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第六話 謎のつわもの

前回のあらすじ


エマニュエルは目指す東の街へとたどり着いた。だがそこは彼女の知識にあるものとはまるで違い、

王都を凌ぐ大都会へと変貌していた。空に浮かぶ飛行船が勇者パーティーの一人、デボラの居場所だろうと当たりを付けたエマニュエルは、周囲を囲む小麦畑の間を歩いていく。だが、豊作であるにもかかわらず農夫たちは浮かない顔をしているのだった。疑問に思いながらもエマニュエルは街に入っていく……

 エマニュエルは街門へとたどり着いた。特段門番もなくすんなりと入り込んだ彼女は、ドレメールの街並みに息を呑む。立ち並ぶ建物はどれも5階以上の高さがあり、その間を石畳が走っている。行き交うのは質の良い服を着た人々や綺麗な馬車。その顔には皆笑顔。王都と比べても、ずっと発展していると言わざるを得ない街並みだった。


挿絵(By みてみん)




「す、すごいわ……たったの7年で、こんな……」



 “土地は豊かだがそれだけだ”というのがドレメールの定評だったが、今のドレメールはまさに大都会。ガラス窓やショーウィンドウが多用された街並みは近代的……エマニュエルからすれば未来的であり、彼女を圧倒した。



「……いいえ、こんなところで怯んでなんていられないわ。大丈夫、行くべきところはわかっているのだもの」



 エマニュエルは街の中心にある塔へと歩き出す。側面にいくつも窓があるそれはただの塔ではなく、いわゆる超高層ビルに当たる物だったが、エマニュエルにそれを知る由はなかった。そして……



「入館証を拝見」


「まあ」



 『ラ・トゥール』と呼ばれるそこに入るのに、入館証が必要であることもまた、知る由もなかった。



「入館証が無いなら、保証金1万5千ナルフをお納めください」


「まあ」



 ナルフとはこの国の通貨であり、1万5千ナルフは3人家族が30日ほど不自由なく生活できる程度の金額だった。そして現在のエマニュエルは無一文である。肝心のデボラを見つける前から騒ぎを起こすわけにもいかず、警備員に追い返されてすごすごと引き返すことになってしまった。



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ドレメール市街


 “腐れの王”の瘴気を防ぐために高い壁で囲われていた街は、今や空前の大都会となっている。石やコンクリート、ガラスで作られた高層建築物は訪れた者を圧倒し、人々の目を引く品々が店に並ぶ。外で波打つ黄金の穂と、内で溢れる財の山。ドレメールは今や王国一の富の街である。

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「どうしましょう……どこかで働いてお金を貯めた方が良いかしら……」



追い返されて当てもなくさまよううちに、建物が途切れて広場になっている場所をみつけた。飾り気のない四角い空間には人が集まっていて何かの催しをしているかのようだったが、そこに居る人々の目はギラつき、まるで尋常ではない何かが始まろうとしているかのようだった。



「何なのかしら……?」



 気になったエマニュエルは、馬車の行き来する大路を渡って広場に近づく。広場の入り口には看板が立てられており『業務オークション会場』と書かれていた。



「オークション……でも、何を?」



 エマニュエルもオークションは見たことがある。勇者への支援金を募るため、王宮の財産を売りに出したことも一度や二度ではない。それゆえ勝手はわかっているつもりだったが、広場には売り物になるようなものが置いてあるのは見当たらず、また、参加者たちもお金があるようには見えない。それどころか、粗末な服から覗くあばらや頬骨の浮いた体は貧民と言っていい風体だった。



「え~、定刻になりましたので、これよりオークションを開始します!」



 人ごみの一番外で見ているうち、人ごみの中心にある台に身なりのいい、役人然とした男が昇りオークションの開始を告げる。同時にざわついていた人々は水を打ったようにしずまり、オークショニアに注目する。



「まず一つ目、西区のドブ掃除! 500ナルフから!」


「480!」


「450!」


「400!」



 次々と低い値段を付けていく参加者たち。それを見てエマニュエルは合点がいった。ここは商品の値段を釣り上げていくのではなく、仕事をいかに安く請け負うかを競る場所なのだと。どぶ掃除の仕事はどんどん値を下げ、180ナルフで落札された。次に道路工事、次が荷運びと、日雇いの簡単な仕事が次々と競り落とされて行く。どれも一日ギリギリ生活できるかどうかの値段で、エマニュエルが参加しようにも1万5千という額を稼ぐのは途方もないことに思えた。そうしてまごまごしている間にオークションは終わってしまい、競り負けた者は沈んだ表情で三々五々散らばっていく。



「これ以上見ていても仕方ないわね……きゃっ」



 その場を離れようと後ろに歩き出したエマニュエルだが、背後にいた何者かにぶつかってしまう。



「失礼いたしました……」



 硬い筋肉に阻まれ、後ろにたたらを踏んだエマニュエルは謝罪の言葉を口にする。しかしぶつかられた側、頭をそり上げ、体に張り付いたような黒いレザー姿の大男はその言葉で相手を許すほど甘い相手ではなかった。



