第二十四話 嘆きし者
前回のあらすじ
収容所を制圧したエマニュエルは、鉱山の底にさらに深い縦穴があることを知らされる。鎧の飛行機能でそこを降りて行ったエマニュエルは、そのそこで広大な地下施設を発見するのだった。そしてその中の一室、無数の画面に囲まれた部屋の中で、半竜の戦士ジョルジェットの姿を発見し、即座に戦いを仕掛けたのだった。
「う、うわっ! うわあっ!」
ジョルジェットは素手であり、その間に一気に倒してしまおうとエマニュエルは目論んでいた。そのため、反撃に遭うリスク覚悟で、自身の防御を無視した猛攻を浴びせる。上半身や腰回りと言った硬い鱗の部分は攻撃が通らないが、関節や口元のような動く部分、あるいは指先のようなそもそも薄い部分。そう言った部分は刃が通り、肉を裂き、血を流す。琥珀色の鱗と白い皮膚が赤く濡れていく。
「(行ける! 押しているわ!)」
エマニュエルは水流の刃も織り交ぜ、ジョルジェットの体を削っていった。着実に、勝利を手元に手繰り寄せていく。
「(勝てる……! このままなら、勝て……?)」
エマニュエルは疑問を抱いた。勇者パーティーの一員を相手に、圧倒『出来過ぎて』いる。ジョルジェットは逃げ回りながら防御一辺倒で反撃してこず、デボラやコレットのような、神から与えられた力も使ってこない。奇襲し、鎧での戦いに慣れてきてもいるとはいえ、あまりに出来過ぎた状況を訝しんだエマニュエルは一度手を止め、距離を取った。
「は、はあ! はあっ! はあっ!」
「……何を考えていますの? このまま無抵抗に死ぬつもりでも無いでしょう!」
荒れた部屋の中、剣を構え警戒しながらジョルジェットの出方を見るエマニュエル。ジョルジェットは血に汚れ、壁に体をもたれさせながら、その顔をゆがませていた。
「あ、あたしは……あたしは、嫌なんだ! もう、殺し合いなんて!」
「何を今さら! 自分たちが始めておいて!」
「そ、そうだ……確かにあたしたちが始めた……でも! お前の目的は仇討ちだろ!? だったら……あたしはやってない! 家族を殺したのは他の皆だ! あたしは殺してない!」
「見苦しい言い訳を!」
「わあああっ! すまない! 許してくれ! あたしは……あたしは、これで世界は進歩して、より良い世の中になっていくって言われて! それで!」
「いったい誰がそんなことを!」
「魔王だよ! 魔王が見せたんだ、あたしたちに! 進んで、便利で、幸せな世界を!」
「魔王の甘言に乗ったというんですの!?」
そう叫びながらも、エマニュエルははたと気づく。ジョルジェットは記憶にある姿より、かなり痩せていた。肉は落ち、体は張りを失い、相対的に目がギョロついて見える。年月の経過では説明がつかないほどに、その体は力を失っているのが見て取れた。
「あたしは、ただ、皆に公平な世の中にしたかっただけなんだ……! 魔王の見せた世界にはそんなものもあった……」
「これのどこが!」
「だってそうだろう! 持ってる奴は持ってない奴に分け与える! 物の質も値段もみんなで同じなら公平だ! 腕のいい奴が工夫したならその工夫を全員でやれば全体が良くなる! なんで誰もそれができないんだよ!?」
ジョルジェットは悲痛に叫ぶ。彼女なりの、理想の社会を。
「皆、他の奴を出し抜こうとする。財産を隠して、技術は独り占めして、他より上になりたがる。そんな奴らから取り上げて他の弱い人に配るようにすれば……」
「そして、国も力で奪い取った! 多くの屍を積み上げて!」
「好きでやったんじゃない! オーレリアンがやるって! 反対できなかった! 強くて、人気者で! 一体誰が逆らえるって言うんだ!」
「珀土の竜戦士ともあろう人が、なんて情けない!」
「そうだよ、あたしは情けないんだ! 戦うのだって本当は最初から嫌だった! けど、見ろ……この手。こんな硬くて大きな鱗だらけの手じゃ何も作れない、本もめくれない、こんな翼があるから狭い坑道にも入れない! 仕方なく戦ってたらいつの間にか、怖がられるようになって……挙句勇者の仲間入りだ……」
ジョルジェットは間違いなく戦い向きの体を持って生まれてきた。しかしそれが本人の望むところであったかどうかは、また別の話でもあった。
