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第十三話 講演への乱入者

前回のあらすじ


 飛行能力を手にしたことで飛躍的に移動が早まったエマニュエルは、勇者パーティーの一人、コレットが治める北の街へと到着する。無数の運河が網の目のようになった細工物のような街で、新たな戦いが始まろうとしていた。

挿絵(By みてみん)


 街壁らしい街壁もないノルプラージュに、エマニュエルはいともたやすく潜入した。運河が柔らかな水音を立て、そこを行くゴンドラを眺める老夫婦がベンチで日に当たる。ドレメールのような熱量こそ無いものの、ゆっくりとした時間が流れるそこは、間違いなく良い街であった。



「……表面だけ見てもわからないわ」



 拍子抜けしたエマニュエルだったが、ドレメールも表通りはきらびやかだったと思いなおし、路地に足を向ける。小さな家が密集することで作られたそこは、人が2~3人並ぶのがやっとというほど細い物だったが、植木鉢の花や明るい色の壁が暗さを感じさせない。壁の塗装をし直している若者と通り過ぎれば笑顔で会釈され、路地よりさらに狭い建物の隙間では、黒猫がどこかからくすねてきた魚を美味しそうに食べている。結局何もないまま、エマニュエルは路地を抜けて隣の通りに出てきたのだった。



「(なんだか、拍子抜けしてしまうわね……)」



 そこは市場になっていて、魚や花、衣類など様々な生活用品が売られていた。目を引くような目新しい品こそ無いが、買い手も売り手も相手にお礼を言い、見回りの衛兵こそいるものの、警棒くらいしかもっていない。平和で、穏やかな世界が広がっていた。エマニュエルはどこか安心するとともに、黒衣に身を包んで復讐を企てる自分が異物であると感じさせられていた。



「……するべきことをするのよ、エマニュエル」



 エマニュエルは自分を奮い立たせるようにそう呟くと、まずコレットの居場所を探ることにしたが、それはあっけなく知ることが出来た。コレットは街の一番奥、海に突き出した聖堂にいると言うのはノルプラージュの一般常識であり、そこまでの道のりも簡単に教えてもらえたのだった。 大通りを抜け、島々を繋ぐ小さな橋をいくつも渡り、エマニュエルは二人目の仇の下へと向かった……


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ノルプラージュ市街


 元々あった島に加え、大小さまざまな人工島を橋でつないだ網目のような街が特徴。それによりできた運河を行くゴンドラは街の名物となっている。街の北部はかつて造船所が存在したが、魔王との戦いの間に技術はほぼ断絶。用をなさなくなった造船所は海を臨む聖堂に改築されて、住民たちの憩いの場とされている。

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 海を背景に建つそこは漆喰で白く化粧され、高い鐘楼を持ちステンドグラスで飾られていた。それは確かに聖堂の様式ではあるのだが、エマニュエルにはどこか違和感があるように思えた。しかし彼女の思考は、すぐにどうやってコレットを討つかに切り替わる。



「(デボラの時は見つかっていたとはいえ、正面から名乗りを上げてしまった……あれを繰り返してはいけないわ。そんなことしても、こちらが不利になるばかりよ)」



先に相手を見つけ、先手を打ち、出来るならそのまま倒してしまう。そう決めてエマニュエルは聖堂の中へ歩いてゆく。傾き始めた太陽の下、海風と波の旋律に乗せて、海鳥が讃美歌の代わりとばかりに歌っていた。


街の一番奥、言い換えるなら街のはずれにある聖堂ではあるが、人の姿は少なからずあり、講壇に向かって並んだ信徒席は8割がた人で埋まっていた。その間を抜けていくエマニュエルは、先ほど感じた違和感の正体に気づいた。



「(ここは……何を祀っているのかしら)」



 この建物には宗教施設であるなら、当然あるはずの神や聖人、あるいは神話の一部を現した像や絵、または宗教的シンボル、そういったものが置かれていない。建物のつくりや雰囲気は聖堂のそれなのだが、それはまるで『聖堂らしいもの』を作ったかのようなのだ。訪れている人々も、子供をあやしたりステンドグラスをゆったりと見上げていたりはするが、祈りの言葉を口にする者はいない。ここが神官であるコレットの作らせた建物であるなら、それはあまりに不自然だった。



