第十七話 身を削り戦う者
前回のあらすじ
防御魔法と強化魔法を駆使するコレットに対して決定打を与えられないエマニュエル。先に傷を負わされていたエマニュエルにとって時間は敵となり、追いつめられる。しかしコレットの、人の心を無視した言葉に感情をたぎらせたエマニュエルは立ち上がり、コレットの護衛から奪った強化済みの剣で強力な一撃を放つ。防御魔法を貫通したそれは、人々の思考を統制していた魔王の遺産もろとも、コレットを葬り去るのだった。
「二人目っ……! 下姉さま、見ていてくださいました……!?」
爆風を受けながらも地面に降りたエマニュエルだが、既に失血は限界を迎えていた。握ったままの剣を支えにして膝をつき、喘ぐ。
「は、あっ……神様……治癒を……」
「修復と緊急の造血を始めます。安静にしてください」
「魔王の遺産も、壊れた……これで街の人たちも……」
鎧の力で胸の傷が塞がれ、不足していた血が巡る。雨に濡れた体を起こして街の方を見れば変わらぬ街並みがそこにあった。そこに見える人影へと、エマニュエルは近づいていく。彼らを巻き込んだこと、指導者であるコレットを殺したことを詫びてから街を離れよう、と。
「もし……」
エマニュエルが声をかけたその人物はただ佇んでいた。エマニュエルがどれほど近づこうと、どんな声をかけようと、体に触れようと、ただただ、蝋人形のように。
「これは……一体……!?」
エマニュエルは不穏なものを感じ、走る。人の姿はいくらでも見つけることが出来た。しかしそのどれもが、同じように蝋人形のように佇むだけになっていた。怪我をして血を流す者も居た、運河に落ちて浮かんでいる者も居た。だが手当てをすることも助けることもなく、ただただ幸せに緩んだ顔で、彼らは立ち続けていた。
「どうして……」
「エマニュエル、体の修復が完了しました。これ以上ここにとどまる必要はありません」
「神様……! 街の人たちがおかしいんですの! 皆、立ち尽くして……」
「この街の住民は既に自我を消去され、ただ幸福を感じ続ける状態になっています。コレットからの指示を中継していた魔王の遺産が破壊されたことで命令も途絶え、何もしない状態になっていると思われます」
「では……この人たちはどうなるのですか」
「数日以内に脱水または事故により生命活動を停止するでしょう」
「水すら飲まないと言いますの!?」
「コレットは本来の用途から外れた形で精神操作をおこなっていました。強制的に幸福な状態にし、不幸を感じなくすれば、人は自己の生命維持すら行わなくなるのです。自身の人格もなくした彼らは事実上既に死んでいたとみなしても良いでしょう」
「でも……私が来た時は皆普通に暮らしていましたわ」
「コレットの思想によるものと思われます。穏やかで幸せな街はこういう物であるという考えの元、人々を動かしていたのでしょう。この街は広大なネクロポリス(死者の街)だったと言えます」
「……惨い話ですこと」
エマニュエルはかぶりを振って街を歩く。聖堂へ押し寄せようとしていた人々は一様に立ち尽くし、雨音以外すべての音が街から消えていた。エマニュエルは無人となった一軒の宿屋に入り、血でべたついた体をぬぐおうと鎧を服に変える。
「え……?」
だが鏡に映った自身の姿を見て、エマニュエルは息を呑んだ。その姿は、在りし日の母と同じか、年上に見えたのだ。神の言っていた『急な修復は寿命を削る』という言葉の意味を、今エマニュエルは知った。
「神様……わたくし、後どのくらい生きられますの……?」
鏡の前で俯くエマニュエルに、神は応える。
「病気や怪我を考慮しなければ、40年前後でしょう。傷の修復を行えば、さらに短くなります」
「……」
エマニュエルは無言で体を拭き、整えられたベッドで眠りについた。降り続ける雨は街を洗い、鎮魂歌のような静かな雨音を奏で続けていた。
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魔王の喉笛
コレットが持ち帰った魔王の遺産。喉笛と言うが声は出さない。周囲の生命体の精神に干渉し、直接的かつ強力な意思の伝達を可能にする。
孤独な旅人はいずれ子を育て躾ける責務があった。これはそのための道具である。
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朝、鳥の鳴き声で目を覚ましたコレットは階下へと降りる。調理場に残されていたパンや果物などで食事を取り、誰の物だったかも知れぬ鞄に旅の荷物を詰め、奪った剣を腰に下げる。
「エマニュエル、休むことはできましたか?」
「ええ……次の街に向かいますわ」
「はい。ここからは勇者たちも本腰を入れてくるはずです。警戒して事に当たりましょう」
曇り空を見上げたエマニュエルはその全身を鎧に包む。空へと舞い上がり、死の街と化してなお、細工物のように美しいノルプラージュの街並みを一瞥したエマニュエルは、空を埋める雲へと消えていく。元勇者にして大統領率いる救援部隊が到着したのは、それから半日ほどしてからの事だった。
「なんだ、これは……」
救援隊の兵士たち。その一人は街の様子を見て思わずそうつぶやいた。ただ死んでいないだけの人、人、人。その合間を縫って、オーレリアンはコレットがいるはずの聖堂へと静まり返った街を走る。だがそこで見つけたのは鐘楼が崩れ落ちた聖堂だった。
「コレット! コレット居ないのか!? 返事をしてくれ!」
仲間を呼ぶ声はむなしく響き、焼け焦げた杖の残骸だけが、かろうじてがれきの下から発見された。打ちひしがれるオーレリアンのもとに、市内の調査に向かわせていた兵たちが集まってくる。
「大統領……街は……街は全滅です! まるで、丸ごと魂が抜かれてしまったような……!」
「こんなこと、人間の仕業とは……」
「魔王だ……魔王が帰ってきたんだ!」
怯え、異口同音に不安を吐露する兵士たちをなだめ、オーレリアンは市民の救助に入る。しかし救援隊の人数も物資も、ノルプラージュ全体をカバーするには少なすぎたのだった。
今回の被害
ノルプラージュ大聖堂 半壊
『魔王の喉笛』爆散
死者:総督コレット以下、ノルプラージュ住民18342名(主に事故、脱水による)
重軽傷者: 1209名 (全員植物状態であり、王都サン・コリヌへ移送)
避難民:なし
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