第十八話 鉱山の街の来訪者
前回のあらすじ
コレットを倒したエマニュエルは街を去ろうとする。しかし彼女が目にしたのは、魂が抜けてしまったかのように立ち尽くす街の人々だった。もはや人としての意識はない彼らを助ける術はなく、エマニュエルは暗い気持ちで宿屋に入る。そこで見た鏡には、母と同じくらいの年齢になった自分の姿が映し出されていた。戦いで寿命を削っていることを知ったエマニュエルだが、それでも戦いをやめることはなく、次の街へと向かうのだった。
『ドレメールに続き、ノルプラージュも壊滅! 生存者ほぼ0の見込み』
『魔王の再来か? 赫眼黒鎧の人物の正体は』
王都サン・コリヌの新聞をそのような題字が飾る中、元勇者にして大統領、オーレリアンは沈痛な面持ちで仲間との会議に臨んでいた。
「……すまない、僕の失敗だ……! デボラがやられたとき……いや、小隊が全滅したときにもっと本気で動くべきだったんだ……!」
「オーレリアン……辛いだろうけど、今は落ち込んでる場合じゃないわ」
五人いた勇者パーティーも今や三人に減り、それをした敵はいまだ野放し。厳しい状況であるのは火を見るよりも明らかだった。
「ああ……まずは集まろう。アニエス、ジョルジェット、二人ともサン・コリヌまで来て欲しい。そこで守りを固めながら……」
「……嫌だ」
「ジョルジェット?」
「あたしは嫌だ! あたしは、ここから離れないぞ!」
「何言ってるのよジョルジェット! そんなの、狙ってくださいって言ってるようなものじゃない!」
「あ、あたしは……やってない……」
「何がよ?」
「あたしは……王族を殺してない! 殺したのは兵士だけだ! 第三王女の復讐って言うなら、狙われるのはそっちのはずだ!」
「なっ!」
「ジョルジェット! 君は……逃げるのか!? 仲間を見捨てて!」
「そもそもオーレリアンが王族を滅ぼすとか言うからこんなことになったんじゃないか! あたしは反対したぞ! でも、それで最後だって言うから!」
「今さらそんなこと言ったって仕方ないでしょ! あんただって、そのあと総督になって支配する側になってるくせに、今さら関係ないなんて顔しないでよ!」
「やめるんだ二人とも! 今は仲間割れしてる場合じゃないだろう!」
絵画越しに言いあう二人を何とか諫めようとする元勇者オーレリアンだが、魔王との戦いにおいても欠けることなく生還した仲間が倒れ、互いの関係に入った亀裂は深いものだった。
「とにかく、あたしは行かないからな!」
「ジョルジェット!? ちょっとジョルジェット!」
「……仕方ない。アニエス、君だけでもこっちに来てくれるか?」
「ええ……私たち、どうなっちゃうのかしらね……」
不安そうに呟いたアニエスに、答えを返す者はいなかった。そして一方、エマニュエルはと言えば……次なる復讐相手の元へと飛翔を続けているところだった。
「エマニュエル、アニエスが動きました」
「なんですって?」
「王都サン・コリヌに向けて移動。勇者と合流したのでしょう」
「そうですか……」
エマニュエルはアニエスを次の目標と定めていた。後衛を先に倒しておくべきという神の言葉に従った形になるが、勇者と合流した以上それも難しくなった。
「なら予定を変更いたしますわ。ジョルジェットのところに向かいます」
「では進路をやや左へ。目的地のヴィルドミーニュへは数日かかります。適度な休息をとるようにしてください」
「ええ……」
かくしてアニエスとオーレリアンの懸念通り、孤立したジョルジェットが狙われることとなる。次なる戦地はヴィルドミーニュ。山地に築かれた工業の街であった。
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勇者の旅路:ヴィルドミーニュ
ノルプラージュを確保した勇者たちは魔王のいる北の地へと船を出そうとする。しかし残されたどの船も、荒れた海を渡るには到底及ばなかった。そこで勇者たちは魔王の襲撃により幻となっていた、最新鋭技術を駆使した新造艦『蒸気船』を建造してもらうことになった。そのために必要な大量の鉄と石炭を確保するため、勇者たちは侯爵バルバストルが治める南の一大鉱業都市、鉱山と職人の街ヴィルドミーニュを目指すのだった。
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「ジョルジェットも魔王の遺産を持っているはず……神様、何を持っているのかわかりませんの?」