「なんだあ? 見ねえ面だな、どっからきた?」


「おい、レジスだ」


「まずいぞ……」


 レジスと呼ばれたその男はエマニュエルをじろじろと値踏みするように見る。悪そうな顔の人だとエマニュエルは思ったが、見た目で人を判断してはいけないと母から教えられていた。自分がぶつかった側というのもあり、礼節をもって返答することにした。



「私、王都から参りました。平和になった世界を巡る旅をしておりますの」


「ほーお、王都からねえ……まだ若いのに、一人でかい?」


「ええ。魔物も居なくなりましたので安心して旅ができますわ」


「そうかい、一人でねえ……そりゃいいや……来い!」



 大男はエマニュエルの手を掴み、路地の方へ引きずろうとする。その力は強く、鎧の補助を受けていないエマニュエルの腕力では抗しがたい物だった。



「何をなさいますの!」


「いいから来い! よく見りゃ上玉じゃねえか。こりゃ楽しんだ後でも高く売れそうだ……!」


「あなた……! 悪人ですのね!」



 しかし、エマニュエルに刻まれた戦闘技能は素手でも有効だった。体をひねりながら掴まれていない方の手を前に出し、そのまま大男の目を掌で打つ。



「がっ!」



 鍛えようのない眼球への打撃に怯んだところで、掴まれた手を梃子の要領で親指との間を切るように引き抜く。そのまま股間を蹴り上げ、前傾になった頭部へ剣の鞘を一閃。顎を打ち抜かれた大男はそのまま昏倒し路上に突っ伏した。



「生憎、悪漢などに負けてはいられませんの……あら?」



 勝利宣言をするエマニュエルだが、彼女に注目が集まっていることに気が付いた。ざわつく人々の声と視線に、エマニュエルは目立ってしまったことに気づき……



「……ごめんあそばせ?」



そそくさとその場を立ち去ろうとした。すると背後から声が聞こえる。



「おい、置いていくぞ……」


「マジかよ……」



 ざわつきの中に聞こえる声に、エマニュエルは後ろ髪を引かれた。



「(悪人とはいえ、路上にうち捨てていくのはやっぱり駄目かしら……?)」



 役人が来るまで、とはいかないまでも物陰に連れて行くくらいはするべきだろうかと考え、振り向いたとき。エマニュエルが目にしたのは大男へ一斉に群がる、オークションに参加していた人たち。



「俺のだ!」


「離しなさいよ!」


「この指輪は貰った!」


「靴の裏に金貨なんか隠してやがった!」



 さながら死肉に群がるネズミの如く、大男から財布を、身に付けていた物を我先に奪い取っていく。それだけでなく、目ぼしいものがなくなったと見るやその体にはナイフが突き立てられ、生きたままに解体されていく。苦痛の悲鳴も血しぶきもかまわずすべてを奪い取ろうとする様に、エマニュエルは驚愕の声を上げた。



「な、何をしていますの!?」



 その声に動きを止めた人々は一斉にエマニュエルを見る。返り血を浴びた服はやせた体に張り付き、目をぎらつかせるその姿は既に大勢を手にかけたエマニュエルをして、怯むほどの物だった。



「お前が取らなかったから俺たちが取るんだ」


「肉も骨も獣の餌に売れるのよ!」


「内臓は高く売れるんだ。(まじな)いだか何だかでな」



 人々の間から見える大男は、すでに残骸と言った方が良いような状態だった。奪えるものはあらかた奪われ、血濡れになって略奪者の手の中に。その邪魔になった細かい骨や布切れだけが血だまりに散っている。すでにいくつもの屍を作り出したエマニュエルが言えた義理ではないにせよ、凄惨で、異常な光景だった。



「こんな……すぐに役人が来ますわ。そうしたら……」


「役人? 役人だってよ、こねえよそんなもん!」



 エマニュエルには信じられない言葉だった。これだけの規模の街ならば、治安維持のための人員は絶対に必要である。それは兵士であったり、騎士たちの見回りであったりしたのだが、とにかく殺人、それもこれだけ堂々と行われたものが見過ごされることなど、彼女の常識ではありえない事だった。



「(一体……どうなってるの!?)」



 戸惑う彼女は周囲を見回す。建物の窓からは何人かが見下ろしていたが、見どころが終わったとみるや退屈そうに姿を消した。煌びやかな都市の輝きに目を奪われていたエマニュエルだが、ひとたび眩んでいた目が覚めれば、様々なものが見えてくる。笑顔を浮かべている人々には二種類いる。心の底から笑っている者と、それに従う、張り付いたような笑みの者。絢爛な建物の隙間、路地ともいえぬ暗がりから、どこかの地下に続くマンホールから、獣のような目が爛々として明るい方を探っている。



「(ここは……ここは、なんなの!?)」



 さながら、美しい仮面の下から腐り落ちた素顔が覗いたかのように。暗い部分が姿を見せる。エマニュエルは思わず走り出し、その場を離れるのだった。


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ドレメールの一般的な生活


朝 ねぐらで起きて食べられるものがあるなら食べる。仕事がある者は仕事へ。

 昼 仕事。仕事が無い者は各地で行われる仕事の競りに参加する。

 夕 仕事。この時点で仕事が無いなら無駄に腹を減らさないため眠る。

 夜 仕事を終える。給料を受け取り必要な物を買う

深夜 眠る。この時点で次の仕事の心配をしなくてよいなら中央値よりは上の方。

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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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