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第十四話 迷う者

前回のあらすじ


 北の街、ノルプラージュはドレメールと違い、のどかで美しい街だった。ゆったりした時間が流れる街中でエマニュエルは拍子抜けしたような感覚を覚えながらも、コレットがいる海辺の聖堂を目指す。現れたコレットに奇襲をかけたエマニュエルだったが、それを防いだコレットはエマニュエルに戦いをやめるよう諭すのだった。だが家族の無念を背負ったエマニュエルにそれは受け入れがたい言葉であり、割れるような頭痛の中、エマニュエルは聖堂を飛び出していった。


「はあ……はあっ……」



 聖堂を飛び出しでたらめに上空を飛んだエマニュエルは、市街地に着陸……というよりはほぼ墜落のような形で降り立った。



「うう……」



 どこかの家の中庭、ひび割れたその中心でうめくエマニュエルは、頭の中をかき回されたような鈍痛と吐き気に、その場から動けずにいた。鎧を服にし、ふらつきながらも立ち上がった時、家の中から心配そうに覗く視線に気が付いた。



「お騒がせして申し訳ありません……すぐに立ち去りますわ」


「いや……お入りなさい。誰かは知らないが今にも倒れそうじゃないか。放ってはおけないよ」



 姿を見せたのは壮年の男性だった。心配そうに声をかける彼にエマニュエルは逡巡しながらも、その言葉に甘えることにした。



「(どの道、少し身を隠して休まないといけないし……)」



 男性に招き入れられた家の中は綺麗に片付いていて、家具や食器から一人暮らしなのだと推察できた。狭いリビングにある小さなソファに横たわり頭痛が収まるのを待っていると、キッチンから家主の男性が湯気を立てるマグカップを手にやってくる。



「どうぞ、ハーブティーです」


「ありがとうございます……」



 重たい体を起こしてそれを口にすると、ほのかに甘い香りがエマニュエルの鼻腔をくすぐる。王宮で出されていた物と比べれば遥かに格は落ちるものの、ドレメール崩壊のどさくさで荷物を失い、川の水や運よく見つけた木苺などで凌いできた彼女にとって、久しぶりに口にした温かいものは、文字通り心身を温めるものだった。



「それで、お嬢さん。あなたは……まるで空から落ちてきたように見えましたが」


「……その通りですわ。訳あって、詳しい事情はお話しできないのですが……」


「なるほど……今は船や城が空を飛ぶような時代。人が空を飛ぶこともあるのかもしれませんね」


「問いただしたり、致しませんの?」


「話せないと言っているのだから、聞いても仕方ないことでしょう」


「私、悪人かもしれませんわよ?」


「私も綺麗な人間というわけではありませんからね。以前はドレメールにいて、大きな商会を率いもしました。その中で汚いこと、残酷なことも沢山……しかしこの街に来て心洗われ、こうして住むようになったのです」



 男性は一つだけの椅子に座り、エマニュエルと向き合う。突如訪れた闖入者(ちんにゅうしゃ)に対して穏やかに自分の過去を語る彼だが、その内容にエマニュエルは覚えがあった。



「ドレメールの商会……それはもしかして、バルリエ商会では……?」


「おや、ご存じでしたか。いかにも、私がアメデ・バルリエです。自分の名を関した商会など思いあがっていたものですが……」



 エマニュエルは下唇を噛む。間接的にとはいえ自身が妻を奪い、さらに子もまた荒れ果てた街に置いてきた相手が目の前で親切にお茶を淹れてくれている。その事実が胸を締め付けた。しかし、伝えるべきことは伝えなければと、意を決して口を開く。



「奥様にお会いしましたわ。けれども……ドレメール崩壊の折、奥様は……亡くなられました」


「そうですか。こちらに来なさいと何度も手紙を出したのですが……」


「ですがご子息はまだ生きておられましたわ! なるべく早く……」


「いいえ、もう無駄でしょう。都市一つが崩壊するほどの中で、7歳の子供が何日も生きていけるとは思えません」


「え……で、ですが」


「悲しむべきことです。ですがこの街はいずれそれも安息に変えてくれる。あなたも一度立ち止まって、過去より未来に目を向けてみると宜しいでしょう。あなたが何を目的にしているにせよ、それは結局のところ安寧と平和を求めてのことのはずですから……」



