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第八話 パーティーの参加者

前回のあらすじ


 貧しいものの荒みようを見たエマニュエルだったが、富める者もまたこの社会で心をゆがめていた。年端もいかぬ子どもが平然と貧者に暴力を振るい、いさめるべき大人はそれに媚びへつらう。だが、その富める者の目にとまることはこの街ではチャンスであり、エマニュエルにもまた、そのチャンスが舞い込んだのだった。

 夕方、一通り使用人としての仕事を教わりきったエマニュエルはめかし込んだ主人親子と共に三人で馬車に乗り込み、街で一番高い建物『ラ・トゥール』へと向かっていた。



「本来ならその日に入った新人を連れて行くなど無い場所ざますが……エドちゃまが約束したなら仕方ないざます。バルリエ商会の名を汚さぬよう振舞うざますよ」


「わかりましたわ、奥様。ところで……旦那様は? 私まだお会いしていませんわ」


「パパは北の水の街に行ったきり戻ってこないんだ。俺たちにも来いって言うけど、神様に従って清らかに生きるなんて御免だよ。この街でテーヘンを使って遊んでる方が良いに決まってるさ!」


「まあ……」


「コホン、このことは内密に。当主不在などと知れたら舐められるざますからね」



 やがて馬車は『ラ・トゥール』の前に止まり、警備員は何事もなく三人を通過させる。電気の明かりに照らされたホールで、最上階直通の特別エレベータに乗り込んだエマニュエルは、心臓を高鳴らせていた。



「パーティーには、デボラ……様も、来るのでしょうか……」


「どうだろうな、俺初めてだからわかんねえや」


「デボラ様に会いたいんざますか? 心配せずとも、毎回お顔をお見せになるざます。エドちゃまのことも是非覚えていただきたいざますねえ」



 デボラを討たんとするものと、彼女の支配を望む者。相反する思惑を持った人間が乗るエレベーターが最上階に到着すると、そこはロープウェイの発着場になっていた。風が鳴る音を聞きながらゴンドラに乗り込んだエマニュエル達は空中を移動しながら、空に浮かぶ飛行船へと向かっていく。日の沈んだドレメールではいくつもの明かりが灯り、地上に星空が広がっているかのような光景を作り出していた。



「うおー! すっげー!」


「エドちゃま、あんまりはしゃぐと席から落ちるざますよ」



 興奮してはしゃぐエドモン。この街の栄華を象徴する風景の中、徐々にゴンドラの窓が巨大な飛行船に埋め尽くされた。ラ・トゥールを横にしたよりもなお巨大なそれは、まさに空に浮かぶ宮殿といった威容を備え、やがてゴンドラはその宮殿へと飲み込まれて行った。中では大仰な扉が三人を出迎え、ひとりでに開いたその扉の向こうは、絢爛なロビーとなっていた。



「招待状を拝見します」


「ほらよ!」



 エドモンは本人たっての希望で、彼が持っていた招待状をロビーの受付に手渡す。いちいち尊大なふるまいをする彼だが、幼くして父親不在の環境がそうさせているのかもしれないと、エマニュエルは少し同情を覚えるのだった。



「確かに。ようこそエドモン・バルリエ様。私共一同、心より歓迎いたします。このままホールへとお進みください」



 上等なスーツを纏った受付は優雅な仕草で奥の重厚な扉を指し示す。扉の左右に立った使用人がそれを開いて三人を迎え入れる。その扉の先は広大なホールが広がり、およそ考えられる贅沢をすべて詰め込んだような空間になっていた。



「なんて、豪奢(ごうしゃ)な……!」


挿絵(By みてみん)



 天井からは黄金にクリスタルをあしらった、それだけで部屋一つほどもある巨大なシャンデリアが(きら)めき、いくつも並んだテーブルには銀食器に盛られた豪勢な料理の数々。床には深紅の絨毯が敷き詰められ、壁の一面は張り出した窓になっていて眼下の夜景を眺めることができる。楽団が優雅な音楽を奏で、舞台では曲芸や道化師のショーが繰り広げられ、行き交う人々はみな貴金属や宝石で着飾っていた。



「うっひょぉー!」



 その光景にあてられたエドモンは目を輝かせながら走りだし、早速料理を頬張りだす。



「それじゃ、しっかりエドちゃまを見ているざますよ」



それを見とがめるでもなく、母親は社交相手との会話に向かった。どうしようか悩むエマニュエルだったが、こういったパーティーでは主催者は会場に出てくるもの。まずは機を伺うことにして、エドモンの後をついていく。エマニュエルのような使用人を連れている招待客も珍しくはなく、目立つことなく行動出来てはいたが、肝心のデボラの姿は見つからないままだった。



「(もしかして、もう会場を出たのかしら? 夕食会というよりは催し物に近いようだし……)」



 子連れもそれなりに居て、かつしっかりとした開始時間が決まっていない様子からも、エマニュエルはこの場がカジュアルに寄った場であると判断した。勇者たちがまだ旅をしていたころ、資金援助のためとして開催されたチャリティーにはエマニュエルも参加していたが、そういう時は主催者は最初の挨拶だけということもあった。そうなると、上手く会場を抜け出さなければならない。エマニュエルがそう考え始めた時、会場に軽やかなベルの音が響く。



