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最終話 家に帰ってきた少女

前回のあらすじ


 エマニュエルは怒りのままに叫び、勇者を斃した。そして最後に残った母の仇を討たんとする。アニエスもまた、夫の仇エマニュエルを消し去ろうとする。激昂した二人の戦いは王都を巻き込みながら、その場を戦いの始まりの地、王宮へと移していった。そしてアニエス捨て身の一撃がエマニュエルを捉え、二人は王宮へと墜ちていくのだった。



「くうっ……」



 王宮の屋根に激突し、そのまま中へと墜ちたエマニュエルは倒れたまま周囲を見回す。鎧は動くが軋み、手にした聖剣は根元近くから折れ、満身創痍の状態だった。それでも、彼女にとってそこがどこかを知るのには何の手間も必要なかった。



「ああ……ここは……」



 そこは見慣れた場所。家具こそ変わっているものの、柱も壁も天井も、全てがあの日のまま。嫌なことがあったら決まってエマニュエルが行く場所……彼女の、母親の部屋だった。



「……ママ……」



 こみ上げる感情に、思わずつぶやいたエマニュエル。だが視界に遅れて回復した聴覚が、この部屋で何者かが泣き叫んでいることに気づかせる。それは部屋の中央、ベッドの横にある小さな寝台からしていた。



「あ……」



 そこにあったのは小さな命。柔らかい布にくるまれた赤子が、怯え泣いていた。



「ジョエル!」



 そこへ飛び込んできたのは血相を変えたアニエス。額から血を流し、いくつも骨が折れた体を引きずりながらも駆け付けたその姿に、エマニュエルはこの赤子の母親が誰なのか、一目で理解した。



「お願い、やめて……! その子は……!」


「……勇者との子ですのね」


「ええ……ええ、そうよ。でも、でもその子……産まれたばかりなのよ、何もしていない、何も知らない……!」


「ええ、そうですわね……この子は単に、巻き込まれただけですものね」



 エマニュエルの言葉に、アニエスは安堵し……そしてすぐに、思い出した。自分があの夜、なんと言ったのかを。



「けどそんなこと、関係ありませんわ」



 エマニュエルはベビーベッドに手を伸ばし、中に居た赤子を掴むと、割れていた窓から投げ放つ。



「わああああああっ!!」



 アニエスは渾身の力で飛行魔法を使い、窓から飛び出す。我が子に手を伸ばし……その腹を、背後から聖剣が貫いた。



「あ……」



 アニエスが残りの力全てを振り絞れば、エマニュエルを道連れに自爆するくらいのことはできた。だが我が子を目の前にした母親に、子を巻き込むことはついにできなかった。



「ママの仇……! リュミエールよ!」



 折れてなおその機能を残す聖剣は光を纏い、アニエスの体を内部から焼く。体が燃え上がる中、アニエスは最期に我が子を見て……



「ごめん、なさ……」



 その言葉を最後に火だるまとなって落ちて行った。





 王宮の庭、王女の腕の中で赤子が泣く。恐ろしい目に遭ったからなのか。母が死んだのを本能的に察したのか。自分を待つ運命に怯えてか。その泣き声を止める術を、王女は持たなかった。



「本当だったら……私はお姉さんとして、こうして……」



 アニエスを葬り去ると同時、エマニュエルは最後の力を振り絞って飛翔し、赤子を助けた。それに何の意味があると問いながらも、それでも、しかとその手に赤子を受け止めていた。その赤子を大事に抱えたまま窓から部屋に戻り、ベビーベッドへと寝かす。ただただ泣き続ける赤子に、いたたまれなくなってアニエスは背を向けた。



「……」



 エマニュエルは部屋を出て、ただ歩く。職員は皆避難して、戦闘も終わり静まり返る廊下に重たい足音だけが響く。



「アデラール卿……皆……ごめんなさい、私、女王にはなれませんわ……」



 この国は滅ぶ。エマニュエルはそれを察していた。王家を滅ぼした勇者のように、今度は自分が滅ぼした。望まぬ結果だったのか、勇者たちの暴挙を受け入れた世界もまた憎しみの対象だったのか、今やエマニュエル自身にもわからない。いずれにせよ彼女は止まらず、やり遂げ、そして……帰ってきた。始まりの場所へと。



「ママ……」



 そこはなんでもない廊下の一角。綺麗に掃除されたそこには何の痕跡も残っていない。それでもエマニュエルはそこに立ち、両膝をついて語り掛けた。



「終わった、全部終わったわママ……私、勇者たちに勝ったのよ……凄いでしょう? ねえ、ママ……」



 機能の止まった兜が崩れて落ちる。中から出てきたのは老婆の顔。皺のできた頬に涙を流し、鮮やかさを失わない赤毛が背中に垂れる。



「うう……うううう……」



 あの日の続きのように泣き続けるエマニュエル。その彼女に、声をかける者がいた。



「お疲れさまでした、エマニュエル」


「神様……」


「途中、鎧に不明な干渉と想定外の挙動がありましたが、残る勇者勢力の消滅を確認しました。これにより魔王の物を含む全権限の掌握が完了。私はこれから、世界の管理を再開します」


