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第二十八話 届かなかった復讐者

前回のあらすじ


 アニエスによる砲撃を凌ぎ、ついにエマニュエルは王都にたどり着いた。そしてその彼女を魔王と呼ぶ、崩壊したドレメールからの避難民たち。そして彼らの希望である勇者もまた、その場に現れた。魔王を倒した聖剣と白い鎧に身を包んだ勇者は、エマニュエルに神の欺瞞、世界に満ちる悲劇について問う。だが、エマニュエルはもはや揺らがなかった。旅の最大の目的、両親の仇が目の前にいたのだから。勇者、そして魔女。勇者パーティー最後の二人を前に、エマニュエルは最後の戦いを始めたのだった。


「アニエス、援護を!」


「ええ!」



 先手はオーレリアン達が取った。頭上程度の高さ浮かんだアニエスが光弾を放ち、エマニュエルに回避を強いる。そこを聖剣で攻めるオーレリアン。シンプルながら隙の無い連携が、エマニュエルを襲う。



「(物陰に!)」


「甘い!」



 元は街道沿いの(うまや)だった場所に隠れたエマニュエルだが、魔法の爆撃が建物を吹き飛ばす。その中に迷わず飛び込むオーレリアンの剣撃。共に旅立ち、ずっと共に戦ってきたからこその、互いを信頼した息の合った連携だった。



「ならば!」



 先にアニエスの方を倒さんと、空に舞い上がるエマニュエル。だがそれこそオーレリアン達の思うつぼ。上向きの射線となり誤射の心配がなくなったアニエスから猛烈な弾幕を浴びせられ、さらにオーレリアンは剣を掲げた。



「(あれはっ!?)」



 エマニュエルの脳裏にフラッシュバックする、父と祖父が命を奪われた瞬間。その時の勇者の構えと全く同じものが、自分に向けられていた。



「リュミエールよ!」



 輝きを増した聖剣が振り抜かれる寸前、エマニュエルは下へと加速。莫大な熱量を持つ光の塊をかろうじて躱す。肩から地面に落ちたエマニュエルに、アニエスからの追撃。炸裂する魔法の衝撃が鎧ごとエマニュエルを揺さぶる。



「くううっ!」



 エマニュエルは感覚で、鎧にダメージが蓄積しつつあるのを感じる。このまま攻撃を受け続ければ、待つのは敗北。なんとかして攻めに転じる必要に迫られていた。



「(飛ぶのは駄目、だったら!)」



 エマニュエルは立ち込めた土埃の中立ち上がり、オーレリアンへと急接近する。破壊された建物から飛んだ材木を手にし、左手には水の射出機。放たれた細い水流は聖剣で防がれ瞬時に蒸発する。だがその蒸気が一瞬、オーレリアンの視界を塞いだ。



「やああっ!!」


「こんなものでっ!」


 上段から振りかぶった材木の殴打を、オーレリアンは気配で察知し切り払う。だがそれはエマニュエルの狙い通り。切り払った刃が戻る前に、剣を振れない超至近距離まで詰め、組み付きを仕掛ける。



「(勇者と言えど体は人間! 掴んでしまえば!)」



 エマニュエルの鎧の力をもってすれば、人間など焼き立てのパンのように引き裂ける。剣で戦ってきたオーレリアンは格闘戦の経験は薄いと読んだエマニュエルの考えは正しかった。しかし。



「そうはさせない!」



 オーレリアンは肩に伸ばされた右手をいなしながら、それを高跳びの棒の如く跳び越え、左手から逃れつつエマニュエルを軸にして背後へ回る。かつて彼がデボラから教わった軽業の技が、彼の命を救った。



「だったらっ!」



 鎧に手をかけたオーレリアンが剣を逆手に持ち替え、エマニュエルの脇腹を貫かんとした時。そのかけられた手を押さえ、エマニュエルはオーレリアンごと一気に上空へ舞い上がる。



「(この高さならっ!)」



 人間であれば墜死は免れない高さ。それは勇者であろうと例外ではない。そして相手に空を舞う力はなく、自分が圧倒的に有利な状況へと成功したエマニュエルが体をひねってオーレリアンを突き放し、正対して仕留めようとした時。オーレリアンの手に剣が無いことに気づいた。