「お待たせしました! これより恒例の、ティルの時間となります! 皆様どうぞ右デッキへとお集まりください! 人数には限りがございますので、参加される方はお早めに!」


「ティル……?」


「やったー! ずっと楽しみにしてたんだ! ほら行くぞ!」



 興奮して右デッキの方に駆けていくエドモンと、それを追うエマニュエル。右デッキと呼ばれる場所は張り出した巨大なベランダになっており、すでに何人かの人が集まってきていた。走ってきたエドモンの後からも、人が次々とやってきてベランダは込み合い始める。



「ティルに参加される方はこちらで参加登録を行ってください」



 バルコニーの一角には窓口が設けられていて、揚々と向かったエドモンもまたそこで参加の意を述べる。次々と参加者が集まり、ほどなく最後の枠が埋まったことで、参加は締め切られた。



「よーし! 凄い点を出してやるぜ!」


「坊ちゃま……ティル、とは何ですの?」


「俺たち上級市民だけが楽しめる最高のゲームさ! あ、始まる!」



 数人の使用人が台車を押して現れ、柵の手前に並んだ。そしてリーダーらしい1人が恭しく礼をすると、ティルの説明を始めた。運営側の用意した道具を使い、既定の回数撃ち、的に当てれば得点。部位によって特典が変わり、高得点者が勝利となる。エマニュエルがそれを聞く限り、ティルとは要するに的当てのことらしいと理解できた。



「それでは受付番号順に参加となります。1番から10番の方、どうぞ」



 呼ばれた参加者が前に出る。エドモンは11番のため順番待ちの列に並び、最初の参加者を見守ることになった。



「では皆さま、道具をお取りください」



 そして10人の前に的当ての道具が並ぶ。二種類……弓矢と、クロスボウ。ギャラリーからは、ささやきが聞こえてくる。



「ここからもう勝負は始まっているのよね」


「ああ、扱いやすい方か連射しやすい方か」


「練習してくれば弓なのでしょうけど、余興にそんなに本気になるのもねえ?」



 やがて各々が道具を選び終わり、柵、すなわち外を向いて横一列に並んだ。外には深まった夜の闇が見えるばかりだが、そこに下から何かがせりあがってきた。二機の飛行船が間に幅の広い橋を架けている。さながら空中舞台といった様相だった。



「それでは間もなく的が放たれます! 3,2,1……」



 司会のカウントダウンにより、20mほど離れた空中舞台にいくつもの的が放たれる。それは転げだすように舞台へと押し出され……一斉に矢を射かけられ悲鳴と苦痛の声を上げた。



「的って……あれは、人!?」



 首に縄を付けられ、遮蔽物など存在しない一枚板の舞台で、対岸から飛んでくる矢にひたすら射られ続ける。その表情は恐怖、絶望、怒り、悲痛。そんな彼らを前に、上級市民たちは笑いながら弦を巻き上げ、矢をつがえ、狙いをつけて射る。



「足よ! まず足を撃って動きを止めてから頭を狙うの!」


「素人はこれだから。的が大きくて当てやすい胴体で確実に稼ぐんだよ」



 舞台は血で汚れ、耐えかねて飛び降りた者は当然絶命する。その反対側では、完全に保証された安全を享受しながら人命を玩具に遊興する。人の命で遊ぶその有様を前に、エマニュエルはただ凍り付くしかなかった。やがて全員が手持ちの矢を撃ち尽くし、得点の集計が始まった。運よく生き残った者は血を流しながら飛行船の中に戻り、そうでなかった者は縄で引きずられていく。



「では続いて11番から20番の方、どうぞ」


「よーっし、当ててやるぞー!」



 片付けが進む中次の参加者が呼び出され、エドモンもまた、喜び勇んで武器を取りに向かう。クロスボウを手にした彼だったが、その弦は子供が扱うには重すぎ、どう頑張っても引くことができなかった。



「くっそー……おい! 見てないで手伝えよ!」



 苛立ちながらエマニュエルを呼びつけるエドモン。その目は早く楽しみに跳びつきたい無邪気な子供のもので、それ故に残酷だった。そのエドモンに近づいたエマニュエルはクロスボウを手に取り……そのまま柵の外へと投げ捨てた。



「あっ! 何するんだよ!」


「こんなもの……遊びでやることではありませんわ!」



 エマニュエルは既に何人もの人間を手にかけた。人殺しについて良い悪いを言える立場ではない。しかしそれでも、遊びで、それもこんな子供も参加できるようなところで人殺しをするのは異常であると思えるだけの理性は、まだ残っていた。



「あなた達、自分が何をしているかわかっていませんの!? 笑いながら人を殺すなんて! 子供はまだ仕方ありませんわ! そういう風に育てられてしまったのですから! けれどあなた達はそうではないでしょう!」