「彼らが魔王の遺産と呼ぶ物は、魔王の多岐にわたる機能の一部を強奪したものです。誰が何を手にしたかは、実際に確認しない限りわかりません」
「結局でたとこ勝負なのですわね……」
会話をしながら飛翔を続けるエマニュエルの眼下には黄昏時の荒野が広がっている。草木もまばらな、岩と砂の大地が夕日で照らされていた。そしてそれを一直線に貫く金属の道。サン・コリヌとをつなぐ鉄道が、地平線同士をつないでいる。そこを行くは何両も連なる長い汽車。エマニュエルはそれを空から追い越していく。
「王都を出るときにもちらと見ましたが……まるで巨大な蛇のようね」
「勇者たちは魔王の知識を得て、様々なものを世界にもたらしてしまいました。鉄道は機関の利用法としてごく初期に相当するものですが、その輸送能力は馬車などとは比べ物になりません。ブラマンシュ共和国は物流量の上昇およびそれに伴うイノベーションにより数十年以内に急速な産業、経済の発展を遂げるでしょう」
エマニュエルは疑問を覚えた。神の言葉には明らかに否定的なニュアンスが混ざっていたためだ。
「仰ることはよくわかりませんが……発展は良いことなのではありませんの?」
「人が増え、技術が発達すれば、それまで不可能であったことが可能になります。しかしそれが必ずしも幸福を招くとは限らないのです」
「そうなのでしょうか……」
「例えばドレメール。あの街は経済が発展していましたが、同時に大きな格差による搾取とそれに伴う閉塞感が支配していました。人数で言うならば、街の繁栄を享受していた人間より搾取されていた人間の方がはるかに多かったでしょう」
「ええ……それは感じていましたわ」
「仮に幸福を総量で考えるのならば、文明の発展は幸福の増大に貢献します。しかし幸福は個々人が感じるものと言う点を無視はできません」
「……難しい話は、よくわかりませんわ」
エマニュエルは話を打ち切る。幸福に関する様々な議論や考え方など、彼女にとってさしたる意味もない。ただ、きっと自分にはもうその幸福は訪れないのであろうという漠然とした考えだけがあった。
「……あれね」
やがて空の赤が深まる頃、南の地平線に、乾燥した大地に似つかわしくない黒雲が見えてくる。無数の広大な工場が吐き出す煙がその正体だ。その下を大小の貨車や荷車、そして工員が行き交い、彼らの住居や店が工場の傍に集まる。空から見下ろすそれはさながら、街全体が一つの生き物であるかのようであった。
「昔から鉱山で栄えた街だとは聞いていましたが……広い建物があんなにいくつも! ドレメールとはまた違いますのね……」
ドレメールが光輝く宝飾品、ノルプラージュが緻密に作られた細工物ならば、ヴィルドミーニュは重厚な工業製品といった印象を持った。そしてその街の中央に存在する、巨大な穴。最も目立つそれに、エマニュエルの目は引き付けられる。
「あの穴は一体……?」
「露天掘りと呼ばれる手法で掘られた鉱山です。古くからヴィルドミーニュに鉄と石炭を供給してきた、現在もヴィルドミーニュの産業において重要な地位を占める場所です」
「『富を生み出す大穴』トゥリシェス鉱山……あれがそうなのですね」
エマニュエルは古くからヴィルドミーニュの象徴として語られてきたその名を口にする。そこにジョルジェットが居る可能性も考えたが、相手は勇者パーティー随一の膂力を誇り、かの惨劇の夜でも騎士や兵士をケーキを崩すがごとく次々肉塊に変えていった半竜人。鎧の力があれども無策での突入が無謀であることはエマニュエルも理解していた。
「まずは街に降りて策を考えますわ。ひときわの強敵、何か策がありませんと……」
「服装を外見年齢に合わせて調整してあります。潜入は問題ないでしょう」
「ええ……私、もうおばさまですものね……」
エマニュエルは街の中心部から離れ、郊外の線路脇に降り立った。舞い上がった砂ぼこりは風に消え、新たな服を纏ったエマニュエルがその中から姿を現し、街を見据える。黒基調なのは変わらないものの、飾り気は減り、スカートからパンツスタイルに変わったそれは一般に男装とされるような服装で、全体としてモダンで外見年齢相応に落ち着きを増やした形となった。その中で一点、腰から下げた剣だけが異彩を放つ。
「さあ……行きますわよ」
もっとも、歩き出す当のエマニュエルにとってそのようなことはさほど意味をなさないものであったが。
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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