「(何か狙いがあると言うことなのかしら……)」



 疑問を覚えたエマニュエルだが、あまり街の事情に立ち入っても良いことにはならないと言うのは、ドレメールで思い知っていた。目立たぬよう聖堂の隅の席に座り、奥に行けそうなところを視線で探る。



「(神官というなら祈りなりなんなりしに来ても良いはずだけれど……)」



 もし背後を向けて祈りなり儀式でも始めたら、その不意を突いて仕留める。それがエマニュエルの最初の考えだが、そう上手くはいかないだろうとも考えていた。だが、現実というのはえてして想像を裏切るものでもある。エマニュエルが一番奥の演壇に目を向けた時、その脇から三人の人影が姿を見せた。鎧姿の騎士に左右を挟まれた、肩程度の青髪をなびかせた白いローブ姿のエルフ。仇の一人、コレットが堂々と姿を現したのだった。



「(コレット……!)」


「健やかなるノルプラージュの皆さん。今日もこうしてお話しする機会を持つことをできてうれしく思います」



 コレットは演壇に立つと、柔和な笑みを浮かべて穏やかに話し始めた。それはまるでこれまで、人に危害を加えたことなどないと言っているかのような姿だった。



「魔王との戦い、その後の反勇者同盟の鎮圧。それを経てようやく手にした平和ですが……それが今、脅かされようとしています。すでに耳にした人も居るでしょうが、風の街ドレメールが何者かに襲われ、壊滅的な被害をこうむりました」



 コレットは悲しそうな表情を作り、話を続ける。過去の偉人や聖人の逸話を交えつつ、平和と命の尊さを説き、隣人同士助け合うことの大切さを説き、聖堂に訪れている人々もまた、穏やかな表情でそれに聞き入っていた。



「今私たちは新たな試練を迎えようとしています。皆で手を取り、輪の中に居ない人を輪に加え、脅威におびえることなく、試練をもたらしたものに怒ることなく、喪失に嘆くことなく、一丸となってこれを乗り越えましょう……皆さんと家族、友人、すべての人が平和と安寧を享受できますように」



 締めくくりの言葉に拍手が始まり、コレットはそれに微笑むと演壇から離れる。そして、拍手の音に紛れるように、エマニュエルはつぶやいた。



「……鎧に」



 立ち上がったエマニュエルの全身を鎧が包む。隣に座っていた住民はそれを見て虚を突かれたような表情をした。それを尻目に、エマニュエルは横にあった長い燭台を手に取る。



「風よ!」



 エマニュエルの声と共に、鎧は飛行形態へと切り替わり、甲高い音と共に排気を吹き出し、小さく跳躍する。振り向いたコレットを目掛け、投げやりのごとく燭台を放ち……コレットを突き飛ばした騎士に、それが突き刺さる。金属の鎧はたやすく貫通され、騎士は虫の標本さながら、床に縫い留められた。



「外した!?」


「まあ……あなたが……」


「てやあああっ!」



 少し驚いた様子を見せるコレットに、エマニュエルは追撃の突進を繰り出した。しかしそれも、コレットの張った魔法の障壁で阻まれ、ガラス窓にぶつかった羽虫さながら地面に落ちる。



「酷いことをするのですね。平穏と祈りの場でこのような……」


「くっ!」



 エマニュエルは何とか壁を破ろうとするが、強力な防御魔法であるそれを破ることは叶わない。その間にコレットは倒れた騎士に近寄ると、既にこと切れていた騎士の目を閉じさせ、改めてマニュエルに向き直った。



「あなたが……エマニュエルなのですか? デボラさんを手にかけた……」


「……いかにも。次はあなたの番ですわ」



 黒い鎧に包まれた、燃えるような赤いスリットと、まるで人形にあつらえたような、白い肌に映える美しい淡青。二つの視線が交錯する。一拍おいて、コレットは穏やかに語りだした。



