ヘトヘト鮒田
第四階層から第五階層への転移部屋への道のりは熾烈を極めた。出てくるモンスターは相変わらずハイコボルトとコボルトメイジだったが、とにかく数が多い。「調整」機能でも働いているのか? というぐらい、ひっきりなしに敵が現れる。
交代で休もうなんて甘い考えは通じなかった。常に戦いっぱなし。
「ふぅ……ふぅ……」
鮒田の疲労はピークに達しようとしていた。
武蔵は屈強な体を有しているが、その戦い方はアタッカーだ。壁役、タンク職ではない。今後のことを考えるとサポートメンバーが必要になってくるかもしれない。
「ゴ治郎! しばらくは先頭に立て! 武蔵が回復するまでは一人で戦うんだ!」
「ギギッギ!」
ゴ治郎は器用だ。魔剣の扱いにしたって、力の入れ具合を何段階にも調整し、消耗を最小限に防いでいる。武蔵の今後の課題は継戦能力にあるのかもしれない。
──タンッ! とゴ治郎が踏み込み、十字路から出てきたハイコボルトの首に剣先だけ蒼く発光した短剣を滑らせた。やられた方は声も上げずに沈み、後続が怒声を発する。
あと四体……。キツイな。やれるか……?
しかしゴ治郎は躊躇わない。飛び掛かってきたハイコボルトに向かって踏み出し、すれ違い様に脇腹に一撃。
残りの三体がゴ治郎を囲むようにして少し距離を取る。
「ナイフを!」
「ギギッ!」
腰に下げられたナイフが二本引き抜かれ、そのまま投擲される。「キャイン」と二つ、ハイコボルトの悲鳴。それを聞きながらゴ治郎は最後の一体に突っ込んだ。
相手は油断なく正眼に短剣を構えている。しかし悪いな。ゴ治郎は剣の間合いギリギリで止まり、九十度の方向転換。そして壁に向かって着地すると、そのまま反射するように飛び掛かり、ハイコボルトの首を落とした。
「ふぅ」
「ギギ」
五体の内、三体はまだ生きている。しかし、トドメは刺さない。少しでもリポップするモンスターの数は減らしたい。
「よし、行くぞ!」
「ギギ!」
それから六時間後、俺達はようやく第五階層に向かう転移石を見つけたのだった。
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「鮒田、起きろ。朝だ」
段田ダンジョンの二日目が始まった。
ゴ治郎と武蔵は安全地帯である転移部屋で寝ている。
「ふぁぁぁー。よく寝た!」
「そうだろうな。凄いイビキだったぞ」
俺の言葉を無視して、寝袋を脱いだ鮒田はトイレに出て行った。俺はイビキで何度も目を覚ましたというのに!
朝食でも食べようかとリュックを漁っていると、テントの外から声を掛けられる。これは……段田さんだ。
「コーヒーでもどうですか? 砂糖とミルク、たっぷりです」
そう言いながらテントの入り口から顔を出す段田さんは少し眠そうだ。
「ありがとうございます。頂きます」
小ぶりなアウトドアテーブルに置かれたテイクアウト用のコーヒーカップに口をつけると、一気に目が覚めた。
「お、オーナーじゃないか。差し入れとは感心だな」
偉そうなことを宣いながら、トイレから戻ってきた鮒田もコーヒーに手を出す。
「ダンジョンの方は順調ですか?」
「順調だ! もう第五階層だ!!」
鮒田が胸を張る。
「おぉ。新記録ですね」
「ふははは! 俺様にかかればこんなもんだ!」
バテバテでヒイヒイ言っていた癖に調子のいい奴だ。
「今晩は家の方で寝たらどうですか? 寝袋だと疲れが取れないでしょ」
段田さんからの申し出はありがたい。しかし──。
「オーナーよ! それは遠慮しておこう! 武蔵達はダンジョンの中で寝ているんだ。俺達だけぬくぬくとベッドで寝るのは落ち着かない!」
俺も同じ気持ちだ。
「なるほど。本当に一緒にダンジョンを攻略しているんですね」
納得したのか、「健闘を祈ります」と残して段田さんはテントから出ていった。
「準備はいいか!?」
「それはこっちのセリフだ。朝食はいいのか?」
「実は夜中に起きて、たらふく食べたのだ! 晴臣が大丈夫ならダンジョンアタック再開だ!」
ゴ治郎達も起きているようで、視界を共有すると転移石が見えた。この部屋から出た途端に、モンスターが襲ってくる可能性もある。気が引き締まる。
「よし、行こう」
ゴ治郎達は部屋の外へ足を踏み出した。





