第十二話 水の街の来訪者
前回のあらすじ
第一王女の仇、デボラを討ち果たしたエマニュエルだったが、それによる飛行船の墜落と火災はドレメールを大混乱に陥れた。秩序は崩壊し、虐げられていた者が虐げ返す凄惨な光景い、エマニュエルは胸を痛める。だがそれに何を出来るでもなく、自らもまた「家族の仇」となったことを噛みしめる中、神はデボラから取り戻した風の力をエマニュエルの鎧に与える。それにより空を飛ぶ力を身に付けたエマニュエルは、燃えるドレメールを逃げるように去るのだった。
サン・コリヌの大統領府では現在大統領を称する、勇者オーレリアンによる緊急の会合が開かれていた。街一つが破壊され、死者負傷者は多数、さらに略奪などの横行……そして総督の暗殺。勇者の治世には初めての逆風が吹いていると言えた。そしてそれらをなんとか終えた大統領は、一人欠けた仲間達との会議に入ろうとしていた。
「皆、もう話は聞いていると思う……」
「ドレメールが、崩壊したって……本当なの? それに……」
オーレリアンの沈痛な声に、魔術師アニエスの不安そうな声が続く。
「デボラさんが、亡くなられたと……」
「……残念ながら、どうやら事実らしい」
「そんな……デボラだぞ!? 誰より用心深くて、誰より逃げ足の速い……!」
半信半疑といった様子の神官コレット、肯定の言葉に取り乱す戦士ジョルジェット。それぞれが仲間の死に動揺していた。
「今情報を集めているところだけれど、目撃者の話を集めたところ……デボラは殺されたそうだ。たった一人相手に」
「一人……どんな奴なの?」
「確認はとれていないけれど……第三王女、エマニュエル・マルブランシュを名乗ったらしい」
その名を告げたオーレリアンは、絵画越しにも仲間たちがざわついたのを感じ取れた。
「エマニュエルって……七年前、とうとう見つからなかった!? じゃあ、あたしらへの復讐に!?」
「落ち着いてくださいジョルジェットさん。エマニュエルを名乗る人はこれまで何度も出てきたではないですか」
動揺するジョルジェットをたしなめるコレットだが、それまでとは状況が違うことは全員がわかっていた。
「とにかく、これ以上被害が増える前に何とかしないといけない。これで相手が満足したとも思えないからね」
「何とかって、どうするのよ? 相手の場所もわからない、目的だってはっきりしないのに……!」
「問題はそこではなく、どのようにして勝ったのか、ではないでしょうか。敵の戦力がわからないのでは対策の取りようがありません」
「ひとまず、あたしら全員集まった方が良いんじゃないか? それでこれまで勝ってきたじゃないか……もう、一人いないけどな……」
「いや、それはよくない。敵の狙いが僕たち個人なのか、それとも僕らの作った社会そのものなのかわからない。それにこんな状況で街を離れたら余計に動揺が広がってしまう」
街を持ち、自在には動けない元勇者パーティーたちと、そこに浸透する少数の敵。奇しくも勇者たちは自分が得意としていた戦術を返されている形になっていた。一時の沈黙を破ったのは神官コレット。
「もし、相手が本当に第三王女エマニュエルなら、わたくしは彼女と対話してみようと思います」
「コレット、本気!?」
「何をするにも、相手を知らないといけませんから」
「あっちはあたしらを殺しに来てるんだぞ!」
「相手は魔王や魔物ではなく人間、理解も妥協もできるはずです」
「……何かあったら、すぐに連絡してくれ。これ以上仲間を失いたくない」
「皆さんこそお気をつけて」
確たる対策を打てないまま、会議は終わった。大統領がコレットの居る北の空を窓から見上げると、そちらには黒い雲が流れていくのが見えるのだった……
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勇者の旅路:ノルプラージュ
新たな仲間デボラを加え、腐れの王を倒したことで、ドレメール産の強靭な軍馬を手に入れた勇者一行は魔王を討つべく北への旅路を始める。たどり着いたのは北にある港町ノルプラージュ。外洋に面した唯一の街であるここから、海路で魔王のいる北の地へと向かう計画だった。だが、かつて海外との玄関口として異国から訪れたエルフやドワーフが行きかった街も、魔王と共に現れた海棲の魔物により脅かされ、入江で取れる僅かな海産物を頼りに食いつないでいるような状態であり、その入江すら『貪食の王』と呼ばれる魔物にたびたび襲われていた。人々は十日に一度生け贄を捧げ、その隙に漁に出る日々を送っていて、次の生け贄に選ばれた青髪の神官、コレットはただ静かにその時を待っているのだった。運命を受け入れているかのような彼女、そして街の皆を救うべく、勇者は自らが生け贄に志願。仲間達、そして治癒と守護の魔法を操るコレットの協力を得て、巨大な首長竜『貪食の王』を討伐するのだった。
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一人目の仇を討ったエマニュエルは、北西を目指し飛翔する。その目には、地平線に現れた次の街……神官コレットの治める水の街、ノルプラージュが見えていた。北に向かったことに深い理由はない。ただ、その街のどこかにいるであろう一人の男性は、妻子に起こったことを知る権利くらいはあるだろうと、そんなことを漠然と考えたのだった。もちろん、顔も名前も知らない相手にそんなことが出来るかなど、本人もわかってはいたのだが。
「そういえば神様……ドレメールではデボラを倒すまで、なぜ何も言ってくれなかったの?」
風の鳴る音を聞きながら、エマニュエルはそんな疑問を投げかける。デボラの風の力の事も事前に知っていれば、展開はもっと違うものになっていたかもしれない、もっと犠牲は少なかったかもしれないと、そんな思いもあった。
「私は魔王討伐の際、彼女らを導いていました。その時の影響で、あまり彼女らの近くで話しかけるとそれを気取られるかもしれません」
「まあ……なら今のうちに、神官コレットの力について教えて下さらない? 勇者パーティーでは主に治癒を担当したと聞いていますが……」
「私は彼女に水の力を与えました。水を自由に操る能力ですが、応用の幅は広く、どのように使ってくるのかすべて予想することは困難です」
「神様のお与えになった力なら、取り上げることはできませんの?」
「私は人に何かを強要することはできないようになっています」
「なら、相手の居場所は?」
「市内に居ることは確かです。しかし正確な場所までは分かりません」
今一つ頼りにならない神に、エマニュエルは憮然とした顔をする。だが文句を言っても仕方がないので、そのまま街へと向かうことにした。
「ドレメールほどの都会ではないのね……でも、綺麗な街……」
エマニュエルが空中に浮かび離れた場所から街を見下ろすと、無数の小島が浮かぶ大きな入江に作られたノルプラージュの街並みは、ドレメールのような天を衝く高い建物こそないものの、入り組んだ海面と運河に太陽が反射し、まるで繊細な細工物のような印象をエマニュエルに与えた。
「さすがに空から降りるわけには行かないわね……」
エマニュエルは目立たないよう少し離れた場所に降り、見た目を旅装束に変えて歩き出す。風に混じる潮の匂いが鼻をくすぐるが、旅情を感じさせるには彼女の置かれた状況はあまりに厳しかった。
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ノルプラージュ
王都北部、入り組んだ海岸線の伸びる地域に位置する街。現在は蒼水の聖女ことコレットの統治下にあるが、彼女はかつての栄えた貿易港を復活させるのではなく、漁業中心のひなびた街として舵取りをしている。人々は朝起きて祈りを捧げ、各々の仕事に赴き、平和な日々を笑顔と共に送る、牧歌的な生活を享受している。
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