第二十六話 故郷への帰還者
前回のあらすじ
ジョルジェットが倒れた街では、人民裁判が始まっていた。それを厭世の気分で見ていたエマニュエルだが、神にこの世界についての疑問を向ける。それに対する回答は、かつて神と魔王が共にこの世界を作ったというものだった。睡眠による圧縮学習で、エマニュエルは世界の始まりの光景を垣間見る。世界の構造を思いもよらぬ形で知ったエマニュエルは動揺する、だがそれと確かなことが一つ。両親の仇は、未だ王都に居る。エマニュエルは王権騎士団への最後の手向けに、街に送られた鎮圧部隊を撃破すると、一人王都へと向かうのだった。
深夜、元王宮にして大統領府の執務室。元勇者オーレリアンは体を机に預け、項垂れていた。灯りは窓から入る星明りのみ。鎮まり切ったその部屋を、彼に残された最後の仲間が訪れた。
「オーレリアン……」
「アニエス、駄目じゃないかこんな時間に……」
「大丈夫よ。それより……」
長い金髪が映える濃紺のナイトガウン姿のアニエスはオーレリアンに寄りそう。人生の半分近くを連れ添った彼女から見ても、オーレリアンは疲弊していた。
「……派遣部隊からの連絡が無い。どうやらヴィルドミーニュも、やられたようだ」
「ジョルジェット……やっと平和に暮らせるって言ってたのに……」
仲間をすべて失い、もはや二人の声に応える者は居ない。ヴィルドミーニュ陥落の報はいまだ公表されてはいなかったが、耳の速い者たちは既に王都からの脱出を企図していた。街の外周にはドレメールからの避難民がキャンプを作り、国立病院にはノルプラージュから運ばれた廃人達が詰め込まれている。市民たちの間には不安が広がり、大統領の責任を追及する声も上がり始めていた。
「僕は、間違っていたんだろうか……?」
「そんなこと無いわ! 神も魔王も居ない、人が自分の足で歩める世界を作ろうって、あなたの考えは正しかった! だから私も、人間相手の戦争でも戦えたの!」
「だが、その結果がこれだ……! 僕は……魔王に騙されたんじゃないのか? 夢のような世界、進んだ世界を見せられて、まんまと世界を滅ぼす手助けを……」
執務室に乾いた音が響く。張られた頬を抑えて驚いた表情をするオーレリアンを、アニエスは叱咤した。
「馬鹿! そんな弱気になってどうするの! 窓から外を見て! たくさんの工場、病院、誰でも使える電気の明かり! 全部あなたが居なければ作れなかった! 病に倒れる人、パンを買うお金もない人は減り続けてる!」
「アニエス……」
「もし、間違っていたのなら改めてやり直せばいい。何度でも。一緒に考えればいい。大丈夫……私が、家族が一緒にいる」
アニエスに抱擁され、オーレリアンは魔王を討った日のことを思い返す。魔王が見せた、かつて魔王のいた世界。はるかに進んだ文明とその知識。本来なら自分たちが生きていた世界。それを取り戻したかった。世界の皆がそれを享受する権利があると信じた。だからこそ示された道を外れ、彼自ら、その意志において選んだ。
「ああ……ああ、そうだ……そうだとも。僕らは未来を掴み取るんだ。それが何であれ、阻む物は乗り越えると決めた……!」
オーレリアンの目に力が戻る。アニエスの肩を持ってその目を見つめ、あの日のように見つめあう。
「アニエス、ついてきてくれるかい?」
「ええ、オーレリアン……あなたとなら、どこまでも」
神に逆らうと決めた日の言葉を繰り返し、誓いを新たに、オーレリアンは宝物庫に向かった。そこに収められた聖剣『リュミエール』を再びその手にするために……
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勇者の旅路:魔王
ヴィルドミーニュで鉄と石炭を手に入れた勇者たちは蒸気船が完成するまでの間、一度勇者の故郷を訪れることになった。神の導きにより、長い旅に備えて古の祠で修行することになったのだ。祠の中で古の棺のような筒に入り、勇者たちはそれぞれ試練を受け、力を授かった。地水風火、そして勇者には魔王の魂を清める力を。そして勇者たちは蒸気船に乗り旅立った。凍てつく海を渡り、氷の大地を踏みしめ、鉄の異形と戦った。そして魔王の潜む氷の洞窟にたどり着いたとき、そこに居たのは巨大な銀色の肉塊だった。
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「……わからないことがありますわ」
「何でしょうか?」
エマニュエルは単身空を飛びながら、眠っている間に詰め込まれた知識を自分なりに紐解き解釈する、さながら読書のような作業を進めていた。その中で生じた疑問を神に問う。
