第四話 殺戮の第三王女
旅に出たエマニュエルはかつての王国騎士たちと再会する。その中には老騎士アデラールの姿もあり、
エマニュエルは再会を喜ぶのだった。
かつての騎士団ももはやその威容は無く敗残兵と化していたが、王女の帰還により大いに士気は高まり、彼女の戦いに加わることを宣言する。
だが、騎士たちの拠点に敗残兵狩りの勇者軍がやってくるのだった。
矢が飛び交い、木の柵を破らんと魔法の火球が飛ぶ。負傷者の悲鳴ときな臭いにおいが辺りを満たす。エマニュエルが部屋を飛び出た時には、すでに野営地は戦場と化していた。砦から外に出た彼女は後方で指揮を執るアデラールに駆け寄る。
「アデラール卿!」
「王女様! 見ての通り攻め込まれております! 皆懸命に戦っていますが多勢に無勢、そう長くは持ちこたえられますまい……あなたは脱出を!」
「脱出って……」
「裏口があります、こちらへ!」
アデラールはエマニュエルの手を引き、倉庫へと走る。詰まれた木箱をどけると、そこには雑に板でふさがれた小さな洞穴が口を開けていた。
「明かりはありませんが壁伝いに進めば大丈夫です。お急ぎを」
「他の皆は!?」
「背後を守るものが必要です。さあ、お早く!」
アデラールはエマニュエルを強引に押し込むと、木箱で穴をふさぐ。走り去る鎧の足音に、エマニュエルはうなだれるのだった。
「アデラール卿……せっかくまた逢えたと思ったのに……」
壁に手を当てて、真っ暗な洞穴を進むエマニュエル。剣戟を背後に一人逃げるのは、あの夜の悪夢の始まりを再現しているかのようだった。
「……いいえ……いいえ、違うわ、逃げてどうするの。私は何のために生き返ったの? 逃げるためじゃないわ!」
しかし今のエマニュエルはあの時とは違った。足を止め、自身を鼓舞し、戦う決意を固める。
「私は勇者と戦うのよ。だったらその手下を恐れてなんかいられないわ。ええ、ええ……! 逃げずに、戦うんだわ。いま、ここから!」
アデラールと再会したことで首をもたげていた、少女としての甘えを今度こそ捨てて、砦に取って返す。木の箱を押しのけると剣戟の音は収まっていて、嫌な予感に胸をざわめかせつつもエマニュエルは倉庫を飛び出す。するとすでに戦いは決着しており、勇者軍が自分たちの『手柄』を集めているところだった。すなわち倒した兵士の鼻。そして大将であるアデラールは……
「アデラール卿っ!!」
髭を血に染めて、逆さに持ち上げられたアデラールの首。それを目にしたエマニュエルは悲痛に叫ぶ。それは当然勇者軍の目を集めることになった。
「なんだ? 生き残りか?」
「いや、女だぞ……」
「あの赤毛……そういや第三王女って……」
「いやいやまさか」
「少なくとも反乱軍と無関係ってことはないんだ。もし本物なら大手柄だぜ」
「よーし、女。こうなりたくなかったら大人しくついてこい!」
アデラールの首を掲げた兵士が脅すようにエマニュエルの眼前に突き付ける。しかし俯いたエマニュエルは泣くでもなく怯えるでもなく、小さくつぶやいた。
「……さい」
「あん?」
「アデラール卿から! 手を! 離しなさい!」
エマニュエルが振りかぶった拳に、兵士は反応できなかった。非力な上流階級の女にしか見えない相手が、生首を見せつけられなおそのような行為に出たことに。その目に宿ったドス黒い熱に。そしてグローブをはめていた手がたちまち甲冑に覆われたことに気を取られたその兵士は、背後の仲間達が天地逆になっているのを見たのを最後に、意識を永遠の闇に沈めていった。
「アデラール卿……!」
その手から取り落とされたアデラールの首を受け止め、悲痛な表情で抱きかかえるエマニュエル。もはや言葉を発することはないそれを、そっと地面に置く。
「少しだけ待っていてね、アデラール卿……」
「こ、殺せえっ!!」
「鎧に!」
王国軍が一斉に武器をエマニュエルに向ける。その目の前で、エマニュエルの体はつま先から首元まで、漆黒の鎧に包まれて行く。長い赤毛が鎧の中に引き込まれ、せり出した兜が顔を覆って、悪魔の笑みのように曲がったスリットが紅に輝く。
「アデラール卿たちの仇! 覚悟なさい!」
