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第十六話 癇癪を起した子供

前回のあらすじ


 休ませてくれた家の主に突如襲われて重傷を負うエマニュエル。それどころか、街の人間がすべてエマニュエルに向かってきていた。異様な状況をコレットによるものだと看破したエマニュエルは再度聖堂へ向かう。そこで明かされたのはコレットにより思考の統制が行われているという事実だった。エマニュエルはそれを悪と断じ、戦いの幕を切って落とすのだった。

 突進するエマニュエルの前に二人の騎士が立ちふさがる。重装鎧で全身を固めたその表情は見えないが、彼らもまた、兜の下で平穏な笑みを浮かべていた。そのうち一人が、手にした円形の大盾でエマニュエルの拳を受け止める。



「無駄でしてよ!」



 だが鎧により強化された膂力は大盾ごと騎士を吹き飛ばした。もう一人の騎士が横薙ぎにした剣を腕の装甲で止め、下からすくい上げるような蹴り。盾の縁につま先をかけるようにして弾き上げ、脇腹に拳の一撃。騎士は体を『く』の字に曲げながら倒れ伏した。



「まあ……その格闘術、どこで覚えたのですか?」


「問答無用と言ったはずですわ」



 涼しげな声で語り掛けながらも、コレットは手にした杖を一振りした。その瞬間青白い光が騎士を包み、砕けた骨を繋げ、その傷を消し去っていく。



「治癒魔法……!」


「一応、これが専門ですので。しかしあなたは王宮で戦いとは無縁の生活を送っていたのでしょう? そんなあなたが数年でそこまでの技を身に付けるなど、よほどの才能に恵まれないとできないはず……」


「何が言いたいんですの?」


「もしかしたらあなたも、戦うための技を外から与えられたのではないですか? だとしたら、あなたに技を与えた人と私、どれほどの違いがあるでしょう?」


「少なくとも私は、自分で選びましたわ!」



 癒され立ち上がった騎士二人に再度跳びかかるエマニュエル。それを騎士は盾を構えて迎え撃った。先ほどの再現とばかり拳を打ち込むエマニュエル。しかし。



「くっ……!?」



 エマニュエルは妙な感覚にたじろぐ。先ほど、盾ごと鎧袖一触に弾き飛ばしたはずが、まるでスポンジの塊を殴ったように手ごたえが無く、相手はその場にとどまったまま、剣で横薙ぎの一撃を繰り出した。それはエマニュエルの鎧に食い込み、黒い鎧の破片を散らす。



「ううっ!」



 飛びのいたエマニュエルの鎧は、脇腹にヒビが入り、飛び散った破片がひとりでに戻って修復されて行く。刃はエマニュエルの体にまでは届かなかったものの、これまで傷一つつかなかった鎧が破られたことに、動揺を覚えた。



「頑丈なのですね。最上級の強化魔法だったのですが」



 強化魔法は味方の武器、防具を魔力で一時的に強化し性能を高める。治癒魔法と並ぶ神官の基本であるが、勇者パーティーの一員が行使したものともなれば、並の兵士を英雄の域まで引き上げることが出来る。



「これが蒼水の聖女の強化魔法……!」



 ひるまず戦いを続けるエマニュエルだが、魔法で強化された全身鎧は一撃で致命傷を与えることも難しく、何度攻撃を当ててもすぐに治癒され、決定打を与えるには至らない。コレット本人を狙おうにも騎士たちに背を向ければ、強化された剣が背後を襲う。



「(普通に攻撃していたのではだめ……ならっ!)」



 エマニュエルは握っていた拳を解いた。相手の出方を伺い、剣を振り下ろした隙を突いて背後に回ると、その胴体を抱きかかえ、鎧を飛行形態に変化させる。



「ええええいやああああっ!」



 気合と共に地面を蹴り、一気に上空へと舞い上がるエマニュエル。そのまま空中で急速な縦旋回に入り、勢いそのまま、騎士の体を放り捨てる。魔法による強化も単純な運動エネルギーは相殺できず、騎士ははるか沖合へと飛んでいった。



「次っ!」



 エマニュエルは降下、高度を速度に変えながらもう一人の騎士にタックルの要領で組み付く。強化魔法の力で突進の衝撃こそ殺されたが、鎧の推進力はたちまち騎士の体を押し上げていく。思わず両手で押し返そうとした騎士だがそれもかなわず、こちらも海へと消える。



「これで、あとはあなた一人ですわ!」


「酷いことをしますね。あなたは今、人二人を溺死させたのですよ?」


「あなた達が始めた戦いでしょうに!」



 コレットに攻撃を仕掛けるエマニュエルだが、それはまたしても障壁で防がれる。だが今回は、ただ防がれただけでは終わらなかった。障壁の外側に浮かぶいくつもの透明な球体。



