古い屋敷
鮒田に連れて来られたのは渋谷駅から15分ほど歩いたところだった。多分、奥渋とかいう辺りだ。あまりにも馴染みのない雰囲気に少々気後れする。なんというか、アレだ。すれ違う人達がちょっとお洒落過ぎて怖いというかなんというか……。
「晴臣! 何をオドオドしている!?」
「うるさい。外でデカい声をだすな。この辺はそういう感じじゃないだろ?」
「ふははははっ! 臆するな! 天下の公道で何をしようと自由だ!!」
「……そんなことはない」
馬鹿笑いを嗜めているうちに人通りがまばらになってきた。結構歩いたな。どこまで行くつもりだ。
道の真ん中を歩いていた鮒田は急に立ち止まり、振り返る。その顔は先程までと打って変わって真剣だ。
「こっちだ」
一本脇道に入ると急に街の雰囲気が違う。3、4階建の小さなオフィスビルが並び、物音もしない。
「もうすぐだ……」
心なしか歩みがゆっくりとなった鮒田の声には張りがない。何がもうすぐなんだ?
「……ここだ」
鮒田が勿体ぶって案内した先は古びた屋敷だった。四角いビルに囲まれて明らかに場違いなその洋館は見るからに怪しい。
「この屋敷がどうかしたのか?」
「ここは最近、ウチが買った物件だ。うわものを壊してビルを建てる予定なんだが……」
「何かあったのか?」
「……聞こえるらしい」
「聞こえる?」
「ああ。屋敷の中に入ると、悲しそうな女の声がするらしい……」
「……それで、俺に何をしろと」
「メグちゃんのライブチケットが欲しかったら、声の主を探し出して屋敷から追い払ってくれ!」
鮒田は吹っ切れたように言い放つ。
「いや、会社でなんとかしろよ!」
「……みんな怖がってな」
「なら鮒田が行け」
「……俺様にも苦手なものがある。心霊的なのは無理なんだ! チケットはやるから、なんとかしてくれ! オヤジにこの物件の購入を勧めたのは俺様なんだ! だから、頼む! ゴ治郎の魔眼なら何か分かるだろ?」
なりふり構わぬ鮒田ががっと肩を掴んできた。
「……本当にメグちゃんのチケットを貰えるんだな?」
「当然だ!」
懐から召喚石を取り出すと、赤く激しく点滅していた。ゴ治郎はやる気のようだ。
「やるってよ。ゴ治郎は」
「本当か? じゃぁ、俺様は帰るからな! 頼んだぞ、晴臣。そしてゴ治郎!」
言うが早いか、鮒田はくるりと踵を返して走っていく。そんなに怖いのか。いつもは威張り散らしている癖に、思わぬ一面だ。
「さて。約束は約束だ。ゴ治郎、やるか」
召喚石が返事をする様に2回点滅した。
「ゴ治郎、来い!」
手のひらに現れたゴ治郎は黄金色の魔眼を輝かせた。そして飛び上がって洋館の壁に立つ。
「ギギッ!」
随分と積極的だなぁ。そんなにメグちゃんのチケットが欲しいのか……。
ゴ治郎はスッと飛び降りその姿は見えなくなった。俺は視界を共有し、洋館の入り口へと迫る。さて、何がいるのやら……。





