて来たから、このままで大丈夫」

 今気付いたけど、ルドラ様の瞳と同じ色だわ。すごく嬉しくなって口元がほころぶ。ルドラ様は、はっと目を瞠り、それから笑顔で応じた。

「では、行こうか」


 移動は一瞬だった。景色が暗闇に包まれる。

「私の隠れ家だ。今は誰も来ないようにしてある」

 カーテンが引かれて薄暗くなった室内はひっそりとしていて、屋敷の内も誰の気配も感じない。


「その…背中を直に見せて貰っても良いか?」

「背中の紋様ですね。実は教会にルドラ様が現れてからまた痛み出して、段々と熱を帯びてきているのです」


 わたくしはソファに座ってドレスの上部を脱いで背中をはだけさせる。自分ではどんな様子なのかわからないのが、もどかしくて恥ずかしい。彼は、ほぅ、と感嘆のため息を漏らすと

「触れるよ」

と声を掛け、両手の平を熱を持った部分に優しく当てた。


 ズキズキと酷くなった痛みが薄れて消えていく。熱も程良い暖かさに変わって

「あぁ。気持ちいぃ」

 思わず吐息が漏れてしまう程気持ち良い。甘い花の香りが漂う中、ルドラ様が耳元で囁く。

「愛しいアーリエル、君の中を私で満たしたい」

 ルドラ様の低く甘い声がわたくしの身体の奥に響く。彼はわたくしの耳朶を甘噛みして

「愛している、アーリエル」

「ぁ、わたくしもルドラ様をお慕いしております」

 身体の奥がじんじんと熱く疼く。ルドラ様の唇がわたくしの首筋から背中へと這ってそのまま紋様を辿っていく。彼の慈愛が身体中に巡っていくよう。花の香りが強く濃く漂って快楽とともにわたくしを痺れさせる。このまま二人きりでずっと抱き合っていられたらいいのに……。



 ※※※※※



 その後、わたくしは名前を『リエル』と変えた。背中に刻まれた紋様はイルシャ教の上層部の審査を経て『聖紋』との認定を受けて、ルドラ様の元で『聖女』としてすごすこととなった。


 わたくしとルドラ様はダイザー王国を中心に周辺各国まで出向き、『祈りを捧げる』という形で傷病者の治癒や不作・凶作の土地を豊穣の土地に変えたりと、正に『奇跡』と言える事象を行ってきた。実際はルドラ様の力をわたくしの背の紋様を通じて借り受けて発現させ、いかにもわたくしが奇跡を起こしているように見せかけているのだが。


「御使い様は私達に『二人で幸せな世界を作ること』を使命としてお与えになった。だが、それを知らされる前、君が紋様を刻まれた時には君の傍に居たい、君に触れたい、君のその瞳に私だけを映したいと思ったんだ」


 お茶の時間、ルドラ様は全ての者を下がらせて正真正銘わたくしと二人きり。普段は老人の姿の彼も、わたくしを連れて来た時の若い姿でゆったりと過ごす。甘い花の香りが漂う中で、わたくしを膝に乗せて蕩けるような瞳でうっとりと語り始めた。


「私一人だったら途方に暮れていたのだろうが、君と二人であればどんな使命も果たすことが出来そうだよ」

「その、使命なのですが……」


 わたくしには『幸せな世界』というのがどういったものなのか未だにわからない。ルドラ様に正直に打ち明けると、彼にもわからない、と苦笑いされた。

 

「わたくしはルドラ様と共にいられたらそれで幸せなのです。だから」

 ルドラ様の首に腕を回して抱き締める。縋るように、しがみつくように。

「ずっと傍に居て……」


 初めは皆、『聖女』という存在に畏敬の念を抱いていたが、時が経つにつれて彼女を『有用な駒』として求める者が多数出てきた。そしてそのような者達は押し並べてルドラ様を排除しようと躍起になる。例外なく返り討ちに遭うが。


「私が君から離れられないのをわかっていて、そのようなことを言う?」


 御使い様から与えられたのは、創世の力の名残のようなものなのだろうと彼は言った。30~40年に一体、出現する『魔神』の力なのだと。ただ人の身では強大な力を制御するのは困難な故に、多くは自我が保てなくなり破壊行為を繰り返すようになる。それが『魔神』の正体ではないか、と語っていた。


「私が私のままでいられるのは君のおかげだ。ずっと傍にいる」


 二人でいられるのであれば、それが『幸せな世界』に繋がるのだろう。甘い花の香りが満ちていくように、わたくしの心もルドラ様への想いで満ちていった。


 ─了─


 読了、ありがとうございます。

 <(_ _)>

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 連載中の

『聖者のお勤め』https://ncode.syosetu.com/n9170if/

『此処は誰かの夢の中。』

https://ncode.syosetu.com/n9806id/

の百年程前の話です。上記2作品は明るいテイストのBLです。興味がありましたらご一読いただけると幸いです。

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