「うあっ……!」




 とっさに飛びのくエマニュエルのいた場所を、無数の細い水流が貫いて石畳に筋を残す。エマニュエルにとっては姉を奪った、忌むべき水の刃だった。



「ええ。しかし戦いは終わり繁栄が始まろうとしていました。それなのにまたあなたが戦いを始めてしまった……」



 いつしか鉛色の空から雨が降り出し、街を濃い色合いに変えていく中、次々と水流を放つコレット。前に、横に、後ろにと小さく跳ねてかわすエマニュエル。水流の合間を縫って反撃を試みるエマニュエルだが、障壁は強固であり、攻撃はことごとく防がれていた。



「終わってなど……! 終わってなどいませんわ! 私はここに生きている!」


「ならば、この戦いを終わらせられるのもあなた一人なのでは? あなたが許しを選ばず、復讐を選んだからこそ今こうして戦いになっている……」


「許せるものですか! 家族を皆、殺されてっ! ……あっ?」



 怒りを込めて叫ぶエマニュエルだが、突如その視界がぐらつき、膝をつく。そこに容赦なく襲い掛かる水流の刃。



「きゃあああああっ!!」



 次々と装甲が切り裂かれ、その場に倒れるエマニュエル。鎧は直ちに自己修復を始めたが、中に居る生身の人間は、そうもいかなかった。胸から流れ続けた血は既に相当な量に達しており、エマニュエルの体は思うように動かなくなりつつあった。



「勝負ありましたね。もうじき市民の皆さんもここに集まってきます。さあ、今度こそ正しい道を選びましょう。平穏を受け入れるのです」



 魔王の喉笛が低い唸りを立て、再びエマニュエルを重たい頭痛が襲う。諦めるべきである、復讐など止めて心穏やかに暮らすべきである、と。



「あ、う、うううっ!」


「ううん……やはりうまくいきませんね。普通なら痛みも何も無いはずなのですが……その鎧が何か干渉しているのでしょうか? しかし時間をかければ大丈夫でしょう」


「い、や……私はっ……!」


「苦しむのはもうおやめなさい。あなたのご家族もあなたがこんな戦いに身を投じるなど望んでいなかったはず……」


「お、姉さま……」



 頭を抱えて悶えるエマニュエルにコレットは歩み寄る。彼女は間違いなく善人である。無意味な苦しみに囚われ続けるより、作られた安らぎこそが幸福であると信じている。



「私はお姉さんの最後の言葉を聞きました。『エマ、無事で』と……お父さんもお母さんも、娘が孤独で命がけの戦いに身を曝すなど喜ぶはずもありません。さあ、平穏を受け入れましょう。それがお姉さんの願いなのですから……」



 家族のために諦められないと言うのなら、その家族を諦める理由にすればよいと、コレットは雨の中腕を広げ、障壁を閉じて歩み寄り、諭す。仰向けに倒れたままそれを見上げるエマニュエルは、姉、ミラベルの顔を思い出し……



「あなたが……」



 拳を握りしめて。



「下姉さまを語るなっ!!!」



 跳ね起きるとともにコレットの腹に叩き込み、吹き飛ばした。



「かはっ……!」



 肺の中の空気を絞り出す音と共に地面を転がるコレット。雄々しく立ち上がったエマニュエルは、兜から漏れださんばかりの激情を目にたぎらせ、叫んだ。



「姉さまも母様も父様もおじい様も、死んだ人はもう会えない、話もできない! 弔いすらできなかった! それを、殺した当人が死者の言葉を代弁しようなど! 不遜の極みですわ!」



 コレットの誤算。それはエマニュエルの鎧はエマニュエルの意思によって動くのであり、本人の肉体の状態にさほど影響を受けないと言うことだった。そしてそれを纏った王女にとって聖女の言は、家族の亡骸で人形劇をされるも同様の逆鱗だったのだ。心が折れない限り戦える鎧はエマニュエルの激情に応え、目の前の敵を粉砕するため全力で駆動する。



「く……!」



 さらなる一撃。またしても張られる障壁。エマニュエルの鎧にも素手でそれを破る力はない。



「それならっ!」



 エマニュエルは跳びのくと共に落ちていた剣を取る。騎士を投げ飛ばした時、彼が咄嗟に手放した……まだ、強化魔法の効果が残っているそれを中段に構え、コレットに切っ先を向けた。



「でやあああああっ!!」



 踏み込むと同時に飛行用の推進力も足し、降りしきる雨を切り裂いて加速。切っ先が魔法障壁に突き刺さり、甲高い音と共に。砕く。



「そん、な……!」



 王女の手にした剣が聖女の胸を貫く。振り絞られた推力に任せて上昇した二人は鐘楼に激突、『魔王の喉笛』に聖女を縫い付けた。破損した魔王の遺産は内部の膨大なエネルギーを四方八方に雷として放ちながら焼け焦げていく。



「ああ……」



 その雷に焼かれる中、壊れゆく魔王の遺産の暴走で、聖女は王女の心中を垣間見、自身の失敗の理由を悟った。相手は見た目通りの分別ある大人ではなく……



「癇癪を起した子供……なのですね」



 か細いその声は誰の耳に届くこともなく、『魔王の喉笛』は轟音と共に青白い炎をまき散らして砕け散り、コレットもまた、それと運命を共にした。



今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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