第三話 懐かしい顔
しばらく森を行くと、やがて行く手に小高い山に隠れるようにした陣地が姿を見せた。だがそれは騎士団の拠点としてはあまりに貧相なもので、それを見たエマニュエルは素直な感想を口にした。
「ううん……砦というより、まるで山賊の根城だわ」
「お恥ずかしい……我ら王国騎士団も七年の間に凋落著しく、残るは僅か30名ほど……しかしエマニュエル王女がお戻りになられたとあれば、一同再起に向け奮起することは間違いありません」
丸木を組んで作られた塀と門。その前まで来るとコンスタンはその奥に呼びかけた。
「開門! 賓客をお連れした! 丁重にお出迎えせよ! 団長! 団長はいずこか!」
木の門が左右に開き、その隙間から何事かと覗き込むいくつもの視線がエマニュエルに吸い込まれて行く。女性が来るということ自体がまずなかったのに加え、賓客という言葉と赤毛、そして忘れられかけた都市伝説は、その正体を否が応にも期待させた。だがそれを確定させたのは、この砦を率いる、ある人物の声だった。
「おお……まさか……生きておられたのか!」
「あなた……アデラール卿!? アデラール卿よね!?」
砦の中庭中央に居た人物、毛は白くなり右目には眼帯をつけ、顔には皺が刻まれていたが、それは紛れもなく、惨劇の夜にエマニュエルと母マリオンを守ろうとした老騎士、アデラールだった。家族が居なくなった今、最も親しい……それも死んだと思っていた者との再会にエマニュエルは声を弾ませ、思わず抱き着いた。
「信じられない! 窓から吹き飛ばされたのに!」
「庭木に引っかかりましてな。それ以来生き恥を晒し……おひいさま、随分お力が……おひいさま! 一度お放しを! おひいさま!」
鎧による怪力を忘れていたため、あわや『生き恥』を終わらせそうになりはしたが、11歳の少女の振る舞いとしてはやむを得ない物だっただろう。ともかく、エマニュエルは元騎士団たちの野営地に身を寄せ、さしあたりの食事にありつくことになった。
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元騎士たちの野営地
魔王が現れる前の砦を再利用したもの。だが崩れかけたそれは砦というにはあまりに頼りなく、集った騎士団の顔ぶれに覇気あるものは少ない。勇者の『改革』に乗れなかった敗北者たちの最後の拠り所。
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「そう……私も王都は見たのだけど、眠っている間にそんなにも色々……」
食事をしながら聞かされたこの七年の話は、王女が思うより凄惨なものだった。王族の殺害に対し、貴族たちは勇者を反逆者とみなして討伐に乗り出した。一方で勇者を支持する声も大きく、激しい衝突が各都市で勃発、事実上の内戦が始まった。だがそれも長くは続かず、最終的には勇者が得意とする幹部の暗殺戦術により貴族たちは敗退。その領地は再編され、四つに分けられて勇者の仲間たちが支配している。そして勇者は自らを大統領と称し王国を共和国と改め、自由と平等、そして進歩を旨とした国づくりを宣言した……騎士達と焚き火を囲み、大きく切ったパンをかじり、薄いスープを飲みながら聞かされたそれに、エマニュエルは言葉を失うばかりだった。
「カミーユもシリクも、戦いに巻き込まれて死んじまった……マルタンも、見つかってない……俺、せめてお前の仇だけでも取ろうと思って……」
「そんな……」
「我々、あの夜を生き残った者たちも勇者に立ち向かいはしましたが、結局敗れ、このような場所に身をやつす有様……おひいさまが生きて戻られるなど、盛大な宴をもってお祝いすべきなのですが……」
「いいえアデラール卿、このパンだって、貴重な蓄えを分けてくれたのでしょう? 七年間ずっと耐えてきたのに、眠っていた私が文句を言うわけにはいかないわ」
「しかしエマニュエル王女がお戻りになられたからには、雌伏の時はここまで! 我ら騎士団、王女……いえ、女王陛下の剣となりましょうぞ!」
「女王!? 私が!?」
「コンスタン卿の仰る通り……今やあなたは王族最後の一人。ならば当然、あなたこそ正当な女王ということになります」
「マチアス卿まで……私……そんな。女王だなんて……私はただ、マ……お母さまたちの、仇を」
「戸惑われるのはわかります、おひいさま。しかしあなたも王の血を継ぐものならば、民をまとめる責務というものを負っています。ましてや、勇者を討ち果たしたとなれば……」
「でも、女王なんて何をしたらいいか……」
戸惑うエマニュエル。肉体は成長し、神から授かった鎧を身にまとっていても、その心は11歳の時のまま。国を治めるなど、想像もおぼつかないことだった。
「まずは……勉強ですな。あなたも今や立派な大人の女性。ましてや国を治めるともなれば、学ばなければならないことは山ほど……」
「もう! また勉強ですの!?」
騎士たちから笑いが零れる。彼らが忠儀を誓った王の忘れ形見、屈託のなさから王宮の太陽とひそかに慕われた彼女の来訪は落ち沈んでいたこの砦の空気をたちまち明るい物に変えるのだった。
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アデラール 年齢:58
元騎士たちを率いる立場の老騎士。王家を守れなかった後悔と共に七年間を生きてきたが、エマニュエルの来訪により報われることになる。老い先短い命をすべて彼女のために捧げると心に決めるとともに、その行く末を案じている。
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「この鎧、暑くも寒くもないのは良いのだけれど……寝るには不便ね」
騎士達にここ七年の事を聞いて回っているうちに日が傾いたため、エマニュエルは砦の一室をあてがわれたが、着ていた鎧を脱ごうとして困り果てていた。