「……世界は、どうなるの」


「勇者による文化汚染は人口の大半に及んでいます。これを除去することは不可能でしょう。よって、文明圏のリセットを行います」


「リセット……?」


「一度世界を滅ぼして作り直すのです」


「……そう」



 エマニュエルはさほど感慨を抱かなかった。すべきことを終え、疲れ、託すものも無い老婆にとって、世界が終わることなどさしたる問題ではなかったのだ。



「神様、ならお願いがあるの」


「何でしょうか」


「世界を作り直したら、私、またママ達と家族になりたいわ。王族なんかじゃなくていい。上姉さまや下姉さま、お父様にお爺様。みんな揃って、困ったり怯えたりしないで暮らしたい。アデラールやブレソール達もご近所さんだと嬉しいわ」


「それは不可能です。仮に全く同一の個体を作ったとしても、それは自我連続性の観点から見てあなたではなく……」


「また難しいことを言うのね。でも神様にだってわからないことはあったのでしょう? だったら……生まれ変わって、また家族になる。そんなことは無いなんて、言いきれないはずだわ」


「はい、その通りです」



 神はあくまで理論上の話としてそう返す。だがエマニュエルにはそれで十分だった。世界が終わり、思い出の場所もすべて消えてしまうのには一抹の寂しさを感じたが、いずれ世界は再生して、皆そこで生まれ変わる。そう信じた。



「それじゃあ……さよならね、神様」


「はい。これより、全土の再生作業を開始します。最後になりましたが、あなたに感謝を示します。ありがとうございました、エマニュエル」



 それきり、神の言葉は途絶えた。窓から見える青空に、明るい光が雲のように広がっていく。



「……あら……」



 ふとエマニュエルは、かぐわしい香りを嗅ぎつけた。小麦粉とバターの焼ける良いにおい。それにつられて、エマニュエルは王宮の厨房へとやってきた。料理人も皆逃げてしまったそこで、薪がくべられたままの窯には、大統領夫妻に振舞われるはずだったのか狐色に焼き上がったアップルパイが残されていた。



「そういえば……結局あの日、食べられなかったわね……」



 窯から出したアップルパイをナイフで切ると、リンゴと香辛料の甘いにおいが広がる。それを皿に取り、湯を沸かして茶葉を入れた。片腕で、拙い動きながらも最後の晩餐を用意したエマニュエルは、それを庭園に持っていく。暖かい春の日、母の作ってくれたパイを家族皆で食べたのが、彼女にとって一番の思い出だった。



「どのくらい待てばいいんだったかしら……」



 ポットに湯を注ぎ待っていると、空に広がっていた光が雪のように降り始めた。それに触れた物は街も人も塵になり、文明はその痕跡を残さず崩れ去っていく。世界の滅亡の中心たる庭園で、エマニュエルはカップにお茶を注ぎ、パイを手に取って、つやつやと光るそれを齧る。さくりとした軽い感触とリンゴの酸味を生かした爽やかな甘さ。かぐわしいバターの風味が口に広がり、生地がほぐれ溶けていく。しかし、それでも。



「やっぱり、ママの方が上ね」



 少し期待外れだったパイの味に嘆息すると、エマニュエルは疲れに任せて目を閉じた。エマニュエルの意志が途絶えるのに合わせて、鎧もまた動かなくなり。そして、光の中に消えていった。




───────

───


──生態系、処理完了。人工構造物群、処理完了


 一つの文明が滅び、その痕跡は欠片も残さず消えた。


──サブシステム、ファームウェアアップデート完了。テラフォームユニットを再起動


 その元凶となった『魔王』は調伏され、一つの意思のもとで、また世界は動き出す。前の世界など、無かったかのように。


──ゲノム、ニューラルパターン解析完了、情報をストレージへ



 ただ一つの、残り香を除いて。それは状況を打破した働きを有用と認めてのことか、それとも何一つ拠る物の無い願いのためか。


──おやすみなさい。エマニュエル・マルブランシュ。また逢う日まで



 少なくとも、王女にして復讐者である少女を自分のうちに留め、再誕の準備をするという、情を持たないはずの機械にしては不合理な判断を下したのは、確かな事実だった。




第三王女復讐記 ─完─


これで、エマニュエルの復讐劇は終幕となります。

三人称視点による作品、そしてAIを使った挿絵など、実験的試みを盛り込んでみた作品でしたが、いかがだったでしょうか?


最後までお付き合いくださり、本当にありがとうございました!


よろしければ最後に感想、評価、ブクマをお願いいたします。

いつか次の話を始めた時には、ぜひまたお付き合いくださいませ!

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