「あなたは、遥か彼方の世界で作られた機械仕掛けの船で、長い旅路の果てに岩と氷の大地に降り立ち、あなた自身の体を使って巨大な箱庭を作り、この世界が出来た。そこまではわかりました。ですが、なぜ魔王と戦うことになりましたの?」
播種型移民船。エマニュエルにとっては人知の及ばぬ、まさに神の如き機構。そのサブシステムが後の魔王となった。それは知識として与えられた。だが目的を同じくしていたはずの神と魔王はどこかの時点で対立することになった。その理由を神は答える。
「私たちはまず少数の人を生み出し、ともに世界を作る計画でした。しかしその際、想定外の事態が発生したのです」
「それは?」
「魔法です。あのような現象は私の生まれた世界では実在しませんでした。過程は省きますが、結果として最初に生み出した50人の人間は全滅しました」
エマニュエルは驚いた。才能が必要とはされているものの、世界中に広まっている魔法が神にとっては全くの未知だったというのだ。
「私たちに観測不可能な何かしらの力が影響していると推察しましたが、それに対する対応は私と魔王とで割れました」
「一体、どのように?」
「魔王はあくまでも元々の方針を維持しようとしました。創造者から預けられた技術を与え、創造者たちの世界を再現しようとしたのです」
神が言うには地下にある遺跡も元々その目的で使用されていたという。しかし結局、それらは封印された。それが神の方針だったのだ。
「一方で私はあなた達を、もはや私の知る創造主たちとは違う新たな種として、自らの道を歩かせるべきだと判断しました。そのため魔王を封印し、必要最低限と思われる文明を与えて後は見守ることにしたのです」
神は人々を改めて無垢なまま生み出し、後に『魔王の子袋』と呼ばれる装置で作った『親』たちに育てさせた。世界のモデルとしたのは神の故郷にあった、剣と魔法の世界を描いた物語。いくつかの異種族も試作され、最終的に人をベースにしたエルフとドワーフが採用された。箱庭は完成し、人々はそこで生き、死ぬ。そうして日々は流れて行った。
「しかし、魔王は復活したのですね」
「はい。魔王は箱庭の施設を乗っ取り、あなた達が魔物と呼ぶ生物兵器を生み出しました」
「なぜ、そのようなことを?」
「脅威を与えられれば人は打開策を模索します。それに乗じ、人の意識に知識を植え付けて強制的に技術を進めようとしたのです。天才による『発明』として」
「『魔王の喉笛』……」
「はい。あれの本来の使用目的の一つです」
「けれど、そんな……いろんな町で見たような進んだ技術なんて、魔王が倒されるまで見たことがありませんでしたわ」
「はい、私が排除しました」
「排除……?」
「社会に影響が出る前にその個人、あるいは周辺を抹消するのです。主に落雷、土砂崩れなどを用います」
「な、それは……!」
神は、暗殺をしていた。その事実と同時に、いくつもの疑問がエマニュエルの頭に浮かんだ。そんなことをしてよいのか。ならばなぜ勇者たちを同様に止めてくれなかったのか。勇者たちに与えた力はどうなのか。その問いに神は言う。
「今回の事件は多くの規定と例外処理、これまでの観測結果の反映、偶発的事象、実験的試み、その他さまざまな要素が絡み合った結果発生しており、その全てを説明することは時間的に不可能です」
「そう……ですのね……」
エマニュエルは理解を諦めた。いくら同じ血の流れた人間に作られた存在とは言え、それでも一つの世界を作り維持していくなど神の所業に等しい。10年そこそこしか生きていない彼女がそもそも立ち入れる領域ではなかったのだ。
「まもなく王都です」
「……ええ」
エマニュエルは前を向く。目に映るのは、昼下がりの日を浴びる自身の故郷。エマニュエルは戻ってきたのだ。時間にすれば精々長い旅行程度。しかし出発の時と比べれば、エマニュエルは良くも悪くも変化しており、彼女自身それを認識していた。
「こんな気持ちで戻ってくるなんて……っ!?」
エマニュエルが一縷の郷愁を感じたのと、王宮の上空で何かが光ったのは同時だった。体をひねり軌道を変えたエマニュエルをかすりながら、火球がすり抜ける。さらに光が二つ、三つ。地面を穿ち火柱を吹き上げた。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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