第二話 帰ってきた王女
前回のあらすじ
勇者による革命から七年。眠りについていたエマニュエルは成長し、目覚める。
その体は黒い鎧に覆われており、常人をはるかに超えた力を与えてくれていた。
各地を支配している勇者の仲間たちを一人ずつ倒して行くため、エマニュエルは工業化が進み変わりゆく王都を背に、東の街へと旅に出るのだった。
元王女エマニュエルは、復讐の旅に出た。行く手にいくつもの困難が待ち受けていることは、当然エマニュエルも承知の上だった。しかし、その最初の物はごくごく単純で、抗いようのないものだった。
「困ったわ……」
エマニュエルのお腹がくぅ、と鳴る。旅立ってすぐは高揚感と復讐心に駆られて忘れてはいたものの、一度眠って夜が明けると、生き物としての自然な欲求は無視できないものになっていた。
「鎧をくれたのは良いけど、どうせなら食べ物も渡してほしかったわ。そもそも、七年間の間食べ物はどうしてたのかしら……」
神の不親切に不満を言いながらも、エマニュエルは食べ物を手に入れる方法を考える。魔王が倒されて魔物の脅威は去ったとはいえ、まだ旅行は一般的ではなく、主要都市間と言えども街道上に宿屋などはあまり存在していなかった。エマニュエルは自力で食べ物を手に入れる必要に駆られ、周囲を見回す。街道の行く手は森の中に消えており、そこでなら何か取れるかもしれないと、エマニュエルは足を速めるのだった。
「今は、春よね……何か木の実があればいいんだけど……」
木々の間を見回しながら森を進むエマニュエル。王宮に上がる前は芋とパン、王族になってからは様々な春野菜が食卓に上っていたが、当然それらは農地で生産された物。今のエマニュエルには手に入れることができない。キノコや山菜を見分ける知識もないため、必然的に木の実を探すことになるのだが、こればかりは運に左右されることであり、そして彼女の今日の運勢は、あまり良くはなかった。
「駄目……喉も乾いてきた……」
街道を離れて森に分け入り、木の実を探したエマニュエルだったが、食べ物どころか飲み水すら見つけられずにいた。街道に戻って誰か人を探すか、まだ森で食べ物探しを続けるか、悩み始めたところで……エマニュエルが踏み出した足元が盛り上がり、蔦で編まれた網が彼女を一瞬で宙づりにする。
「きゃあっ!? な、何!?」
「かかったぞ!」
慌てて空中でもがくエマニュエルを取り囲むように、数人の男が姿を見せた。身に付けた武具は錆が浮き始めているものの、野盗山賊の類とは違いその動きは統率がされており、罠にかかった相手にも構えを解かず徐々に距離を詰めるそれは訓練された物だった。
「見かけん鎧だ、注意しろ!」
「こいつ一人か?」
「わからん、見たところそのようだが……」
「な、なんなのあなた達!」
「こいつ、女か!?」
鎧から聞こえた女の声に一瞬戸惑う男たち。その間に、エマニュエルは網目に指をかけ、焼き立てのパンのごとく引きちぎる。地面に落ちた彼女へ一斉に剣や槍が襲い掛かるが、それをあるいは握って止め、あるいは籠手で弾き、あるいはそのまま兜で受け止める。中のエマニュエルには虫に噛まれたような痛みこそ伝わるものの、それはむしろ攻撃を受けたことを示すため残されているような物であり、肉体には傷一つつかない。驚愕の表情になる男たち……しかしエマニュエルはその中に知った顔があるのに気付く。
「あなた……コンスタン卿?」
「何……?」
「こちらの人はマチアス卿! なぜこんなことを!」
「我らの事を……? いや、だが声はまだ若い!」
エマニュエルはかつて王宮で交流のあった騎士の名を呼ぶ。七年の時とその間の辛苦が顔つきを変えてはいたが、それは確かに高潔で忠儀ある、立派な騎士であった者だった。
「貴様、何者!」
「何者って……ああ、そうだわ、兜! これを被ったままじゃ……」
距離を取る男たちに、エマニュエルは顔を見せようと兜に手を当てる。引っ張ったりひねったり、どうにか外そうとするが、まるで鎧と一体化しているようにビクともせず、自分が着ている鎧に四苦八苦する様子を見て元騎士たちも当惑を隠せずにいた。
「もう……! 早く、外れて、頂戴!」
そう口にすると、兜が縦に割れ、そのまま折りたたまれるようにして肩口に収納された、それにより、エマニュエルの素顔が露になる。
頭から腰まで流れる、レンガのような赤毛。水晶のような瞳。美しさと幼さが同居する顔は何か危うい熱と鋭さを帯びているように感じさせる。そのような顔が頑強な鎧の中から姿を見せたのは、元騎士たちにとって全く想像もしていなかったことだった。
「ああ、こうなるのね……」
「その御髪……まさか!」
「いや、しかしあの晩、王家は皆殺しになったはず!」
「だがエマニュエル王女だけは見つかっていないと……」
「私の顔も、変わっているのだろうけど……間違いなく私はエマニュエルですわ。七年間、ずっと眠っていましたの」
第三王女生存説。それは勇者による国家掌握の日から囁かれていた。しかしその裏付けは無く、何度か現れた自称第三王女も詐欺師の類。結局、根拠のない都市伝説として忘れさられていた。しかし……元騎士たちの目の前には、王宮を天真爛漫に駆けていた少女と同じ髪色の女が立っている。それらしく振舞おうとして使っているうちに癖になってしまった、身内以外と話すときの少しぎこちないお嬢様言葉は、騎士たちも王宮で聞き覚えがある物だった。しかしそれでも確証は持てず、手をこまねいたところ……
「もし本当にエマなら、王宮に行く前の日にした約束、覚えてるよな?」
「え? 王宮に行く前……?」
三人の中で一番若い一人が問う。その顔をじっと見て、エマニュエルは考え……
「あなた……ブレソール! ブレソールね!? こんなところで会うなんて! ええもちろん覚えているわ、これまでみたいには会えなくなるけど、毎年の収穫祭には絶対に行くって! でもその年の収穫祭は結局行けなくて、次の収穫祭で『忘れたと思ってた』って泣いて……」
「も、もういい、もういいって! 本物だ、本物のエマニュエル王女だ!」
「なんということだ……まさか、本当に!」
ブレソール、彼はエマニュエルがまだ平民だったころの友人だった。子供のころにした、友達同士での約束。こっそり王宮を抜け出しては外の友人と遊んでいたのは王宮では公然の秘密であり、それが王女の身の証を立てることになった。
「その格好、兵士になったのね。シリクやカミーユは元気にしてる? マルタンのお母さん、病気は治ったのかしら……」
「王女様、お隠れになられていた間のお話は後で。まずは我らの砦までお越しください!」
「砦があるの? よかった……実を言うと、お腹がすいて困っていたの」
「なんと、おいたわしや……では我らについてきてください、王女様」
元騎士、マチアスとコンスタン、そして友人のブレソール。彼らに案内されて、エマニュエルは森の中を進んでいった。
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マチアス 年齢:35
馬術は王国騎士団随一だったが、愛馬は既に失い、残った槍と意地のみで戦いを続けている。
コンスタン 年齢:40
惨劇の夜は勇者の一撃で負傷し戦線離脱したため、結果一命をとりとめる。だが重傷を負った左腕は二度と動くことはなかった。
ブレソール 年齢:20
エマニュエルの友人。ひそかに彼女へ恋心を抱いてはいたが、突如生まれた大きすぎる身分の差に諦めたまま、その訃報を聞いた。
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