実技
荒んだ心を必死に抑えて臨んだ筆記試験だったが、たぶん大丈夫だ。途中からは落ち着いていたし、分からない問いもなかった。
何せここ半年以上、俺はダンジョンと召喚モンスターに全てを捧げてきたのだ。誰よりも、とは言わないがその辺りのことはかなり詳しい。改めて勉強するのは法律で新しく定められた内容ぐらいでよかった。
問題は実技試験だ。一体どのような試験なのか? 何処にも情報がないから対策の立てようもない。召喚免許の実技なのだから、召喚を行うのは間違いない。しかし、召喚なんて体力さえあれば誰でも出来る。
「お待たせしましたー。次の10名、入って下さーい」
間の抜けた若い女職員の声が廊下に響いた。いくつかある実技会場の一つに並んでいた俺は、前の人について歩く。ちょうど俺で10人目。ギリギリセーフだ。待ちくたびれたという思いを俄に生まれた緊張感が塗り潰す。
会場の中には3人の職員がいた。さっきのやる気のなさそうな若い女職員はどうやらリーダー格らしい。教卓のようなところに1人立ち、後の2人は何かが置かれた長テーブルの前で気をつけのポーズをしている。そして何より目を引くのは──。
「これから皆さんには、人工のダンジョンに潜ってもらいまーす」
そう。床には目で追えないほど縦横無尽にパイプが張り巡らされていたのだ。
職員の言葉を聞いて受験生がざわつく。
「すみません! 私、召喚石を持ってないんですけど!」
俺と同い年ぐらいの女の子が少し怒ったように声を上げた。
「はいはーい。もうこの遣り取り、今日何度目かな? 召喚石はこちらで準備してまーす。ちゃんと消毒してるから安心でーす」
女職員の声を合図にして、残りの2人が長机の上の箱を持ってこちらに歩いてくる。
「皆さんにはコボルトの召喚石を配りまーす。受験票と引き換えになりますので準備してくださーい」
コボルトかぁ。まぁ、数を揃えることを考えると無難だ。
「召喚したコボルトでダンジョンに潜り、宝箱をゲットしてもらいまーす。実技試験の趣旨は召喚モンスターと感覚の共有をし、きっちり指示を出してコントロール出来るか確認することにありまーす。自分以外の召喚モンスターの妨害は御法度です。監視カメラで見てますから、絶対にやめてくださいねー。即、失格にしまーす」
なるほど。とにかく宝箱を見つければいいのか。
「宝箱の中身を手に入れたら召喚解除して構いませーん。再度召喚してもらって、職員に宝箱の中身を見せてもらいまーす」
ふむ。これは楽勝か?
「初めて召喚する人は安心してくださーい。もし今日が駄目でも、免許試験場では実技講習(有料)を実施予定でーす。そちらで練習してからもう一度トライすればきっと大丈夫でーす」
なんだか金儲けの匂いがするぞ!
「それでは、私はあっち向いてますので受験生の皆さんは召喚しちゃってくださーい。人がモンスターを召喚するところを見るの苦手なんですよねー」
あなた、この仕事向いてないでしょ! そう思いながらもキーホルダーのようなモノに付けられた召喚石を指で触る。軽く力を吸われる感覚。コボルトってこの程度なのか。がっつり持っていくゴ治郎とは大違いだ。
手のひらに現れたコボルトは俺に軽く礼をする。よく教育されている。
「さて皆さん、召喚は済みましたか?」
手で顔を覆い、指の隙間からこちらを覗いている。
「大丈夫そうですね。では、早速行ってみましょー。制限時間は30分です! 位置についてー、よーい、スタート!」
よし! 行くぞ!!





