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第一話 忘れられた落とし子

前回のあらすじ


マルブランシュ王国の第三王女エマニュエルは、魔王を倒し世界を救った勇者を讃える祝宴に出席していた。

だがその席で、勇者は王と王子を殺害。さらに勇者パーティーは出席していた貴族たちを次々と手にかけていった。

王国乗っ取りを画策した勇者により、父を、姉を、母を、生まれる前の弟、あるいは妹までも殺されたエマニュエル。彼女もまた命を落とそうとしていたが、その直前、神にその命を拾われ、復讐を決意するのだった。



 王家滅亡から七年。長い戦いが人々に残した傷跡はいまだ各地で見られるものの、世界は発展の道を歩み始め、勇者らが魔王の居城から持ち帰った品々もまたそれを後押しした。戦いの恐怖ではなく日々の忙しさが人々を動かし、魔王との戦いも過去の物となりつつあった。王が居なくなりその名前だけが残った王都サン・コリヌもまた、その例に漏れず。もはや無用となった街壁から外へ市街は広がり、閉じられることの無くなった街門は人が行きかう活気ある場所になっていた。しかし、自分たちの足元で一人の復讐者が目覚めようとしているとは、その中の誰一人として想像もしていなかった……


 王都の地下、王宮を逆さにしてもなお届かないような奥深く。冷たい金属に覆われた部屋で、棺を思わせる箱が横たわっていた。空気が抜けるような音がしてその蓋が開き、中から黒い甲冑が身を起こす。頭の頂点からつま先までくまなく装甲されていながら、生身と変わらぬ滑らかな動き。装甲の隙間を覆うなだらかな軟質素材のため、どこか女性的で流麗さすら備えたフォルムのそれは、ふらつきながら立ち上がり、まるで閉じられた悪魔の目のように曲がった赤く輝くスリットをもった兜から、くぐもった声を漏らす。



「う、ぅ……私は……」



 王家最後の一人、エマニュエルは朦朧とした意識の中、自分を見下ろす。兜に覆われていながら、まるで何もつけていないかのように開けた視界の中、覚えているよりずっと高くなった視線に、エマニュエルは七年という時間を実感する。



「鎧……?」


「目覚めましたね、エマニュエル」


「神様……?」



 鎧の中から聞こえてきたような声に、エマニュエルはあたりを見回す。しかし目に入るのは見慣れない金属の壁ばかり。



「鎧の中にいらっしゃるの?」


「そのように考えてください。気分はどうですか?」


「良くないわ。あんな嫌な夢……いっそ本当に何もかも夢ならよかったのに」


「少し動揺しているようですが、体は問題ないようですね。さあエマニュエル、出発の時です」


「ええ……必ずママたちの仇を……!」



 小手に覆われた拳を握り締め、エマニュエルは硬く決意したそれを改めて口に出す。それに応えるように、目の前の壁が左右に分かれ、淡い光に照らされた通路が姿を見せた。エマニュエルは迷うことなく、そこに足を進める。



「……そういえば、なぜ私は鎧を着ているの? これが神様の言っていた『力』なのですか?」


「そうです。その鎧は特別な物……まずはそれに慣れることです」


「だからこんなに軽いのね。けれども、鎧だけじゃ勇者には……あっ」



 エマニュエルは小さく声を上げて足を止める。一直線の通路は、幅数メートルに渡って崩落してしまっていた。遠く暗闇へ続く穴は、落ちれば戻ってくることはできないとエマニュエルに思わせるには十分な深さだった。



「どうしよう……これじゃあ進めないわ」


「いいえエマニュエル、跳ぶのです」


「ええっ? そんな……こんな幅、国で一番の馬でも跳べっこありません!」


「あなたの鎧は特別です。さあ」


「……わかったわ。勇者と戦うのだもの。このくらいで立ち止まってなんて……」



 エマニュエルは数歩下がり、息を整え……走る。金属のブーツが床を蹴るけたたましい音、そして不安を振り切るように穴の縁で踏切り、エマニュエルは跳んだ。黒い甲冑が空を切り、エマニュエルはこれまで感じたことのない風をその身に受けながら、対岸に着地する。火花を散らしながら床を転がりはしたものの、常人では不可能な跳躍を成し遂げていた。



