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第十話 『覚悟』を決めた戦士

前回のあらすじ


 第一王女の仇を討たんと、デボラへ戦いを挑むエマニュエル。鎧で強化された体と知識は十分デボラに対抗しうるものだった。だがデボラもまた実戦で培った勘と技量は冴えており、一進一退の攻防を繰り広げる。だが地の利のあるデボラが一歩上回り、エマニュエルはシャンデリアの下敷きになってしまうのだった。


「まだ……こんな、ところで……!」


最下層まで落とされたエマニュエルだったが、暗い穴の底で彼女はいまだ戦意を失ってはいなかった。シャンデリアは相当な重量、鎧の力をもってしても持ち上げるのは困難だったが、柔らかい純金をへし曲げ、エマニュエルは脱出を図る……だがその時、シャンデリアの上に降り立つデボラの姿。



「どうやら、その鎧を普通に破るのは無理らしいな?」



 半ば感心、半ば呆れといった声。だがその顔には余裕が浮かんでいた。



「どこで手に入れたか知らないが、それならこっちもとっておきを出そうじゃないか。見せてやるよ……魔王の胃袋だ!」



 デボラの仰々しい仕草と共に、明かりが灯る。そこは上階の華やかさとは打って変わって、無機質な四角く広い空間。その中央には、大きめの家ほどの物体が鎮座していた。黒光りする全体から硬質な印象を(かも)し出しながらも、まるで一塊の肉塊のように蠕動(ぜんどう)するそれは、その名の如く臓物のようであった。



「魔王の……? ですがそれが、何だというのです!」



 その異様な物体に一瞬目を奪われたエマニュエルだったが、すぐにその注意は目前のデボラへと移る。シャンデリアの下から脱し、デボラに跳びかかろうとした時。魔王の胃袋が突如何かを吐き出した。粘る泥のようなものがエマニュエルの肩から下を包み込み、まるでアンバランスな胸像のようになってしまう。



「こんなもの……!」



振り払おうとするエマニュエル。だが泥は瞬時に鋼鉄となり、その体を固めた。鎧による怪力も、鉄塊を内側から引き裂くには至らない。



「これは……!?」


「はははは! 驚いたかよ? こいつがあたしの選んだ魔王の遺産! 何でも食って消化して、何でも作りだしちまう。宝石だろうが黄金だろうが、天に届くような塔だって思いのままだ!」



 高らかに笑うデボラの言葉に、エマニュエルが抱いていた疑問は氷解した。これほどの巨大都市をわずか数年でどうやって作り上げたのか。その答えがこの『魔王の胃袋』なのだろう、と。だがそうなると、また新たな疑問が浮かぶ。



「それならなぜ、これを使って苦しむ人々を救ってあげないのですか! なんでも作り出せると言うのなら、いくらでも富を生んで分け与えることが出来たはずですわ!」


「はっ! これだから特権階級のお嬢様ってやつは!」



 デボラはシャンデリアから跳び、エマニュエルを固める鋼鉄の立方体に降り立つ。しゃがみこんで兜に近づけたその顔には嘲りがありありと浮かんでいた。



「他が持ってないものを持つから良いんじゃねえか! 何でもかんでも欲しがるまま貰えて、いったい誰が努力する? 羨ましい、俺も欲しい、そう思うから皆働くんだ! 他より上へ! 他より豊かに! 皆がそう思って競い合う! それが世の中を前に進めるんだ!」


「そして勝った者が負けた者を虐げる! それが進んだ社会だと言いますの!?」


「それがどうしたよ! お前らの王国だって、もとはといえばどこかしらの強い奴が他を負かして作ったんだろうが! 偉そうなことを言えた立場か!?」


「くっ……!」


「それに、勝ち組だって胡坐(あぐら)かいてりゃ努力した奴に足元をすくわれるんだ。お前らみたいにな。平等だろ?」


「……!!!」


「痛快だったぜ! 自分は何もせず、代々継いだ安全な城に籠って、事が済んだらちんけな褒美で取り込もうとした勝ち組を蹴落としてやったんだからな! 結婚話を蹴られた間抜け面がグズグズに崩れていくの、お前も見てたかよ!?」


「デボラあああぁぁぁぁ!!!!」



 怒りを沸騰させたエマニュエルは鎧の中でもがく。だがそれも固められた鎧がわずかに音を立てただけだった。



「自慢の鎧も、こう固められちゃ身動きできないか? このまま海に捨てても良いが、また戻ってこられても面倒だ、きっちりここで始末しておくぜ」



 デボラは懐に手を入れて細いガラス瓶を取り出し、その中に入った黒い液体をエマニュエルの兜へと垂らした。たちまち、熱した鍋に水を垂らしたような音がしはじめる。



「姫さんにもご馳走したものだぜ? 『腐れの王』の死骸から作った溶解液だ、さすがにこいつには耐えられないみたいだな! 穴が開いて顔が溶けるのをじっくり眺めてやるよ!」


