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第二十七話 たどり着いた復讐者

前回のあらすじ


 王都への道すがら、エマニュエルは神と魔王が対立する切っ掛けを聞いた。神と魔王はそれぞれの考えの元世界を発展させようとし、そのための企てを巡らせていたのだ。勇者もまた、魔王と対峙したことによりそれを知り、神に背くことを決めた。様々な思惑や偶然の絡み合いの結果起きたこの戦い、それを理解しすることはエマニュエルにはできなかった。そして時間をかけて飲み込むこともできなかった。目の前に王都が見えた矢先、勇者最初の仲間である紅炎の魔女アニエスの魔法が、襲い掛かってきたのだ。

 エマニュエルは一つ目の火球を回避した直後高度を下げ、王都近郊の森に突っ込む。木への衝突すら利用して急減速、目標を外した火球は地面を穿ち火柱を上げた。爆風に吹き飛ばされて枝や落ち葉を舞い上げながら、エマニュエルは地面を転がる。



「アニエスの魔法……!」



 神の声を待つまでも無く、エマニュエルはそう判断を下した。煙を上げる装甲は、もし直撃すればこの鎧もただでは済まないことを物語る。



「……けど、今は行くしか!」



 たとえ身を隠しても兵を送られて探し出され、魔法で撃たれるのは自明。それならば、とエマニュエルは王都への足を止めず突き進む。木々が途切れたと同時、草が膝にあたるほどの高さで飛行。最速で王都の城壁を目指す。それを、アニエスは飛行魔法で上空に浮かびながら見ていた。



「大玉は躱せるっていうの!? だったら……!」



 アニエスは対多数用の魔法を構える。横に構えた長い杖の両端から一つずつ、アニエスの身長を超える程の直径を持った光球が生じ、左右に滞空する。



「これは……どう!」


アニエスは杖を黒い鎧に向けた。金色の長い髪が風と魔法の余波で激しく波打ち、二つの光球から無数の小弾が飛び出していく。それは下から見上げるエマニュエルにとって、さながら光の雨のごとく映った。



「うあああっ!!」



 小弾と言っても、当たれば人ひとりの体は十分吹き飛ぶだけの威力を持つ。無数の小爆発の中、次々と被弾していくエマニュエル。しかし。



「こんな、ものでええっ!」



 エマニュエルは土の力を使う。空中で態勢を整えながら地面をひっかくように蹴ると、大量の土砂が大波を作りエマニュエルを覆う。小弾は波の表面で弾け、エマニュエルは安全な波の下で次の波を生み出す。さながら水面を飛び跳ねるイルカの如し。それを上から見ているアニエスには、穏やかな草原を土色に切り裂いて進む怪物に見えた。



「あれは、ジョルジェットの!? なんで……!」



 幾度となく自分たちの盾になってくれていたジョルジェットの技が今度は敵の技になっていることに動揺したアニエスだが、すぐに気持ちを切り替えて次の魔法を構えた。



「もう距離が近い……なら確実に当たるこれで!」



 アニエスは杖を天に掲げる。その先端に青白い光が集まり、周囲に電撃が走る。それの放つ雷鳴は、下にいるエマニュエルにも聞こえていた。



「この音……!」



 エマニュエルにとってはトラウマでもある雷撃魔法。それでも、ひるまず進む。勇者の冒険の話を何度も吟遊詩人から聞いていたエマニュエルは、ノルプラージュにおいてアニエスが『貪食の王』が吐き出した水流に雷撃を伝わせ、内部から焼いて倒したという逸話を聞いていた。



「それなら、こうすれば……!」



 エマニュエルは両腕に水の射出機を生成。目の前で交差させるようにして片方を空、片方を地面へ放つ。直後、(いかづち)が空を裂く閃光と轟音。それが収まった時。雷撃をいなしたエマニュエルは街壁にたどり着いていた。



