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第二十九話 怒れる死人

前回のあらすじ


 両親の仇、勇者と魔女に対し、エマニュエルは全力で戦った。しかしそれでも、長らく共に戦い、技量を高め、互いを信頼しあった二人の連携の前に、その力は届かなかった。破壊された鎧と共に墜ち、命尽きようとするエマニュエルに、勇者は誓う。必ずこの国を立て直すと。今度こそ良い国にすると。勇者暗殺を仕掛けて返り討ちにあったという王家の汚名をぬぐい、名誉を回復すると。世界は人の手による新たな歩みを始めようとしていた。だが。

最初に気づいたのはアニエスだった。骸と思っていた鎧が軋み、歪み、形を変える。その(おぞ)ましい様に、アニエスは思わず息を呑み、対応を取れなかった。



「自分で殺しておいて、慰霊?」



それが唱えるは、怨み。



「自分は生きながら、贖罪?」



 それが語るは、憎しみ。



「未来? 私たちは絶えたというのに」



 それが吐き出すは、嫉み。



「都合のいいことばかりペラペラと……! そのような物、わたくし一つたりとも認めはしませんわ!」



 それが湛えるは、怒り。


 己を戦いに駆りたてた原初の感情を胸に、エマニュエルは立ち上がる。



「なっ……まだ、立つのか!?」


「あの姿は……!?」



 それは鎧の機能か。それとも切なる叫びと想いが作り出した新たな魔法か。溶け、用をなさぬ左腕は崩れ、塵となって他の壊れた部分を埋めた。

 割れた兜は作り直され、悪魔の笑みのようだった赤いスリットは見開かれた巨大な目のように兜の前面を覆い、血走るがごとく赤い筋がいくつも後頭部まで回っていた。

 エマニュエルの体は死にゆきつつある。しかし残った命全てを燃やし、心臓を動かし、息を吸い込み、彼女の魂をいまだその身に留めていた。



「もう止めろ! これ以上戦って何になる!」


「何にもならなくて良い! 私達を踏みにじったあなた達が、笑い、泣き、人生を歩む! それ自体が我慢ならない! やり返さねば、気が済まないのです!」



 エマニュエルは駆ける、許しえぬ仇へと。焼き切られもはや動かぬ下半身を保全する必要は無く、鎧の足は本来の全力をもってエマニュエルの想いに応える。瞬時に距離を詰めたエマニュエルに対しオーレリアンは咄嗟に跳び下がり、鞘に納めていた聖剣に手を伸ばす。



「させませんわ!」



 聖剣が鞘から抜き放たれるその瞬間、エマニュエルが地面を踏む。地面に対し一動作が必要な土の力はオーレリアンとの戦いにおいて使う隙がなかった。しかし人の限界を取り払った今、その速度は彼の対応速度を上回っていた。地面から突き出る石の槍はオーレリアンの手首を砕き跳ね上げる。



「しまっ……」



 手から聖剣が抜け落ち宙を舞う。それに向けて、エマニュエルは飛んだ。



「こんのおっ!」



 聖剣の奪取を阻止するため、背後からアニエスの魔法が放たれる、だがエマニュエルはそれを振り向きもせず、風の力による細かい左右運動で避けた。



「見もせずに!?」



 その言葉は間違っていた。エマニュエルにはアニエスの攻撃がしっかりと見えていたのだ。兜に入った赤い筋、それ全てが目であり、鎧とより深く繋がったエマニュエルにほぼ全周の視界を与えている。人間の脳では処理しきれないその情報量は、無用となった左腕と下半身と内臓の半分ほどを担当する部位を使って補う。経験と連携の壁を、人の枠を外れることで乗り越えんとしたエマニュエルの手が、聖剣に届いた。



「リュミエールよ!」



 エマニュエルの声と共に刃が輝きを放つ。手を伸ばしたまま体をひねれば、眼前には憎き仇、オーレリアン。



「勇者! これが、私の答えですわ!」



 宴を惨劇の場に変えた勇者の言葉、それを返しながらエマニュエルは腕を振り抜く。あの日の再現の如く閃光がほとばしり、勇者を飲み込む。



「アニエス、すま



 勇者の最後の言葉は誰にも届くことなく、勇者と共に塵になって消えた。



「あ……」



 それを見ていたアニエスは呆然と呟く。



「ああああああ! そんな!! 嘘よ!!! オーレリアンッ!!」


「やった……! 勇者を!」


 それは悲鳴に代わり、アニエスは顔を、頭をかきむしり叫ぶ。エマニュエルは最大の敵を倒した安堵に息を一つつく。そして。



「あと一人……終わらせますわ、ここで!」


「終わるのは……あんたよっ!!」



 王家と勇者パーティー、最後の一人ずつが視線を交差させた。



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アニエス


身長 160㎝ 年齢:28 目の色 えんじ色 髪:金 パーティーの役割:火力投射

服装: ブラウスと暗色主体のローブ、膝程度のスカート。現役引退後はスカートを長くして落ち着きを演出していた


 勇者と共に旅に出た魔法使い。しっかり者でしばしばパーティーのかじ取りを行ってきた。勝気ながら情を忘れない性格。パーティーにおいては主に火や雷と言った攻撃魔法を操り、激しく敵を打ち倒すその姿はいつしか『紅炎の魔女』と呼ばれた。授かった火の力は極まり、もはや炎ではなく閃光の域に達している。オーレリアンによる政権簒奪後は彼と事実上の夫婦関係を築きつつ、王都西部の地元を領地とし、多くの学校を立てて教育に力を入れるかたわら、魔王の遺産『魔王の頭脳』を解析して未知の知識を見出すことに努めている。

