ポーション
「これは……やばいぞ……」
「ギギギ……ギギッギ……」
ゴ治郎が手に持つ小さな瓶はダンジョンカジノ(仮称)のハズレ景品のポーションだ。
ポーションなんてのは初期アイテムで大した効果がないってのが相場だ。実際、ガルムとの戦闘で擦り傷を負ったゴ治郎に使ってみても、一応傷が塞がるって程度で完治するわけではなかった。
そう。傷薬としての効果は想定通りだったのだ。しかし──。
「ツヤツヤのスベスベのモチモチだな……」
「ギギギギ、ギギギギ、ギギギギッギ……」
ゴ治郎がふざけてポーションを顔に塗った結果、とんでもない美肌になってしまったのだ……!
「ちょっと俺の手にポーションを垂らしてみてくれ」
「ギギッ!」
ゴ治郎がポーションの瓶を俺の手の甲に向けて傾ける。
微かに落ちる雫。それを人差し指の腹で伸ばす。すると、どうだ──。
「ギギギギ! ギギギギ! ギギギギッギ!」
「うん……。ツヤツヤのスベスベのモチモチになったな……」
あっという間に手の甲の皮膚が、子供の頃のような張りと潤いを取り戻してしまった。
「これ、実は体に悪いとかないよなぁ……?」
「ウギ〜」
ゴ治郎が腕を組んで悩む。それはそうだ。分かりっこない。
「まぁ、しばらく様子見だな。なんとなく大丈夫な気がするけど」
「ギギッ!」
「もし、何も悪影響がないなら女の人に人気出るかもだな。ダンジョンカジノ産のポーション」
「ギギッ!」
ゴ治郎は自分の頬っぺたを触りながら返事をした。あまりの手触りの良さに驚いているのだった。
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「なんてことがあったんですよ」
「本当……!? 本当にそんなスベスベになるの?」
八乙女さん家のリビングのソファーに二人で座り、軽くお酒を飲みながらのことだ。
それまではまったりとした雰囲気だったのに、ポーションの話をすると八乙女さんのボルテージが上がってしまった。
「ちょっとここを触ってみて下さい」
左手の甲を差し出す。八乙女さんは恐る恐る指でつつく。
「えっ……!? 全然違う」
「でしょ? もうそろそろ五日ぐらい経つので大分効果が落ちてきましたけど、まだツヤツヤです」
「……出して」
「はい?」
「ポーションを出して! 水野君!」
ウィスキーの入ったグラスをローテーブルに置き、八乙女さんはソファーから立ち上がる。
「……そんな焦らなくても」
「焦るに決まっているでしょ! お肌の曲がり角はいつやって来るか分からないのよ!」
「まぁまぁ」
八乙女さんをなだめつつ、ゴ治郎を召喚する。ゴ治郎の腰ベルトにはポーションが常備されているからだ。
「ゴ治郎。八乙女さんの手の甲にポーションを」
「ギギッギ」
差し出された右手の甲にゴ治郎はポーションをたらす。八乙女さんはそれを真剣な表情で皮膚に擦り込んでいる。そして──。
「凄い……! このポーションを巡って戦争が起きても不思議じゃないわ」
「そんな大袈裟な……」
「大袈裟じゃないわよ! 世界中の女性がポーションを求めて争うわ! きっと」
真顔でそんなことを言われても……。
「とりあえず家にあるポーションは今度持ってきて八乙女さんにあげますね」
「ありがとう水野君! 綺麗になるね!」
そう言って瞳を輝かせる八乙女さんは本当に可愛くて、この人が俺の彼女だということがとても嬉しくなってしまうのだった。