「くっ!」



 射線を切られたアニエスは上に回り込もうと移動を始める。その間にエマニュエルは壁に沿って門を目指す。街壁を飛び越えることは可能だったが、強力なアニエスの魔法に身を曝すことを嫌い、門をすり抜けることを選んだ。



「(ここからなら、すぐ!)」



 勝手知ったる自分の街。アニエスが回り込むより早く、門へとたどり着くエマニュエル。しかしそこで見たのは無秩序に並ぶボロボロのテント。しばらく使わない冬服や傷んだシーツなどで作られたそれらからは、着の身着のままの人々が魔法の轟音に怯えながら様子をうかがっていた。



「これは……」



 それはドレメールからの避難民たちのキャンプだった。怯えた視線がエマニュエルに集まる。受けた魔法の熱が抜けきらず、陽炎を纏うその姿に、誰ともなく、呼んだ。



「魔王……」


「魔王だ!」


「魔王の再来だ!」



 その形容は魔王の実態からすれば、誤ったものであった。だが恐怖と暴力の象徴としてそれ以上の言葉を民衆は知らず、そして一度倒された存在の名を使うことで、ある種の安心を得ようとしていた。

そして魔王が居るのならば、そこに彼が居るのもまた、自然なことだったのかもしれない。閉じられていた街門の扉が開き、そこに立つのは白磁の如き鎧をまとった英雄。アニエスからの連絡を受け急行したオーレリアンがそこに居た。



「オーレリアン様だ!」


「勇者様!」


「我々をお守りください!」



 歓声に迎えられ踏み出すオーレリアン。神が示した計画では、彼は最後に倒すはずだった。しかしこうなってはもはや背を向けるわけにもいかない。アニエスが来る前に、何とか倒すしか無くなった。最大の強敵と目する相手に、エマニュエルも下手には動けずじりじりと距離を詰める。



「君が、あの時の……第三王女なのか」


「いかにも。皮肉ですわね、魔王に与したあなたが勇者で、神に救われた私が魔王と呼ばれるなんて」


「神……! おかしいと思っていたんだ。いくら現役を退いたからって、皆がそう簡単に負けるはずがない! そうか、その鎧も……!」


「神からの貰い物ですわ。だけど卑怯だなんて言いませんわよね? あなたの剣だってそうなのですから!」



 先に仕掛けたのはエマニュエル。剣を抜いて地を蹴り、オーレリアンに斬撃を繰り出す。それを迎撃するオーレリアン。



「リュミエールよ!」



 名を呼びながら鞘から抜き放った刃が光を放つ。刃同士が衝突すると、エマニュエルの剣はたちまち焼き切られ、輝く刃がエマニュエルの胴を袈裟切りに薙ぐ。



「くっ!」



 跳び下がるエマニュエル。その胸には蝋を引っ搔いたような傷が深く刻まれていた。



「(薄い所だと貫かれてしまう……!)」


「君はわかっているのか!? 神の欺瞞を!」



 オーレリアンは地の果てで魔王にそれを教えられた。その衝撃をエマニュエルにも伝えんと、大げさな身振りを加えて彼は問う。だが、それに対してエマニュエルは眉一つ動かさず返した。



「それは神が機械であったことを言っていますの? 世界が思っていたより小さかったこと? それとも神がひそかに人々を殺めていたことでしょうか?」


「知っていながら!」


「私にとっては些細なことですわ。神の采配に私達の考えが及ぶはずもありませんもの……そしてっ!」



 エマニュエルは柄だけになった剣を投げつけ、それに続くように突進する。



「あなた達が私の家族を殺した! それは揺らがない事実なのですから!」


「くっ!」



 剣は僅かに身をそらして躱したオーレリアン。その顔を刈り取らんばかりに跳躍からの足を振りかぶった蹴り抜き。オーレリアンは上半身を傾けて躱す。エマニュエルは飛行能力を使って急制動をかけ、空中で静止したまま半回転、回し蹴りを見舞う。それをさらに回避するため体を倒して姿勢を崩したオーレリアンに、急加速。体重を乗せた足裏が左胸を打ち抜く。



