表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/132

第八十九話『無尽と勝利』

 暗闇を、白の閃光が駆け巡る。


 暗闇を斬り裂く様に、黒を白で埋め尽くすように。


 異様な光景だった。おろされた夜の帳が、次々に食い尽くされて行く。建物や人々が――削り取られて行く。


「気を付けなよ。『鬼子』のグリアボルトとは少し違う。『無尽』のゲイルは自分の腹に入れたもの全てを食い尽くす。そうしてこの暗闇は、すでに彼の腹の中さ」


 『無尽』のゲイル。そう語られた存在は、すぐにシヴィリィの視界にも映り込んでくる。


 彼は、白の閃光の根本にいた。暗闇を睥睨するように宙に浮かび、長弓を一つ持っている。


 一目には青白い肌を持つ青年のように見えた。前に出て戦うよりも、後方に控えている方がよほど似合いそうな姿だ。しかし被った帽子の奥に見える瞳は、驚くほどの侮蔑を含んでいる。


 敵を見る目、ではない。より侮蔑するべきもの、より軽蔑すべきものを見る目。


 遠くにあるはずのゲイルが言った言葉が、シヴィリィには不思議とはっきり聞こえた。音が死んだこの暗闇の中だからこそかもしれない。


「俺もまぁ、本当は面倒事は嫌なんだがね。やらなきゃならねぇなら、即ちやる。それが俺の主義でな。悪いが、加減はしねぇぜ裏切り者の末裔ども」


 言葉を終えると同時、ゲイルが再び長弓を強く引いた。いっそ幻想的で、矢ではなく光そのものを引いているようにすら見える。傍らでアリナがぽつりと呟く。


「ほう。あれが神秘(ミステル)、光弓ウルか。伝承によれば暗闇の一切を追い散らすらしいが、この目で見れるとは僥倖」


「言ってる場合!?」


 間違いがないのは、あの光弓が今こちらを向いていて。射線にあるのは自分達という事だけ。


 そうして、正面からまともに受けて無事でいられるとは到底思えない。


 咄嗟にシヴィリィは、眼前のアリナを抱きかかえながら横道に滑り込む。擦り傷を作りながら、金髪に土をつけた。


 ――刹那。足を付けていた通りの一部が光に覆われる。


 そこは暗闇と共に、文字通り失われた。瞬きもないほどの時間にだ。弓というより、大魔導の威力に等しい。


「ほう。流石と賞賛しよう。それで、己は別に貴君に庇われるほど弱体ではないぞ」


 シヴィリィに押し倒された形のアリナが、ため息でもつくような様子で言った。抵抗はしなかったが、やや不服そうな表情を作っている。よほど自信家なのか、怯えも恐怖も無いようだった。