 バルリエ商会の主であった男は温和な笑みを浮かべたまま、エマニュエルに毛布を勧め、リビングを立ち去った。なにか声をかけようとしたエマニュエルだったが、そもそもの原因が自分であることから、何を言っても自分の罪を軽くするための欺瞞になるように思え、ずっと続く頭痛に押しつぶされるようにしてソファに横たわった。



「(平和……安寧……けどそれを奪われたから、私はこうしているのに……)」



 エマニュエルは目を閉じ、午後の日差しに耐えるうち意識は朦朧となっていく。眠っているのか起きているのかも定かでないまま、唸るような耳鳴りと共に時間は過ぎていった……


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平穏な暮らし


 ノルプラージュの市民はみな平和で穏やかな暮らしを送っており、市民同士の争いは全くといって良いほど起こらない。時折、利害の衝突があったとしても、当事者が譲り合って解決される。市外から来た人物がもめ事を起こすことはあるが、市民による真摯な説得で悔い改めることがほとんど。そうした者はみなこの街に住みたいと願い、善良な市民となる。死別を始めとした悲劇もあるが、その悲しみは市街を流れる水のごとく流れて消えていく。この街で過ごす限り、全ての人々には平穏が約束されているのだ。水が枠の形になるように。

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 エマニュエルを退けたコレットは、聖堂の片付けが済んだころ、一室で勇者たちと臨時の会議を開いていた。襲撃を受けたと聞いた勇者たちは色めき立ったが、ひとまず無事であると聞いて安堵の声を漏らした。



「それで、どんな奴だったんだよ一体!? 本当に、生き残りの王女が復讐に来たのか!?」


「そうですね……少なくとも本人はそう名乗っていました。しかし……」


「しかし?」


 落ち着かない様子の戦士ジョルジェットの問いに、コレットは静かに答える。それを受けて勇者オーレリアンが続いた。



「第三王女が生きていたなら、今17,8歳ほどのはず……しかし、彼女は皆さんとそう変わらない年齢のように見えました」


「老けてたってこと? ……って今さりげなく自分のこと外したわね」


「はい。私は老けませんから」


「エルフってやつはこれだから……」



 そろそろ肌が気になりだす年頃のアニエスとの他愛ないやり取り。かつてはここでデボラが茶化しを入れて場を盛り上げたものだが、今はただ静寂が横たわるのみ。重くなった空気を払うように、勇者オーレリアンが発言した。



「話をしてみると言っていたね。どんな話をしたんだい?」


「ええ。復讐などしても何にもならない、あなたの家族も喜ばない。もう復讐など止めてこの街で静かに暮らしなさい、と」


「コレット、あんたね……犯罪者やら悪徳商人やら、脛に傷のある奴を次々と受け入れてるけど、まさか自分の命を狙ってきた相手まで住ませようなんて」


「あら、心を洗い正しい人生を歩ませるのも、私のような指導者の役目でしょう?」


「それで、その……王女も復讐を諦めたのか?」


「それが、逃げてしまいました」


「はあ!?」



 無事話をしているのだから当然脅威は去ったものと考えていたジョルジェットの期待はあっさりと覆された。仰天を隠せない彼女の声を他所に、コレットは飄々と話を続ける。



「空を飛んで街の中ほどに……ですが、だいぶん、こたえているようでした。もう少ししたら、彼女も平穏を受け入れると思うのですが……」


「いやいやいや、何言ってんのよ!? 逃げちゃったらどうするの!」


「アニエスの言うとおりだ、コレット……敵はデボラを倒している。油断をしていい相手じゃない。こちらからも今すぐ応援を送るけど、どう急いでも2,3日はかかる。その間、なんとか……」


「そうだ! ここで完全にやっつけないと安心できないじゃないか!」


「まあ……皆さんがそう言うのでしたら、そう対応します。しかし……」


「しかし?」


「あとの片付けが大変そうですね」


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都市間の連携


 勇者は高速交通網の構築を進めており、現在はいくつかの飛行船が定期便、軍用および富裕層向けに就航し、数十名程度の人員なら短期間に都市間の移動が可能になった。しかし、大衆向けの交通手段として本命とされる鉄道はいまだ敷設途中であり、飛行船網の整備もデボラの死亡により大きく見直さざるを得なくなった。そのため都市間の移動はいまだに徒歩か馬が主流であり、その数も決して多くはない。

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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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