勇者軍はおおよそ70人強。対するエマニュエルは単騎。戦いになるはずもない人数差だった。そして実際に、戦いと呼べるような物にはならなかった。
「ゴハッ……」
「う、腕が! 俺の腕が!」
「なんなんだ! 何なんだよこいつはあ!?」
拳を叩きつけられた顔面は腐ったトマトのように潰れ、剣を持った腕は昆虫のそれのように引きちぎられ、奪われた剣が胴体を防具ごとオレンジのように両断する。漆黒の鎧が俊敏な肉食動物のごとく駆け回り、仲間たちを肉塊にして行く様は勇者軍にとってまさに悪夢だった。
「やああああぁぁぁぁ!!」
鎧の中でエマニュエルは叫ぶ。初めての戦いであったが、恐怖はなかった。素手なら格闘、剣なら剣術、弓や弩なら射撃。あらゆる扱い方が武器を手にした瞬間理解でき、何年もかけて覚えたかのように体を動かせる。敵の攻撃も鎧を打つが、鎧に傷をつけるどころか姿勢を揺らがせることすらできず、反撃が兵士たちを無惨な屍に変えていく。
「魔法だ! 魔法を使え!」
数発の火球が飛び、エマニュエルを爆ぜた炎が包んだ。相手が全身鎧であっても隙間から炎は入り込み、無防備な内側を焼く。例え致命傷に至らずとも、目や喉に火傷を負えば戦闘不能は免れない。当然火球を命中させた勇者軍の魔導士たちも当然そうなると考えていた。
「ウギャ……!」
「ひっ……!」
「ぐばッ……」
炎の中から飛び出したエマニュエルに、端からなで斬りにされるまでは。
「魔法が通用しない!?」
「こんなもの! 魔女アニエスの炎に比べれば! とろ火も同然でしてよ!」
叫ぶエマニュエル。彼女の鎧は、炎の熱も目を焼く光もすべて遮断し、その肉体を守っていた。唯一の対抗手段すら通用しなかった勇者軍は浮足立ち……さしたる時間もかけず、最後の一人が壁際に追い詰められていた。
「あなたで、終わりよ」
「ま、まって……! 俺には、帰りを待つ家族が……!」
「ええ。私にも、ついさっきまで居ましたわ」
「ゲブッ……!」
命乞いに耳を貸さずその胸に槍を突き立て、エマニュエルはその初戦を圧倒的な勝利をもって終える。しかしその胸に飛来するのは勝利の愉悦ではなく後悔の念。
「(私も、私も一緒に戦えばよかった! そしたら、何人かでも守れたかもしれないのに……!)」
復讐の旅に出ておきながら、自分はまだ守られる気分だった。その甘えが彼らを死なせた。その悔いを叫びとして吐き出し、息苦しさに兜を外すと、飛び散った血と臓物、その凄惨な光景と臭いに胃の中身を戻してしまいそうになる。しかし彼女は、それを必死に堪えた。
「(駄目よ……これは、皆が分けてくれたものなのだから、無駄にしては駄目……)」
息を荒げながらもエマニュエルは屍の間を歩き、アデラール達の遺体を埋葬するために運びだす。穴を掘り、土をかけ。埋葬を終えて祈りを捧げてから、エマニュエルは道中の食べ物を得るため砦の保管庫を覗いた。しかしそこに残っていたのはわずかなパンと芋、干し肉のみ。1人だけならともかく、砦にいた30人近くでは到底十分とは言えない量だった。
「自分たちも苦しいのに、食べ物を分けてくれたのね……」
エマニュエルは騎士達の心遣いにあらためて感謝するとともに、胸が締め付けられるような思いを感じた。どんなに礼を言いたくても、彼らはもうこの世にいないのだ。
「勇者を倒して、私が女王になったら……きっと立派なお墓を作るわ。それまでは、ここで待っていらしてね……」
彼らが残した最後の願い……エマニュエルを女王に。それを胸に、彼女は砦を後にした。背負い鞄には毛布と食べ物。武器は勇者軍の持っていた剣を一振り。さしあたりの物資は手に入れたものの、新たな悲しみもまた背負い、復讐の旅を続ける。だがこの旅の果てに失われる人命に比べれば、今日この戦いで死んだ100近い命は、ほんの誤差にしか過ぎないものであることを、この時のエマニュエルは知りようもなかった……
今回の被害
首都東部方面軍第4小隊:全滅。死者75名
王国騎士団残党:全滅。死者31名
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
よろしければぜひ評価感想、ブックマーク等よろしくお願いします。