「いたた……やった、跳べたわ! それに鎧を着ているのに風も感じられて……本当に特別な鎧なのね!」


「そのとおりです。あなたの身を守り、力を貸し、様々な面で戦いを支えてくれるでしょう。それでは、進みましょう。この先も道が崩れているかもしれませんが、鎧に慣れるいい機会です」



 意気揚々と、エマニュエルは進む。巨大な瓦礫の塊を持ち上げ、身長の倍ほどの段差を一息に飛び上がる。どれも、鍛えられた大人であろうと到底不可能な芸当だった。



「すごい、すごいわ……! まるで別人になったみたい! でも……これだけで、勇者に勝てるのかしら……」


「それは難しいでしょう。勇者の手にはいまだ聖剣リュミエールがあり、あなたには経験が不足しています」


「そうよね……そうよ、剣だわ! 鎧だけあっても武器が無いとどうしようもない! 何か武器はないの!?」


「ありません」


「そんな!」


「しかし解決方法はあります」


「それは、一体?」


「旅に出るのです」



 通路を進むエマニュエルの前に壁が現れたが、ひとりでに左右に開いて通路に土が流れ込み、まばゆく暖かな光が差し込んだ。



「外……!」



 七年ぶりの日光に、エマニュエルは駆け出す。通路を半分ほど埋めた土を掻き分けて外に飛び出すと、土の感触と植物の匂いが彼女を包む。そこはサン・コリヌ郊外にある丘の上、エマニュエルも何度か訪れたことのある場所だった。穏やかな昼前の空は姉たちと遊びに来ていたころと何も変わっていない。



「こんなところが、遺跡につながっていたなんて……」



 あたりを見回したエマニュエルの目に、王都が映る。しかしその光景は、彼女の知る物とはかけ離れていた。



「あれが、王都……!? そんな、七年でここまで変わってしまうものなの!?」



挿絵(By みてみん)


 街並みこそ大きく変わりはしないものの、大通りは拡張され、街には電柱が立ち並び、路面列車が人々を運び、街の向こうでは工場が煙突から煙を吐き出していた。そのどれもがエマニュエルにとっては初めて目にするもので、見慣れた王都がまるで違うものになってしまったように感じられた。



「王宮は……変わっていないのね……」



 そんな中、遠目に見るかつての家、元王宮は以前と変わらぬ姿をとどめているように見えたが、それは彼女にとっての悪夢がいまだそこに残っているようにも感じられていた。



「勇者は、きっとあそこに……」



 今すぐにでも仇討ちに行きたい衝動に駆られたエマニュエルだが、唇をかみしめてそれを押し殺す。



「旅に出るというのは、どういうことですか?」


「今、勇者の仲間たちは別れ、それぞれが東西南北の地域を治めています。それを一人ずつ、倒していくのです」


「そう……確かに五人全員を一度に相手にするより、一人ずつの方が……」


「そして、かつて私は彼女らにそれぞれ風、水、土、火の力を与えました。それはいまだ彼女らの手にありますが、討ち果たすことでそれをあなたが手にすることもできるでしょう」


「そんなことが!? ならやっぱり、旅に出るしかないのね」


「まずは東に向かうのが良いでしょう。そこに勇者一味、風の力を持つデボラの治める風の街、ドレメールがあります」


「東の、風の街……」


「そうです。手ごわい相手ですが、あなたの強い意志とこの鎧の力があれば、きっと勝利を掴めるはず。街を離れればしばらく私は声をかけることができなくなりますが、あなたの事は常に見守っています。さあ……旅立ちの時です」


「……ええ」



 勇者もこんな風に言われて旅に出たのだろうか、などと思いながら、エマニュエルは再び故郷を見つめる。もしかしたらもう戻れないかもしれない、そんな弱気を振り切るように目を閉じ……瞼の裏に浮かんだ家族の顔に、改めて、決意する。



「上姉さま、下姉さま、お父様、おじい様……ママ。必ず、仇を討ってみせるわ」



 エマニュエルは沈みゆく夕日に背を向け、歩き出す。この日、一人の復讐者が野に放たれた。しかし世界がそれを知るのはもう少し後になってからの事だった……



前回はプロローグということで長めにの話になりましたが、以後はこの程度の文字数で進めて行こうと思います。

今回もお付き合い、ありがとうございました。


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