後日
「本当に焦りましたよ。召喚者にまであんな影響があるなんて」
最近、八乙女さんはある立ち食い寿司店にハマっていて、俺はそれに付き合わされている。立ち食いといってもサッと食べて次に行く、というスタイルではなく、どちらかというと日本酒を飲みながら寿司をゆっくり摘むという感じだ。
「ちょっと油断したわね。周辺の住人に健康被害が出ているってところをもうちょっと深く考えた方よかった。私の注意喚起が足りなかったわ」
そう言いながら、八乙女さんは真剣な表情で穴子寿司を睨んでいた。ネタが大きく、ツメと呼ばれるタレが輝いている。一瞬チラリ周りを確認してから、サッと箸で口に運んだ。
眉間の皺が一瞬でなくなり、幸せそうな顔をしている。
「まぁ、今はナンナもモカも元気になったのでよかったですけど」
「そうね。大事にならなくて本当に良かった。ダンジョン周辺の住人への影響もなくなったみたいだし、結果的には満点ね」
穴子の余韻に浸る八乙女さんの顔はまだ緩んだままだ。
「調査対象だった他のパブリックダンジョンについて何か聞いてます?」
「うん。青梅ダンジョンと同じように、巨大なモンスターの目撃例が上がってきているみたい。まだ、討伐に成功したのは水野君達だけだけど」
冷酒グラスに唇をつけ、ちびりと飲み「美味しい」と呟いた。
「あのモンスター。呼び方とか決まったんですか? 特大ローパーとか巨大ローパーって勝手に呼んでたんですけど……」
「一応、マザーってことで日本サモナーズ協会内部では統一されたの。青梅ダンジョンだと、マザーローパー」
マザー。
確かに母親感はあったかもしれない。ローパーの上位種って感じではなく、母体って印象が強かった。
「そういえば、マザーローパーの魔石は?」
「ゴ治郎は食べたがっているんですけど、もしかしたら協会から何か指示があるかも? って我慢させてます」
マザーローパーからドロップした魔石は特大で、虹色に輝く特別なものだった。今もゴ治郎に与えず、アパートの机の中で厳重に保管してある。
「協会が魔石の提出を求めたりってことはないよ。そこは安心して。我々は研究機関じゃないし、ケースに入れて飾っておくことしか出来ないもの。好きにしていいでしょ」
「勝手に気を回し過ぎましたね。じゃー、ゴ治郎にあげちゃいます。ちょっと悲しそうにしてたんですよね〜。魔石を取り上げると」
店の大将がカウンターの向こうから、寿司を三貫出してきた。俺の頼んだ、マグロ、イカ、帆立だ。これまたネタがデカい。
「ふふふ。目に浮かぶ。て、帆立凄い。イクラのってるし。大将、私も帆立!」
八乙女さんが追っかけで注文して、帆立の到着を楽しみにしている。ちょっと可愛い……。
「あっ、そういえばもう一つ事件が……」
「えっ? 他にも青梅ダンジョンで何かあったの?」
「……はい。あの鮒田が……ナンナのことを名前で呼ぶようになりました」
「そんな……あの鮒田が……嘘でしょ?」
「いえ、"おい、女"から"ナンナ"に呼び方が変わりました」
「これは報告しないと……」
一体、どこに報告するの!? 八乙女さん!!
甘口の日本酒をグビリ。八乙女さんの視線に鋭さが増す。
しかし、その厳しい表情は帆立の握りの到着とともに、すっかり溶け、また幸せ一杯の顔になるのだった。





