あの日のこと、なのですが!?
満開の桜がふわふわと宙を舞い、真新しいブレザーを着る俺達の道を桃色に染めていた。俺はパレットと筆、絵の具を貰って、みんなが帰ったあと、朱華先輩と二人きりで美術室にいた。
「えーっと、そのぉ…何から話せば良いんだか、分からないんだけど……単刀直入に言うと、この学校の男子美術部員は女子美術部員を怒らせると、爆発するから気をつけて。」
「………えっと…?」
俺の頭の中はまず、真っ白になった。
…は? この先輩、何を言っているんだ? 爽やかで大人しそうな顔して、頭狂ってるタイプなのか。こんな冗談言われても、正直笑えない。笑うべきなのかな。失礼なのかな、これ。というか何だよ怒らせると爆発って。ラノベかゲームか何かかよ。
「あぁぁ、えっと、君を困らせてしまうつもりは無いんだ! これは冗談じゃないよ! そうだなぁ…あ、桜〜!」
舞っている桜に声をかけたのかと一瞬思いきや、窓の外にいる帰り途中の銀園先輩のことだった。銀園先輩がこちらを見た。
「え、何、楓どしたー? 何でまだ美術室に残ってるの?」
「お前の推し、スマホで調べてみたんだけど。」
突然俺を残して桜先輩と話す朱華先輩に、俺はついていけない気がした。
「え!? どうだった!?可愛いでしょ!! ストーリも可愛…」
「全く可愛いと思わなかったんだよね」
わざとらしく、ケロッとそう言葉を解き放った。
「あ? 殺すぞ?」
そう銀園先輩が言った瞬間。無音になって、視界は真っ白になった気がした後、爆音に変わり全身に痛みが走った。
気づけば、ベッドの上に横たわっていた。何だ、夢だったのか。気持ち悪い。
リアルな夢だ。…まだ足が震えてる。俺は前世、爆死したのか?という位爆発の音や痛みが鮮明に思い出される夢だった。経験したことすらないはずだと言うのに。
「ねえ、もう 7時15分よ。そろそろ準備しなくちゃいけないんじゃないの?」
母の声で俺ははっとした。しまった、準備を……
あれ?夢でも7時15分に起きて、母に同じ事を言われた気がする。正夢と言うやつだろうか。
その後学校に行くと、夢と同じ先生の話。夢と同じ授業、夢と同じ放送……全てが同じなのだ。だが、のうのうと過ごすのみだった。そりゃあ、他人に話して入学早々、頭のイカれた人だとは思われたくないし。だ から黙ってこの既知の光景を眺めて、そのまま放課後になった。
「部長の紺野華恋です。困ったことがあれば、いつでも言って下さい。」
「副部長の朱華颯です。…よろしくお願いします。」
「銀園桜です。よろしくお願いします。」
「…茶雲マナです。よろしくお願いします。」
「では、新入生も時計回りで名前をお願いします。」
「淡藤悠人です。よろしくお願いします。」
「黒瀬 芽愛瑠です!よろしくお願いします!」
「水名・ドロシーです。よろしくお願いします。」「は、灰崎絵真です。よろしくお願いします。」 「では、今日はパレットとかを渡して解散!明日から頑張ろう! 先生、今日ちょっと早く帰りたいからね。」
俺はパレットや筆、絵の具を受け取った。すると、
「な、分かっただろう? 怒らせると、爆発して、朝に戻るんだ。」
今度の囁きの内容はそうだった。その言葉で、あやふやな納得は、確信に変わった。俺が想像力豊かなのではない。そう言うことなのか。…。
「俺も去年、唯一だった3年の男の先輩に、全く同じことをされたんだ。別に、悪夢だったと思ってくれてもかまわない。信じるほうが変かもしれないし。」
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今となっては、異常と思いつつもこの日常を受け入れてしまっている。
「俺、正置、最初はこの人、頭可笑しいなって思ってました。」
「あはは……やっぱりそう思われるよねえ。」
「あの日、爆発して同じ日を繰り返した記憶って、朱華先輩と俺の両方に存在しているじゃないですか。」
「うん。そうだね。」
「ってことは、俺が怒らせて爆発させたとき……」
「うん。俺も気づけば朝になってたよ。たしか12月23日の夜とかね。そのときはゲームをクリアした後だったかなあ〜。」
「う、うわあ。すみません。」
「あはは、別に構わないよ。」
少し、罪悪感を感じた。それにしても、俺は自分が怒らせてしまったとき以外で朝に戻ったことはない。やはり、朱華先輩が他人を怒らせることはないのだろう。優しそうだし。
「ちなみに、誰を怒らせたの? しかも夜に。」 「ドロシーです。あいつ、本っ当短気なんですよ。」「誰が短気だって??」
「え?うわあああっ!!」
後ろにいつの間にかドロシーがいた。委員会が終わったのだろう。いや、そんなことはどうでもよくて。朱華先輩がおもむろに俯いた。…爆発した。
校長先輩の長広舌をまた聞くのが苦痛だった。放課後になって、絵が塗る前に戻ってしまったことも。それでも筆を持つ。来ると分かっている先輩を待ちながら。
「いやあ、すまないね。」
朱華先輩が苦笑してそう言った。怒らせたのは俺だが。
「にしても」
ドロシーが来ることが分かっているからか、聞こえないように、あの日みたく耳もとで彼は聞いた。 「ドロシーとつき合ってるの?」
「は!?」
思いきり大声を出してしまった。
「………どうしたの?」
ドアのところにその声を聞いたドロシーが怪訝そうな顔でそう言った。
「12月23日の夜、2人会っていたみたいだからさ、何 でかなあって♪」
先輩が小悪魔そうな顔でドロシーにそう聞いた。
「え、別に、2人じゃないですよ。めあると絵真と悠人でクリスマスパーティーをしただけです。」
「ふーん。なるほど、みんなでかあ…。」
明らかに声のトーンが少し下がっていた。ドロシーは気にせず絵の具やパレットを準備していた。まだ少しがっかりしている先輩に俺はドロシーに聞こえないように小声で聞いた。
「もしかして、付き合ってたらからかおうと思っていました?」
「う…。」
先輩がまた苦笑した。あのドロシーに聞いたときのテンションはめあるみたいだ。