「もう、どうやって脱ぐの……そもそもどうやって着たのかもわからないんだったわ。快適ではあるけれど……こんな鎧、街中だと目立つに決まってるわ! 何とか、普通の服も着れるようにしないと……」
そう口にした瞬間、鎧全体に細かく賽の目状の筋が走り、無数の粒となって空中に浮く。それらは細かく形を変え、エマニュエルの体に纏わり……黒主体のブラウスにスカート、ケープコート、ブーツにタイツ、控えめながら細やかなレースで飾られた、上流階級の旅衣装を思わせる服へと変わる。煉瓦のような赤毛は生地に映え、道行く人の目を引くだろうが、鎧と比べればよほど目立たない外見になった。
「服になった……!? じゃあ、もしかして……鎧に戻って!」
服が鎧に姿を変え、エマニュエルを包み込む。この鎧は声に反応するのだとようやく気付き、再び服に戻す。
「……こういうことができるのなら、神様も最初に教えてくれればいいのに」
「おひいさま、よろしいですかな?」
エマニュエルが不満げに独りごちたとき、ノックと共に声が掛けられる。扉を開けるとそこには昼間より少し険の取れた顔をしたアデラールが立っていた。
「どうしたの、アデラール卿?」
「なに、昼間は皆の手前出来なかった話をと思いましてな」
室内の椅子に腰かけ、アデラールは息を吐き出す。その姿は騎士たちを率いる者ではなく、年相応にうらぶれた昔者の物だった。
「それで、話って?」
「皆は女王などと言いますが、それに捕らわれる必要はありませぬと、そう言っておきたかったのです。神から授かったという鎧があったとしても、相手は勇者……戦いは容易ならざるものでしょう。辛いと思ったのなら、投げ出したとて誰も責めはしませぬ」
「何を言うの!? 私は勇者たちを許さない! 途中であきらめるなんて、絶対にしないわ!」
「あの時守り損ねたと思ったあなたが生きて戻られた! それを再び死地に送り込んだとあっては、王妃様に申し訳が立ちませぬ!」
「アデラール卿……」
「本来であれば我らで玉座を取り返し、そこにお迎えすべきところを、それが出来ぬ不甲斐なさを恥じるばかり……ならばせめてささやかでも、穏やかで幸せな人生を送っていただきたいと……!」
「アデラール卿。私の穏やかで幸せな人生は、あの夜に終わったの」
エマニュエルの重い声に、アデラールは一瞬息をのむ。無論、アデラールは心からエマニュエルの事を思っていた。しかし、結局のところ伝聞でしかないアデラールと、家族が惨殺される様をその目で見たエマニュエルとでは、その心に刻まれたものに雲泥の差があったのだった。それを見て取ったアデラールに、もはやこれ以上の言葉を紡ぐことはできなかった。
「(おひいさま……まだ18だというに……)」
「それに、あなた達だって勇者に逆らったせいでこんなところに……あなた達のためにも、勇者たちを倒さないといけないわ」
「それが、王女様の意志であるならば……」
恭しく騎士としての礼をするアデラール。顔を上げた時、その表情は騎士団を束ねる老騎士の物に戻っていた。部屋を辞するその背中に、エマニュエルは声をかける。
「……一人で戦うのは心細かったの。あなたが居てくれて、とてもうれしいわ」
「ご期待に沿うよう、全力を尽くしましょう。おやすみなさませ、王女様」
エマニュエルもアデラールに気遣われているのは理解しているが、家族を奪われた怒りと、諭してくる大人への子供めいた反発心が、その言葉を受け入れることを拒んだ。エマニュエルにとって、家族が殺されたのはほんの二日前のことであり、その心はまだ11歳のままだった。その認識の差がすれ違いとして現れた形になるが、もう少し時間を共に過ごせば埋まるはずの物だった。
かくして、元騎士たちの野営地には久々に明るい空気と共に夜の帳が訪れる。そして、招かれざる客もまた、その闇に乗じて近づいてくるのだった……
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勇者統治後の世界
貴族たちによる蜂起を鎮圧した後、勇者は大商会やギルドなどの解体に乗り出した。これにより価格や技術の統制が解かれると同時に、魔王城からもたらされた物品の解析が行われ、様々な新技術が爆発的に普及することになる。しかし、急激な社会の変化に取り残された者も少なくはない。
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東の空から太陽が姿を見せ始めたころ、ブレソールは櫓で見張りを務めていた。昼間の見回りに続いての立ち仕事も、今日ばかりは苦にならず、曙の空を美しいと思う余裕すらあった。
「(生きてた、エマが生きてたんだ!)」
内戦で友人や身寄りを失い、せめて友人を殺した勇者に一矢報いようと王国派に飛び込んだブレソールだったが、それ以来負けばかり経験してきた。エマニュエルが生きて戻ってきたことはようやく見出した希望であり、ここ数年で一番の喜びだった。
だが空に向けられた目は、木々の間を飛んできた矢に気づけなかった。喉を貫かれ声もなく絶命した彼は、握っていた鳴子につながる紐を離し、警戒役として最後の仕事を果たす。
「敵襲ーーー!! 勇者軍だ!」
騎士の誰かが叫ぶと同時、この野営地最後の戦いの幕が上がるのだった。
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勇者軍
王宮制圧後編成された、元騎士や元王国兵、貴族たちの元私兵を中心に、一般からの志願者で構成される新たな軍。正式には共和国軍であるが、王国派として戦った者からはこう呼ばれることが多い。魔王の脅威が去った今、その主な目的は街道や町の治安維持、および王国派の残党狩りである。
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