「ぐはっ!」


「まだっ!」



通常なら胸が潰される一撃を、転がり、受け身を取ることでいなすオーレリアン。しかし殺しきれない衝撃は肺から空気を奪い、片膝をつかせた。貴重な隙を逃さぬとばかり、エマニュエルは両腕に水の力の射出機を生成、構える。射撃に入ろうとした時、光線が二人の間に突き刺さり、炸裂。土煙が視界を奪う。闇雲に撃ったエマニュエルだが、命中した手ごたえはない。



「オーレリアン! 大丈夫!?」


「ああ……すまない……!」


「アニエス……!」



 土煙の向こうから聞こえるのは勇者パーティー最後の一人、アニエスの声。エマニュエルは各個撃破と言う自身の目論見が失敗したことを悟った。



「近くの人はおおよそ避難させたわ。全力で行けるわよ」


「ありがとう、アニエス!」



 エマニュエルは、オーレリアンに向けられていた歓声が、自身に向けられていた恐怖の視線がいつしか消えていることに気づく。その時になって、オーレリアンはあえて攻撃を受け、自分を引き付けていたのだとエマニュエルは理解した。



「(二対一……けれど、ここで退くわけには!)」


「さあ、ここからが本番よ!」


「ああ、僕たちの未来のために!」



 後顧の憂いを無くし、勇者と魔法使いは並び立つ。対峙するエマニュエルは決戦の時が来たと悟り、これが最後と思いのたけを叫んだ。



「未来!? 私たちの未来は奪っておいて!」


「それについては、言い訳のしようもない……! だが、それでも僕たちは進むと決めた!」


「殺す必要がどこにあったと言いますの!」


「君も知ったんだろう! 神は意に沿わない知識を得た人を殺している! 僕たちがそうならないためには、社会を一気に変える必要があった! 神が死んだ魔王を取り込んでいる間にだ!」


「魔王の甘言に乗ったからそうなったのでしょう!」


「甘言ですって!? あなたはお城で過ごしたお姫様だからそんなことが言えるのよ!」


「何を!」


「君は見たことがあるか? 流行り病になり魔法も効かず、家族を小屋ごと焼くしかない人たちを! 飢えてどの子を生かすか選ばなければならない親の姿を! 勇ましい勇者の話しか聞いたことのない君たちには、そんな小さな悲劇は届かないだろう!」


「魔法でもどうしようもない人たちを、魔王や神の知っている……カガクの力なら救えるの! あなた達王家にそれが出来たって言うの!?」


「そのために邪魔だから私たちは殺されたというのですね……命の選別を悲劇と言いながら、自分たちは平然とそれをする! その傲慢、ここで終わらせますわ!」



 どのみちここで退けば、背後から魔法で撃たれてやられるのみだとエマニュエルはよくわかっていた。選択肢はない。未来を掴み取らんとする者と、未来を奪われた者の戦いが今最後の幕を開けようとしていた。


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勇者の旅路:魔王その2


 肉塊は一切の抵抗をせず、勇者たちの頭に響く声で言った。

「私こそ魔王である」と。想像と違うその姿に困惑する勇者たちに、魔王は見せた。この世界の成り立ち。旅立ちの地にあった、神々の世界と見まがう進んだ世界を。そして言った。神と手を切り、世界を変革するのであれば、人々が手にするはずだったそれを与える、と。勇者は悩んだ。しかし、歴史を紐解けば、世界は過去何度も飢えや病に脅かされてきた。魔王を討ち、魔物の脅威がなくなったとしてもそれは変わらない。勇者は心を決めた。魔王は自らの心臓を勇者に砕かせ、神から奪った権限を勇者たちに委譲する。かくして、勇者による迅速な世界変革とそのための旧体制の一掃、血に濡れた革命が始まるのだった。

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