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 初手、アニエスの放った魔法の閃光と、聖剣の放った閃光が衝突し爆ぜる。爆風に乗じて互いに上昇、撃ち落とさんとするアニエスと、接近し斬り捨てんとするエマニュエルの攻防が始まった。



「あの時! あの時確実に殺しておけばよかった!」


「いいえ! 誰一人殺すなどしなければ良かったのです!」



 空を貫く閃光を放つアニエス、エマニュエルは予備動作から狙いを瞬時に予測し、避ける。



「オーレリアンは世界を良くしようとしていたのに! お前が全部ぶち壊した!」


「良くするためと言って殺した人たちの前でそれが言えまして!?」



 アエマニュエルは高度を速度に変えつつ左右へのランダム移動を織り交ぜながらアニエスとの距離を詰める。それを阻もうと放たれた光球の弾幕がキャンプのテントを次々吹き飛ばす。



「じゃあお前に鎧を渡した神はどうなの! 神が隠した技術があればいったいどれだけの人が死なずに生きられたと思う!? その片棒を担いでるお前が言えたことか!」


「ならなぜ神を討たなかったのです! 結局あなた達は自分たちの手の届く弱い相手から奪っただけ! あなた達は勇者などではない! ただの、卑怯者ですわ!」



 弾幕をすり抜けたエマニュエルが下から切り上げ一閃。閃光が地面を薙ぎ払い、赤い筋を大地に刻む。その一撃を躱したアニエスは顔を赤らめて叫んだ。



「彼を侮辱するなあああっ!!」



 距離を詰められたアニエスは前方への爆風魔法を放ちエマニュエルを吹き飛ばす。空中で姿勢を戻すエマニュエルに追撃の光線が飛び、工場に着弾。煙突が砕け倒れる。躱したエマニュエルの放つ、横薙ぎの光の刃が街路樹をまとめてなぎ倒し炎上させる。二人はもはや互いに相手しか目に入っていない。かたや母親の、かたや愛する男の仇を討つために、持てる全ての力を相手に向ける。空中で繰り広げられる複雑かつ高速の機動と、織りなす火力魔法と聖剣の光の応酬はさながら空に描かれる前衛芸術。空を裂く音、破壊音、悲鳴、全てが一体となって勇者の治世の崩壊を告げる。



挿絵(By みてみん)




「幸せな国が出来るはずだったのに! 沢山の人が喜んでいたのに! お前はこれからこの世界をどうするつもりなの! 平和を! 未来を! どう守って行くつもりなの!」


「あれこれ考えるのはやめましたの。もとより私は死人、あの夜あなた達に殺されたのです! その命の残り火ももう消える、平和も未来も、死人にはどうでもよいこと!」


「過去しか見れない亡者がっ! 今生きる人の邪魔をするなあっ!!!」



 破壊をまき散らすうち、二人は街の中心である王宮へと流れて行った。爆風で窓ガラスにはひびが入り、光刃が白亜の壁を袈裟切りに裂く。



「(このままじゃ……!)」



 焦りを覚えたアニエスは賭けに出た。攻撃の手を緩め、エマニュエルの動きを見据えながら魔力を蓄積していく。



「(オーレリアン、私達を守って!)」


 

動きを止めたアニエスに、エマニュエルは一瞬戸惑った。しかし残り少ない命に止まる選択肢はない。右肩を前に出し、腕で体を庇うようにしながら接近、一文字の横薙ぎを繰り出す。



「そこだっ!」



 アニエスは自分から距離を詰め、その腕の方に体を当てに行く。剣に比べればマシとはいえ、装甲された腕と強化された筋力の組み合わせはアニエスの骨を砕き、体を弾き飛ばした。しかしそれこそアニエスの狙い通り。弾き飛ばされる寸前、蓄積した魔力をすべて放出。エマニュエルの向こう側へと巨大な光球を作り出し、大爆発を起こす。エマニュエルは咄嗟に腕で体を庇ったものの至近距離で爆発を受けた。アニエスも吹き飛ばされながら自身の推進力で離れたとはいえ、やはり爆発に巻き込まれ飛行の制御を失う。二人はそのまま王宮へと墜落していった。


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アニエス(その2)

 

 アニエスの両親は錬金術師であった。二人は魔王に対抗するため、誰でも使える爆ぜる薬、すなわち火薬の研究している中、事故で命を落とす。アニエス6歳の日のことだった。それ以後アニエスは祖父母に引き取られて過ごし、オーレリアンとはその頃からの付き合いである。勝気にふるまう彼女だったが、見る影もなくなった両親の死にざまはいつも彼女を苛んでいた。

そして魔王に世界の真相を聞かされた時、彼女の中で全てが繋がった。彼女の両親もまた、神に殺された犠牲者なのだと。そう確信したアニエスは、世界の枠組みを破壊し作り変えることを躊躇わなかった。そのための犠牲も厭わなかった。危険な研究に事故はつきものだったというのに。

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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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