「魔物相手ならまだ良かった、けど人を相手に……諸侯戦争、その次は残党狩り、何度も何度も戦って、その度に……あたしは……恐怖に染まって『化け物』って目で言う人たち、それを斧で潰した! もう、もうそんなのは嫌なんだ!」
「そんなに……そんなに戦うのが嫌だったのなら、なぜあの夜、勇者たちを止めてくれなかったの! あんなことが無ければ、私だってこんなことしなくてよかったのに!」
「ごめん! ごめんよお! 止めるべきだった……! 私はいつも失敗ばかりだ……たくさん人を殺して……作ろうとした世界は上手くいかなくて……オーレリアンにも見限られた……こんな、無意味な人生のためにどれだけ犠牲にしたんだ……」
いつしかエマニュエルの剣の切っ先は下がっていた。強く恐ろしい総督を討ちに来たエマニュエルの前に居るのは、座り込み、頭を抱え涙を流すあなた姿。それはまるで苦悩する老人のようだった。
「うっ……うっ……う、ゴホッ! ゲッ、エ!」
戸惑いを覚えるエマニュエルの前で、ジョルジェットは激しくせき込んだ。
「あなた……病を……?」
「あ、あたしは……30くらいまでしか生きられない……最初っから、そういう風にできてるんだってさ……今、あたしは29だ……」
苦しそうに息を整えるその姿はエマニュエルの付けた傷と相まって痛々しい。尽きようとする命を必死に抱え込む様は惨めなものではあったが、誰にも否定のできないものだった。
「頼む……頼むよ……あたしはもうすぐ死ぬ……せめて最期くらい、何に怯えることもなく、静かに死なせてくれ……」
「っ……」
エマニュエルは言葉に詰まった。どうするべきかは理解している。だがそれを実行に移すのも躊躇われ、さりとて感情に任せて行動するわけにもいかない。そのしばしの迷いが、エマニュエルをあることに気づかせる。
「待って、あなた今『最初から』って言ったわ。なぜそんなことがわかるの?」
病による余命宣告ならばそんな言い方はしない。つまり種としての寿命ということになるが、たった一人しか居ない半竜人の寿命などわかるはずもない。30年という極端に短い寿命を何故、知っているのか。
「この遺跡を見ただろう! あたしはここで作られたんだ! そういう風に! その記録をあたしは見たんだ!」
「作られた? 記録? 一体それはどういうことですの!?」
「作り物なんだ! あたし、いやこの世界そのものが、神に……! 魔王も神もグルになって
「いたぞ! 総督ジョルジェットだ!」
「王女様もいるぞ! 援護するんだ!」
ジョルジェットの言葉を遮り、エマニュエルの背後から武装した王女勢力たちが部屋になだれ込む。負傷したジョルジェットを見て好機ととった彼らは一斉にジョルジェットへ押し寄せた。
「覚悟しろ総督!」
「シメオンの仇だ!」
「う、うわああ! やめろ! やめてくれええ!」
エマニュエルが止める間もなく、無数の武器がジョルジェットを襲う。ジョルジェットの鱗も体躯も、戦意を失い多勢に無勢では意味をなさず、次々と体に刃が食い込んでいく。
「取った! 取ったぞ! 総督ジョルジェットの首を取った!」
斬り取られた首が槍の穂先に掲げられ、歓声が上がる。それに背を向け、エマニュエルはつぶやいた。
「……可哀そうな人……」
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ジョルジェット(その2)
ジョルジェットは自分なりの理想と、忠実な手勢をいくらでも生み出せる魔王の遺産『魔王の子袋』を持ち、ヴィルドミーニュへ戻ってきた。街の地下にある遺跡のことも魔王から知らされていた彼女は、そこに籠ることにした。そこには街全体を見ることのできる神の見張り部屋、不味いながらも滋養に満ちた糊状の食べ物を出す機械などが揃っており、理想のため街を見守っていくのに最適だと考えたのだ。そこに彼女のルーツがあり、残された時間が少ないことを知ることになるとは思いもしないままに。
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