 全員の視線を集めたエマニュエルが叫ぶ。こんなものは間違っている、と。



「たとえ貧富や生まれの格差があろうと、人の命を弄ぶようなことはしていなかったはず! 100年間も魔王に脅かされながらも、互いに支えあって生きてきたはず! それを……!」


 だがそれに返ってきたのは嘲笑。扇子で口を隠した婦人が、横目で眺める紳士が、我関せずと作業を続ける使用人が、クスクス、ヒソヒソと笑う。



「綺麗ごとを」   

「どこの人かしら」


「自分は何もせず」 

「恥ずかしい人」


「じゃあ変えてみろよ」           

「勘違い野郎」



 エマニュエルは見誤っていた。ここはそもそもそういったことを良しとする者たちが集まる場であり、そこでは彼女こそが異物。例え正論を吐いたとしても、それが受け入れられることなどありえなかったのだ。エマニュエルが奥歯をかみしめた時、群衆の中からパン、パン、と拍手の音がする。



「ご高説どうもどうも。でもな、こうは考えられないか?」



 やや低い女の声、それはエマニュエルにとって決して忘れられないものだった。



「人は本来、弱い奴や抵抗できないやつをいたぶるのが(だぁい)好きで……魔王がいるときだけ、仕方なくお前の言うように支えあってたんだ、ってな?」


「デボラ様だ!」


「珍しいわ、こちらに出てくることなんてめったにないのに」


「お会いできるなんて……」



 7年の時が多少顔つきを変え、来ている男物の服は随分派手で高級そうなものになってはいたが、そこにはエマニュエルの仇の一人……緑髪をした長身の女、デボラが佇んでいた。



「デボラ……!」


「お前がどこのお嬢様か知らないが、俺は見てきた。やり返せないやつに対して人はいくらでも残酷になれる。弱いってこと自体をそいつの責任にして、自分たちを正当化する! 誰も、助けてくれやしねえ!」



 デボラは芝居がかった身振りで言う。それこそがさも世界の真実だと言わんばかりに。



「だから俺は腕を磨いた! 危険を冒した! 薄汚いスリだったが、勇者に腕を見込まれ、命を懸けて魔王と戦って、勝った! だからこうしていられる!」


「うんうん、まったくだ」


「私たちのお金が無から生まれてきたとでも思っているのかしら」



 デボラの芝居がかった言葉に、周りがさもその通りとばかりに頷く。それを見て、デボラは笑った。



「……醜い人」


「あ?」



 それを止めたのは、エマニュエルの静かな、しかしはっきりとした一言だった。



「どん底から栄光を手にしたなら、誰かに助けてほしかったなら、同じ立場の人に今度は優しくできたはずですわ。そうでなくとも、自身の栄華をただ勝ち誇ればよかった。あえて人を苦しめて、何の意味がありますの」


「てめえ……」


「ええ、私にも覚えはありますわ。悔しい時、悲しい時、お母さまに八つ当たりしてしまったこと。『自分が虐げられたから、自分も他人を虐げる』など……あなたのしていることは10年越しの八つ当たりではなくて?」



 デボラの顔が赤らんでいく。それは図星であることの証左でもあった。



「ここは自由の街、人を馬鹿にするのも自由だが……馬鹿にした相手をどうするのかも自由なんだぜ?」


「ならば私もその自由に倣いますわ……どこのお嬢様かとお問いになりましたね。思えばあの日、名乗ってもいませんでした」



 エマニュエルは前に出る。立ち並ぶ摩天楼を目にして抱いた、あるいはデボラの統治が正しいのかもしれないという迷いも、もはや断ち切れていた。その顔から少女の甘えは消え、眼前の仇を見据えるは若く凛々しい王女のそれ。その地位に恥じない、良く通る声で彼女は宣言する。



「私は神聖マルブランシュ王国第三王女、エマニュエル・マルブランシュ! 姉さまの仇を討ちに来ましたわ!」


「はっ! そういや死体は上がらなかったっけな!」



 言うが早いか、懐からナイフを取り出し投擲するデボラ。だがそれが到達する前にエマニュエルは叫んだ。



「鎧に!」



 服は瞬時に粒子へと分解されて漆黒の鎧に変わり、ナイフを弾く。閉じた悪魔の目の如く曲がった兜のスリットが赤く輝く。大理石のフロアタイルが割れる音をさせてエマニュエルが突進したのと、あたりが悲鳴に包まれるのはほぼ同時だった。


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デボラ


身長 167㎝ 年齢:27 目の色 翡翠 髪の色:緑 パーティーの役割:斥候・潜入

服装:派手な柄のシャツと黒い全身タイツで中性的にまとめている


 もともとは路地裏のスリだった。しかし勇者の財布を狙ったことから縁ができ、一向に加わることになる。戦闘においては奇襲や潜入を得意とし、のちに風を操る力を手にした。それによりさらに強化された機動力で敵を翻弄する姿はいつしか『翠風(すいふう)の隠密』の名で呼ばれることになる。


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今回もお付き合いくださり、ありがとうございました。


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