第十一話 平穏を破壊する者
前回のあらすじ
自らが傷つくことも厭わない戦術によりデボラを討ったエマニュエル。一つの目標を達成した安堵の中、鎧による傷の治癒を受ける。しかし、デボラの死によりその居城たる飛行船は支えを失い、墜落。爆発炎上するのだった。
「うぅ……」
エマニュエルが意識を取り戻し、自身の上に乗った瓦礫をどけて立ち上がった時、墜落からそう時間は経っていなかった。しかしその僅かな間に、ドレメール中心街の様相は一変していた。
「ああ……なんてことなの……」
きらびやかな夜景を作り出していたガラス窓はことごとく砕けて路上に散らばり、高層ビル群は焼け焦げ、今なおあちこちで炎を吐き出し続けている。そして窓枠に、路上に、転がる人、人、人。
「ひいいいーーーっ!!」
転がるそれらを避けながら、一人の男が走ってくる。それはティルの会場にいた一人であたが、華美な服装は見るも無残に破れ、貴金属がむなしく炎の明かりを反射していた。悲鳴を上げながら、何かから逃げる様子だった男は躓き、ガラスの散らばる路上に倒れ込んだ。それを背後から追ってきたもう一人が、馬乗りになり、剣で滅多刺しにする。
「ぎゃああーーーっ!!」
「ははははは! そら、どうした! 実力主義だろ! 努力して逃げてみろよ!」
高笑いしながら富豪を刺し殺した男は、アルマン。この街で最初に会い、仕事をクビになったと嘆いていたその人だった。その首や指には血に濡れた宝飾品がいくつもつけられており、そのコレクションが今また一人分増えたところだった。
「あ……? 何だお前。これは俺の獲物だぞ!」
エマニュエルから貰った剣をその当人に向けるアルマン。その表情に浮かぶのは狂った笑み。さらには大通りのそこかしこで、似たような光景が繰り広げられていた。瓦礫と炎と略奪の中、エマニュエルはただ立ち尽くすばかりだった。それを尻目にアルマンは次の獲物を求め、走り去っていく。呆然とするエマニュエルの耳に、神の声が響く。
「エマニュエル、修復が完了しました。次の街に向かいましょう」
「神様……! けれど……街が!」
「ドレメールの社会秩序は失われました。あなた個人での対応は不可能です」
「……私、こんなことにするつもりなんて……」
「この街は最初から、大規模な災害や事変に脆弱だったのです。デボラは自由を掲げましたが、本来統治者が維持すべき社会機能さえも自由と競争の原理に乗せてしまいました。その結果、誰もが『儲からない』ためやらなくなりました」
「神様……あなたは神様なのでしょう? 何とか、なりませんの?」
「私は人々に道を示し導く存在です。預言やささやかな手助けはできても、動くのは人々自身なのです。これは彼らの選択であり、その選択は誤っていたのです」
その言葉はエマニュエル自身にも重くのしかかった。家族の仇を取ると、勇者たちと戦うと決めたのは紛れもなく自分自身であり、デボラを殺したのも自分自身。ならばこの惨状を招いたのもまた、自分自身なのだから……打ちひしがれるエマニュエルに、後ろから石が投げつけられた。それは鎧に当たって傷の一つもつけず地に落ちる。
「あなた……」
投げてきた方を見たエマニュエルの目に映るのは、涙を浮かべた少年、エドモンの姿だった。
「お、お前の……お前のせいだ! お前のせいで、ママが……うっ、うわああぁぁぁぁぁーーーん!!」
蹲って泣くエドモンはその手に、彼の母が身に付けていたブレスレットを握り締めている。それは血に染まり、持ち主がどうなったかを示唆していた。
「どうして! どうしてこんなことになったんだよ! なんで俺たちがこんな目に!」
「……泣きたければずっと泣いていなさい。しかし泣いても助けてくれる人は、もう居ない。あなたの無念も怒りも、誰も顧みてはくれないのです」
エマニュエルは優しい言葉をかけるのを思いとどまった。そんなことをしても、これから彼が直面する苦難には何の役も立たないとわかっていた。
「それとも、どこかの優しい誰かが来てくれることに期待しますか? これまで平気で人を虐げてきた、もうお金もない、あなたを」
「お前がやったんだぞ! これ全部! お前が!」
「ええ……そうですわね。それが許せないと言うのなら、いつなりと復讐にいらっしゃい。私、いつでも全力でお相手いたしますわ」
エマニュエルは背を向けて冷たく言い放ち、歩き出す。エドモンが生きていくために必要なのは、優しい言葉でもひと時の保護でもなく、魂を焼き焦がすような強い感情であると、そう考えた。それ故に、同じ一人ぼっちの子供ではなく、大人として、仇としてふるまった。
「(アデラール卿……あなたが私を止めたのは、ただ危険だからではなく、勝ってもこうなると予期していたからなのね……)」
晴れやかな勝利の気分は早々に萎え、自らが歩む道の険しさを見せつけられたエマニュエル。しかし、その足が止まることはない。復讐はようやく、始まったところなのだ。
「エマニュエル、デボラが死んだことで彼女の占有していた風の力が利用できるようになりました」
「ええ……そうでしたわね。いったい何ができますの?」
「鎧から風を吹き出すことにより、飛行が可能です。様々な面で、戦いを有利にするでしょう。使い方は既に理解できているはずです」
「……ええ。そのようですわ」
エマニュエルは火に照らされた空を見上げる。その背中に鎧を構成する黒い粒子が集まり、黒く硬い金属の翼を作り出した。甲高い笛のような音を立てて鎧から風が吹き出し、周囲の煙が渦巻いていく。鎧の足が地面を蹴ると金属の咆哮めいた音と共に鎧は宙に浮き、空へと消えていった……その姿を見た者や墜落した飛行船から辛くも逃げおおせた人々はそれを口々に語ることになる。
曰く、『王家の亡霊』
曰く、『漆黒の復讐者』
その名はドレメール崩壊の報と共にたちまち広がり、やがて世界を揺るがす者の名として知られるようになっていく。しかし、その本人の湛えた怒りや悲しみ、そしてやるせなさを知る者は、誰一人として現れることはないのだった……
今回の被害(事後の火災、暴動によるものを含む)
飛行船『ヴィラ・デ・シエル』墜落
高層ビル『ラ・トゥーレ』他建造物の炎上、倒壊多数
『魔王の胃袋』焼失
死者:総督デボラ以下、計1083名
重軽傷者:28745名
避難民:数万以上
今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。
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