「え……」



 エマニュエルは背後の気配に気づく。忘れていたわけではない。大まかな位置を確認し、自分とオーレリアンの直線上に居るように調整して、むやみに魔法で撃たれないようにしていた。しかし、それでもやはりエマニュエルには先入観があった。『聖剣は勇者の武器である』と。



「はあああああっ!」



 背後からの声に振り向く前に、その背に刃が食い込む。輝く刃が翼を折り、制御を失ったエマニュエルはきりもみになって落下していく。視界の隅には、勇者が投げ上げた聖剣を受け取っていたアニエス。



「そんなっ!? 勇者が聖剣を手放すなんてっ……!」


「聖剣は道具に過ぎない! 僕の本当の武器は仲間と……そして未来へ進む意志だ!」


「オーレリアン!」



 落ち行くエマニュエルを尻目にアニエスはオーレリアンを空中で捕まえ、互いに支えあうように浮遊魔法で浮かぶ。そして二人で聖剣の柄を握り、エマニュエルへ向けた。



「僕たちは、自分たちの手で未来を掴み取って見せる!」


「神にも魔王にも、邪魔なんてさせない!」


「幾多の犠牲を、無駄にしないためにも!」


「道を開けなさい! 王家の亡霊!」

『リュミエールよ!!』

 


 二人が声を合わせ、聖剣が輝きを放つ。突き出された刃に合わせて光がほとばしり、エマニュエルを飲み込んだ。



「あああああっ!」



 鎧が熱に負ける。左肩から襲い掛かった光は鎧を焼き、装甲を溶かし薄い部分を突き抜ける。目のくらむ光の中、身を焼かれる苦痛と共に、エマニュエルは墜ちていった。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

オーレリアン


身長 175㎝ 年齢:29 目の色 ブラウン 髪:黒 パーティーの役割:リーダー

服装: 仕事時は仕立ての良いスーツ。プライベートでは簡素なシャツやズボンを好む


 聖剣を抜き魔王を倒す旅に出た勇者その人。アニエスとは幼馴染。正義漢であり弱い人や悲しむ人を放っておけない性格で、魔王を倒す旅の中、たびたび寄り道をしては小さな村、地図にもないような集落の困りごとを解決していった。だが救えなかった者たちも多く居て、その過程で世の中の不条理さや都市と地方の格差を強く感じるようになっていった。そして旅の最終局面において、それは神が意図的に技術を制限したためだと知らされた勇者は、世界を変えることを決意した。王位簒奪、その後の諸侯の反撃を制した勇者は、魔王を倒したという実績とそれに裏打ちされた人気、そして王家を一掃した武力をもって世界に君臨し、魔王の頭脳から引き出した知識、魔王の胃袋で作り出した資源、魔王の子袋と魔王の喉笛で作った労働力を用い、大統領として社会の近代化を目指した。

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 オーレリアンとアニエスは地上に降り立つとエマニュエルの墜落地点に近づいていった。熱されガラス状となった土の上で、黒い鎧が天を見上げ横たわっている。その左腕は溶けていびつな塊となり、深く裂けたわき腹からは人体の焦げる臭いが漏れ出ていた。半分破れた兜からは煉瓦のような赤毛と、悲しみをたたえた目が覗いている。



「ああ……」



 自分を見下ろすオーレリアンとアニエスに向けて、軋むような音を立てながら鎧は手を伸ばした。



「届かな、かった……ごめんなさい、お父様、おじい様、お母様……仇、討てませんでした……けど、けど私、頑張りましたわ……褒めて、くださいますわよね……?」



 熱にうなされた子供のような、力のない声。それは憐れみを誘うもので、オーレリアンは構えていた剣を下ろした。だが彼に代わってエマニュエルを討たんとするものが、物陰から飛び出す。