「分かった。でも静かにしてて。何とか、するから」


 シヴィリィは立ち上がりながら土を払い、手袋をはめ直す。


 頭の中にはアリナと違い動揺もある、怯えもある。どうすれば良いのかと逡巡もする。


 しかし――今ここにエレクはいない。ならば、自分自身こそが彼とならなくてはならない。私は、ギルドのリーダーだ。


 その意志がシヴィリィを突き動かしていた。


 敵は空中。ノーラとココノツは手が出ない。リカルダの弓矢も何処まで通じるものか。


 となれば、シヴィリィが破壊するしかない。魔力がどこまで持つかは分からないが。矢を破壊し、あの弓そのものを破壊出来れば勝機はある。


 一つ、シヴィリィがそんな覚悟を見せた瞬間だ。アリナが目を細めて、言った。


「うむ。実に結構! やはり戦士よ! しかし少々、貴君の手には余ろう」


「でも――ッ」


「一歩足を止めよ。アレの相手に相応しい者が来る」


 相応しい者。そう言われて咄嗟に振り返ると、アリナも土を払いながら肩を竦めていた。


「己の本分は戦役だ。ああいう伝承の相手は、最もヴィクトリアが向いている。あれは常に、伝承と戦い続けてきた女なのでな」


 どうして、アリナが勝利の騎士たるヴィクトリアの名前を親し気に呼ぶのか。


 シヴィリィがそんな疑問をふと呟きそうになった、瞬間だった。


 暗闇に覆われていたはずの宙を、根こそぎ払うものがあった。それが光であるのか、それとも別の何かであるのかすら理解が及ばない。


 ただただ神秘と幻想を孕み、余りに雄壮な威厳を備えたそれは――もはや奇跡と呼ぶに相応しいのかもしれない。


 その奇跡は、地上にありながら中空のゲイルと相対していた。



 ◇◆◇◆



 『勝利』のヴィクトリアは、威風堂々と宙にある敵を見上げる。幾度か地上で分霊を見た事はあったが、本体を彼女自身が見るのはこれが初めてだ。


 彼女が身に纏うのは白色の騎士甲冑と、白い長剣。構えながら、血が脈動しているのを感じていた。


 勝利の騎士の血が、かつてのゲイルの姿を訴えるのだ。


 妖精族エルフの英雄『無尽』のゲイル。数多の魔族を光弓で射ち殺し、『大陸食らい』を初めて地上に撃ち落とした弓の名手。


 『女侯爵』エウレア、『巨人(ギガス)将軍』ガリウスと並ぶ、かつての人類軍の英雄。その歴史の一角が、今ヴィクトリアの目の前にいた。


 五百年前の姿そのままで。


「――勝利の騎士。いいや、末裔か? いやぁご立派な姿だな。かつての盟友の屍を踏み越えて生き延びただけはある!」


「融通の利かない皮肉者。そう記憶していますよ、ゲイル」


「はぁーっはっはっはっ!」


 ゲイルは帽子を抑え込みながら、腹を抑えた。本当におかしくてたまらないと、そう言うような素振りだった。


 それだけを見れば、彼は陽気にも見える。冗談の一つや二つも飛ばす性格なのだろう。


 しかし次には、奈落の底のような瞳で言った。


「――てめぇが俺の名前を気易く呼ぶんじゃねぇよクソヤロウ。王を殺し、俺達を裏切りやがった四騎士共」


「――申し訳ありませんが。私も全てを覚えているわけではない。しかし、そう語られているのは知っています。お茶の時間でも取らせて頂ければ、事情をお伺いできますが」


「はっ」


 鼻で笑いながら、ゲイルは弓を再び引く。長い脚を伸ばして中空に飛び上がったまま舌を鳴らした。


「ぬかせよ」


 光弓ウルが、唸りをあげてぎゅるりぎゅるりと光を回転させる。暗闇を切り裂き、光立つ者らの希望の証であったはずの弓が、今はその刃を人類種へと向けていた。


 一切の躊躇もなく、それがヴィクトリアへと放たれた。殺意と侮蔑を伴って。数多の魔法円を形成しながら空を裂く。射出から敵を貫くまでに、刹那の間も存在しない。紛れもない英雄の一矢。


「残念です」


 しかし相対するのもまた、現代の英雄たるヴィクトリア。五百年もの間血を重ね、精錬し続けた彼女らもまた尋常ではない。


 引き抜かれた刃が、輝きを伴って宙を両断する。刃が体躯とともに回転し、光の証たる矢を吸収するように消し去った。


 ふと見れば一瞬の邂逅。しかしその全てが、数多の鍛錬に裏打ちされた技術の結集だ。


 それが幾度も、続く。光矢は次々に射出され、ヴィクトリアが前に一歩、また一歩と踏み出しながらそれを射ち落としていった。


 息を吐く瞬間にも決着がついてしまいそうなのに、しかし終わらない。完成した秩序そのものの動きが、ヴィクトリアにはある。

 

「ヴィクトリア=ドミニティウスの名は、勝利以外を許されません。あいにく、貴方とでは私の方が相性が良いようです――」


「――俺を相手に相性が良いと抜かすのかい。どっちが皮肉屋だか分かったもんじゃねぇ。生前のあいつにそっくりだよお前は」


 忌々しそうにゲイルが言う。しかしそこに悔しさや口惜しさは含まれていない。ある種当然だとでも言うような様子があった。


 思えば不思議だ。二人は今日初めて邂逅するはずなのに、互いの力量を十分に知っているかのようだった。ゲイルは大きく呼気を吸い込んでから言った。


「だがな、裏切り者。俺達は決してお前らを許さねぇ。それこそ根絶やしにするまでだ。――陛下は戻られた。例え俺達が死んでも、お前らはもう終わりさ」


「――まさか」


 ゲイルは再び鼻で笑うようにしながら、ヴィクトリアには取り合わず、中空に放つようにして矢を放った。

 

 それが何を意味するのか、ヴィクトリアの血だけが理解していた。

遅ればせながら、あけましておめでとうございます。

昨年は大変お世話になりました。本年も、よろしくお願い致します。


日々皆さまにお読み頂ける事、感想やレビュー等頂ける事が気力となり続けられております。

今後とも何卒、よろしくお願い致します。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 英雄同士の戦いほど心躍る展開はありませんね。続きが待ちきれません。 あけましておめでとうございます。益々のご活躍をお祈り申し上げます。
[一言] あけましておめでとうございます! 今年も楽しみにしてます♪
[一言] ゲイルが『生前』と言ってますが彼にとって幾ら同じ人間が記憶の継承により転生しても あくまで別人とらえているようですね 実際騎士たちも自分なのか過去の記憶なのか曖昧と言う様に100%本人と言う…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