キャンプ
じ、人事考課ああ嗚呼!!
「……晴臣。休憩を」
後ろから鮒田の覇気のない声が聞こえた。キャンプグッズと一緒に買ったアウトドアウェアに身を包み、額に玉の汗をかいている。無理もない。もう初夏だし、随分と山道を歩いた。俺だって汗だくだ。
「鮒田センパイ、張り切っていた癖にだらしないですよ!」
「うるさい! 昨日は楽しみで眠れなかったんだ!」
鮒田。遠足じゃないんだぞ?
「もうすぐ物見やぐらにつく。そこで休憩しよう」
物見やぐらというからどんなものかと期待していたが、それは屋根の付いた休憩所という装いだった。しかし、そこから見る風景はなかなかのものだ。ナンナがスマホでパシャパシャと写真を撮ってはしゃいでいる。一方の鮒田はだらしなく横になりしばらく動きそうにない。
「この麓の人達に被害が出ているのか……」
「……晴臣。俺様もダンジョンの影響を受けたのかもしれない」
「お前のはただの寝不足だ」
「鮒田センパイだけ置いて行きますからね!」
風景に飽きたナンナがスマホをしまって鮒田を煽る。普通の女子は鮒田と会話しようとしないが、ナンナは不思議と鮒田とよく絡む。
「なっ! 女、それは許さんぞ! 2人きりにはさせん! 3人でテントを張るのだ!!」
急に鮒田が起き上がり、妙な主張をした。……こいつ、友達とキャンプするの初めてだな。
「なんだ、元気じゃないか。なら、さっさと行くぞ。ここから獣道を30分程で着くはずだ」
「ぐぬぬ……。分かった」
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焚き火台の上では赤く火のついた薪がパチパチと心地よく鳴っている。明日の朝からはダンジョン探索だというのにすっかりキャンプを楽しんでしまっていた。
「へええ! なんで召喚者はパブリックダンジョンの異変に巻き込まれないんですか?」
食事を終えてご機嫌なナンナが俺の話を聞いて引っかかったようだ。
「召喚者は召喚モンスターに力を貸すのに慣れているだろ? だから平気なんじゃないかっていうのが八乙女さんの説だ」
「免疫的な。ってその理屈で行くと今回の騒動はダンジョン内にいるモンスターが人々から強制的に力を吸い上げていることにならないですか?」
「俺はそう睨んでいる」
「女よ。そんな不安そうな顔をするな。俺様がついているんだ。大船に乗ったつもりでいろ!」
「鮒田センパイ、いい加減その"女"って呼び方やめてください! 性別で呼んでくるのは鮒田センパイだけです!」
ナンナは頬を膨らませるが、まだ本気で怒っているわけではなさそうだ。
「お、女に向かって女と言って何が悪い!」
「じゃー、私は鮒田センパイのことを偉そうな小太り男って呼びますよ? いいんですか!?」
「女! 俺様のことを馬鹿にするつもりか!!」
「馬鹿にしてるのはセンパイでしょ! 私は女だけど、一緒にダンジョンを探索する仲間です!! ちゃんと名前で呼んでください!! 私、怒ってます!!」
焚き火台の炎が鮒田の顔を照らす。
「……」
「……鮒田。謝れ」
「……すまなかった」
謝った!! 鮒田が女性に対して頭を下げた!! 一体何事だ!!
「あっ、えっ、ありがとうございます」
ナンナも予想外だったようで、変な返しになっている。しかし妙な雰囲気になってしまった。ここは時間で解決することにしよう。
「明日は早起きだ。そろそろ寝ようか」
「はい」
「……わかった」
真新しいテントに3人で横になり、薄手の寝袋に入る。身体は疲れている筈なのに、その夜はなかなか寝付けなかった。