「このやろーーーっ!!」



 小さな子供が拳ほどある石を手にしてエマニュエルの頭を何度も打ち付ける。おもわず、オーレリアンはその少年を制止した。



「何をするんだ、やめなさい! もう彼女は……」


「うるさい! こいつのせいで、ママは、ママは!」



 勇者はその少年、エドモンとエマニュエルの関係を知らない。しかし、エマニュエルによる惨禍の犠牲者であることは容易に理解できた。



「それなら、僕を殴るんだ。大元をたどれば、責任は僕にある」


「え、そんな……何言ってるんだよ勇者様……」


「そうよオーレリアン! 全部こいつがやったことじゃない!」


「確かにやったのは彼女かもしれない。けどそこまで追い込んだのは僕だ。彼女の家を、家族を、居場所を、国を。10歳そこらの少女から何もかもを奪ったんだ」


「隠れて暮らすっていう選択もあったわ。なのに戦いを選んだのは王女自身よ! 身勝手な復讐で何万人も死なせて、許されることじゃないわ!」


「話と状況から判断すれば、王女が実際に手を下したのは僕たちの仲間と近くの数人だ。その結果街が崩壊してしまったのは、そういう社会にした僕らの責任だよ」


「勇者様……」


「……薄々、気づいてはいたんだ。僕らは魔王の知識や遺産を使って社会を急速に進歩させたけど、それに伴う歪みが生まれた。だけどそこから目をそらし続け、とうとうこんなことになってしまった。僕たちは初めから間違えていたんだ」



 オーレリアンは、周囲を見回した。戦闘で破壊され、煙を上げる難民キャンプとそこで怯える人々。仲間たちの治めていた街は一つを除き崩壊し、再構築には膨大な時間がかかる。自分に統治の才能は無かったのだと、認めざるを得ない状態だった。しかしそれでも、オーレリアンはあきらめてはいなかった。



「これから国を立て直していかなければならない。これまでみたいに魔王の遺産で楽はできない。いくつもの困難を多くの時間をかけて乗り越えて行かないといけない。だけど、きっとこれが本来の人間の歩き方なんだ」



 皮肉なことに、彼の達した結論は期せずして神と同じだった。神にも魔王にも頼らない、本当の意味で自らの足で歩いていくのだと。そう決意したオーレリアンは、右手を伸ばしたまま動かない黒き鎧にも目を向けた。



「先の話になるけど、立て直しが済んだら……この事件で亡くなった人たちの慰霊をしよう。デボラ、コレット、ジョルジェット……大勢の人たち、そして……彼女たち王家も。そしてあの日の真実を明らかにして彼らの名誉を回復させるべきだ」


「オーレリアン、でもそんなことしたら……!」


「僕たちもきっと、非難されるだろうね……だけど、それは必要な事なんだ。僕たちの犯した罪だ」


「勇者様、罪って一体……」


「その時が来れば、わかるさ。けど約束する。必ず国を立て直して、君達みたいな悲しむ子供が居ないようにする」


「はあ……まったく、オーレリアンってば昔からそうなんだから」


「すまないねアニエス、君にはいつも苦労をかけっぱなしだ」


「はいはい、慣れてるから大丈夫よ……ついていくわ、あなたに、どこまでも一緒に」


「ありがとう……今日が、この国の本当の出発の日だ。素晴らしい未来を作ろう! それが、きっと何よりの贖罪になるはずだ!」



 爽やかな風が吹き抜ける中、オーレリアンは誓う。愛する女性、そして未来ある子供を傍らに。エマニュエルもまた、それを聞いていた。聖剣は敵を焼き切る物。それ故に傷口は固まり、死までいくばくかの猶予が出来ていたのだ



「……神様……」



 エマニュエルは思った。勇者たちはこれから少しずつ国を立て直していくのだろう、と。多くの困難に立ち向かい、一つ一つ乗り越え、人々と共に歩んでいくのだろう、と。それ故に……エマニュエルは痛みも消えゆく体で、願った。



「私の命、全て使って構いません。私に勇者たちを殺す力を!」



 願いと共に、鎧が唸った。


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オーレリアン(その2)


 オーレリアンの目指す社会は弱い者が助けられ、悲しむ者が救われる社会。そのために社会基盤の発展と産業の拡大、制度による平等な福祉を実施した。それは成功し街から悲しむ顔は消えていった。だが大統領としての仕事が増えていくにつれ仲間との交流は減っていき、仲間への信頼ゆえに歪みを正す機を逸した。付け焼刃で答えだけを聞いた者が新たな問いに答えを出せるはずもない。英雄は英雄のまま舞台を降りるべきだったのだ。


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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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