「なぜこのようなことを……」


「なぜですって……? あの日の事を忘れたとでも言うおつもりですの!? 私の家族は皆……あなた達に殺された! その仇を討つため、私は死地より舞い戻ったのですわ!」


「そう、仇討ちに……それはなんて……無益なことを」


「無益、ですって……?」


「だってそうではありませんか。たとえ仇を討ったとして、それが何になると言うのですか? 喪われた家族が戻ることなどありませんのに」



 コレットは壁の向こう側から、まるで出来の悪い生徒にものを教えるかのようにエマニュエルを諭しはじめた。



「一時の満足感は得られるかもしれませんが……そのためにいったいどれほどの人を殺めたのですか? 私達だけならまだしも、無関係の人も大勢巻き込んで……」


「だ、黙りなさい! そういうあなた達は国を奪うために何人殺したのです!」


「ええ、あの王宮での一件。そしてその後の内乱……多くの犠牲が出ました。しかし世界をより良く変えていくために必要な犠牲だったのです」


「その変えた結果が、あの人の心をなくしてしまった街だと言いますの!?」


「問題が無かったとは言いません。しかし世の中は確かに便利で、活気で溢れるようになりました。ですが……あなたが復讐を成し遂げた後、世界には何が残ると言うのです? 希望の象徴、社会の導であった勇者を失った世界を、あなたは導いていけるのですか?」


「そ、れは……!」



 エマニュエルは押し黙り俯く。デボラを倒した後の街の惨状、その中に親を亡くした子供を置いてきた罪悪感。それはエマニュエルの心に爪痕を刻んでいた。



「もう終わりにしましょう。私たちは仲間と守るべき民を、あなたは家族を喪った。これ以上悲しみを広げる必要は無いのです」


「う、うぅ……!」


「確かにあの日私たちはあなたの命も狙いました。しかし新たな世界を迎えた今、その必要もなくなりました。あなたは穏やかな生活に戻れるのです。私からもオーレリアン達に口添えしましょう。あなたを、許すようにと」



 コレットは諭す。それが正しい道であるのだと。それが幸せになれる道であると。エマニュエルもまた、それを受け入れようとしていた。この穏やかな海辺の街で、復讐など忘れ、互いに争うこともなく一人の娘として生きる。そんな、ありふれた生活を。エマニュエルは、籠手に包まれた震える手をコレットに伸ばし……



「……だめ」



 その手は何も掴むことなく、握りしめられた。



「駄目よエマニュエル! 今ここで諦めたら、姉さまたちの無念は誰が晴らすの! 勇者の罪は誰が裁くの!」


「そのようなものに囚われているのですね? しかしそれを気にしているのはあなただけ……さあ、その呪縛から解き放たれる時です」


「ぐ、う……!」



 エマニュエルは苦しんでいた。単に精神的なものではなく、頭を裂くような痛みに襲われ強く目を閉じる。受け入れれば楽になる、誰も困ることはないとわかっていた。だが。



「うあああああ!!」



 鎧を飛行させ、不安定な飛行のままステンドグラスを突き破り、エマニュエルはその場を離脱した。



「あら、まあ……」



 後に残されたコレットは破れたステンドグラスを見上げると、首をかしげる。そして鋭い破片で怪我をした人たちを魔法で治療し、後の片づけを始めさせるのだった。


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コレット


身長 151㎝ 年齢:56 目の色 淡青 髪の色:青 パーティーの役割:支援・回復

服装:白主体の長いローブ。聖職者風だがどの神の流儀の物でもない


 生け贄になろうとしていたところを勇者に助けられた神官。神官と言ってもそれは両親から引き継いだ職業であり、積極的に布教や説法を行っている様子は見られない。おっとりしていて常に冷静だが、何を考えているのかよくわからないと言うのは仲間であるアニエスの評。戦闘においては魔法による防御や回復を担当し、のちに水を操る力を手に入れた。仲間を守り、癒すその姿からいつしか彼女は蒼水の聖女と呼ばれるようになる。

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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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