「(溶ける……!? この鎧も無敵ではないの!?)」



 勝利を確信して嗤うデボラに、エマニュエルは歯噛みする。姉の顔を無惨に溶かした仇を文字通り目の前にして、指一本動かせぬまま、やられるのを待つしかない状況。かがみ込んで嘲笑うデボラの顔がエマニュエルの視界一杯に広がっていた。



「所詮お前はお姫様だ! 安全な城に籠ってたのを、安全な鎧に変えただけ! どうせそれも誰かから貰ったんだろ? 何の努力もしない、リスクも負わないお前らが、俺らをどうこうしようなんておこがましいんだよ!」



 デボラは、七年逃げ隠れしていただけの相手がたまたま妙な鎧を手に入れて攻め込んできたのだ、と考えていた。それは9割がた当たっていた……だが、見誤っていた点は。



「(どうせ、溶けてしまうなら……!)」



 エマニュエルは逃げ回っていたのではなく。家族を失ったその日から、確固たる意志をもって、デボラの命を取りに来たのだと言うことだった。



「服に!」



 エマニュエルが叫び、鎧がほどけて素顔が露になる。そこに溶解液が垂れ、肌を、肉を焼く。しかし、鎧がなくなったことで本来の細い体型に戻り、その分隙間ができる。そこから強引に右腕を抜き、広げたその手を、嘲るデボラの顔を貫かんばかりに突き出す。



「鎧に!」



 再度装甲に覆われた指が、デボラの顔面を捕らえた。筋力が強化された指先が肉に食い込む。



「がっ……!?」


「えええええい! やあああああ!!」



 力任せに腕を振り上げ、頂点から振り下ろす。デボラは子供が乱暴に扱った人形の如く振り回され、鉄塊にたたきつけられた。あばらは砕けて肺を貫き、脊髄は裂かれて下半身の機能を止め、顔面はさながら腐った果実の皮をはぐが如く、むしり取られる。



「ぐあああああっ!?」



衝撃で手から滑り落ちたデボラは床にあおむけに倒れ、その姿を見下ろしながら、エマニュエルは自身の体を鉄塊から引き抜く。すべすべして柔らかかった頬は腐食し爛れ落ちようとしていたが、その痛みも今のエマニュエルには気にならなかった。



「上姉さまの仇……! デボラ! 覚悟!!」



 全身が鎧に包まれたエマニュエルは跳ぶ。その全身に仇への恨みを込めて。全身全霊、全体重をかけたその一撃を回避する術は残されておらず。



「くそったれがああああああ!!」



 死への恐怖、戦い方を間違えたことへの悔い、自分の目指した理想が潰えることの無念、それら全てを吐き出す叫び。それがデボラ最後の言葉となった。鎧の拳が剥げた顔面にめり込み、砂の城を崩すかのように打ち砕いた。肉と血の織り成す生理的不快感を催す水音、勝利の鐘としてはあまりにグロテスクなそれを聞きながら、エマニュエルは天を仰いだ。



「やった……上姉さま……やりましたわ……仇を……! うっ……!」



 勇者パーティーの一人を打ち倒し、気が抜けた体に痛みが戻ってくる。頬を焼くようなその感覚に兜を外して頬をぬぐうが、手甲にはごそりと頬肉がこびりついた。



「うぅ……まだ、1人目だというのに……」


「エマニュエル、よくやりました」



 呻くエマニュエルの頭の中で声がする。自身に鎧を与えた『神』の声。それは王都以来聞いていない物だった。



「神様……勝ったけど……とても、痛いの……」


「その鎧は纏った者の体を直すこともできます。兜を付けるのです」



 言われた通りに兜を装着すると、兜の内側が温かい緑色の光に包まれてエマニュエルの頬の痛みが引いていく。上手く閉じれなかった口が元通り動くようになり、ようやくエマニュエルは一息つくことが出来た。



「そうだわ……死にかけていた私を治したのだもの、傷くらい治せるわよね」


「しかし直している間鎧は動かせず、急な修復はあなたの寿命を削ります」


「……それでも、使わない訳には行きませんわ。勇者たちと戦おうと言うのですから」



 メリットばかりではないと知らされたその時、エマニュエルの足元が揺らぐ。体が軽くなり、金属が軋む音が何重にも響き渡った。



「な、何……!?」


「デボラが死んだことで、彼女が掌握していた風の力が解放されました。ここを支えていた上昇気流も消失します」


「え……それじゃあ……!」



 デボラの飛行船は『ラ・トゥール』壁面に衝突し、無数の雷が鳴り続けるような轟音と共に落下していく。重量を支え切れない気嚢もまたそれに引きずられて落下し、ともに地面へ。破損した気嚢から吹き出したガスは、船内で発生していた火災に引火し……ドレメールのビル群を巨大な火の玉が飲み込んだ。



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魔王の胃袋


 デボラが持ち帰った魔王の遺産。袋とは言うが、実際は中まで均一な未知の物体の塊である。どのような物体でもその内部に取り込み、同質量の任意の物質を任意の形状で作り出す。

 孤独な旅人は何もかもを自分で作る必要があった。これはそのための道具である。

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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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